小咄
そして運命の午前十時。
真砂に首根っこを掴まれた深成は、健康診断の行われている大会議室に入った。
問診票を提出し、椅子にかけて、しばし待つ。
どうやらいきなり採血のようだ。
しくしくと、深成は真砂の隣で小さくなっていた。
そんな深成が、ふと顔を上げる。
パーテーションで仕切られた向こう側から、微かに話し声が聞こえたのだ。
---千代の声?---
興味を覚え、深成はそろそろとパーテーションに近づいた。
ここは問診のブースではないし、ちらりと聞こえた限りでは、ただの世間話のようだった。
聞いても差し支えないだろう。
その間に、真砂はレントゲンに呼ばれた。
「逃げるんじゃないぞ」
言い置いて去っていく真砂の背に、いーっと顔を突き出した深成は、再びパーテーションに近づく。
パーテーションの向こうでは……。
「A型かぁ。型自体は普通だけど、結構良い血液だねぇ。綺麗だし」
「あら、それは褒めて貰ったと思っていいのかしら」
「もちろんだよ~。血は綺麗に越したことはないからね~」
「うふふ。それなりの先生にそう言って貰えると嬉しいわぁ」
「僕も、採るなら綺麗なお姉さんのほうが良いからね~」
「まあぁ」
おほほほ、と聞き慣れた高笑いが響く。
やれやれ、と深成はパーテーションから耳を離した。
---全く千代は。誰にでも色目を使っちゃうんだから。それにしても、この先生も、えらい軽い感じだなぁ---
このままズラかっちゃおうかなぁ、と思っていると、深成の耳に、聞き捨てならない言葉が飛び込んできた。
「ねぇ。こんな針刺して採るなんて、無粋じゃない? 直接君の血、いただいても良いかなぁ」
「え?」
「大丈夫だよ、じっとしてて……」
ぎし、と椅子の軋む音。
そして、僅かなあえぎに似た声が漏れ聞こえた。
---え~とえ~と。ど、どうしよう。ななな、何が起こってるの? た、助けるべき? いやでも、ここ会社だよ? そんな変なことが起こってるとも思えないし……。いやでも明らかにおかしいだろーーっ!!---
パーテーションの前で、深成はだらだらと汗を流して固まっていた。
そこに、かつんと靴音を響かせて、真砂が帰ってくる。
「……何だよ、そんなに汗だくになるほど恐ろしいのか」
妙な汗をかいている深成に、呆れたように言う。
「あ、あのっ。な、中で……」
振り向き様、パーテーションを指差して訴えようとした深成の動きが止まった。
真砂はワイシャツを引っかけただけだ。
その下に普通のTシャツを着ているので裸ではないのだが、いつもと違う雰囲気に、ちょっと驚いたのだ。
「何だよ」
固まっている深成に、訝しげに言う。
慌てて深成は、再びパーテーションを指差した。
「中に千代がいるみたいなんだけど、先生がおかしいの」
「おかしい?」
相変わらず訝しげに、真砂はパーテーションに手をかけた。
深成を顎で促す。
「見て来い」
頷き、深成は中へと入る。
その途端。
真砂に首根っこを掴まれた深成は、健康診断の行われている大会議室に入った。
問診票を提出し、椅子にかけて、しばし待つ。
どうやらいきなり採血のようだ。
しくしくと、深成は真砂の隣で小さくなっていた。
そんな深成が、ふと顔を上げる。
パーテーションで仕切られた向こう側から、微かに話し声が聞こえたのだ。
---千代の声?---
興味を覚え、深成はそろそろとパーテーションに近づいた。
ここは問診のブースではないし、ちらりと聞こえた限りでは、ただの世間話のようだった。
聞いても差し支えないだろう。
その間に、真砂はレントゲンに呼ばれた。
「逃げるんじゃないぞ」
言い置いて去っていく真砂の背に、いーっと顔を突き出した深成は、再びパーテーションに近づく。
パーテーションの向こうでは……。
「A型かぁ。型自体は普通だけど、結構良い血液だねぇ。綺麗だし」
「あら、それは褒めて貰ったと思っていいのかしら」
「もちろんだよ~。血は綺麗に越したことはないからね~」
「うふふ。それなりの先生にそう言って貰えると嬉しいわぁ」
「僕も、採るなら綺麗なお姉さんのほうが良いからね~」
「まあぁ」
おほほほ、と聞き慣れた高笑いが響く。
やれやれ、と深成はパーテーションから耳を離した。
---全く千代は。誰にでも色目を使っちゃうんだから。それにしても、この先生も、えらい軽い感じだなぁ---
このままズラかっちゃおうかなぁ、と思っていると、深成の耳に、聞き捨てならない言葉が飛び込んできた。
「ねぇ。こんな針刺して採るなんて、無粋じゃない? 直接君の血、いただいても良いかなぁ」
「え?」
「大丈夫だよ、じっとしてて……」
ぎし、と椅子の軋む音。
そして、僅かなあえぎに似た声が漏れ聞こえた。
---え~とえ~と。ど、どうしよう。ななな、何が起こってるの? た、助けるべき? いやでも、ここ会社だよ? そんな変なことが起こってるとも思えないし……。いやでも明らかにおかしいだろーーっ!!---
パーテーションの前で、深成はだらだらと汗を流して固まっていた。
そこに、かつんと靴音を響かせて、真砂が帰ってくる。
「……何だよ、そんなに汗だくになるほど恐ろしいのか」
妙な汗をかいている深成に、呆れたように言う。
「あ、あのっ。な、中で……」
振り向き様、パーテーションを指差して訴えようとした深成の動きが止まった。
真砂はワイシャツを引っかけただけだ。
その下に普通のTシャツを着ているので裸ではないのだが、いつもと違う雰囲気に、ちょっと驚いたのだ。
「何だよ」
固まっている深成に、訝しげに言う。
慌てて深成は、再びパーテーションを指差した。
「中に千代がいるみたいなんだけど、先生がおかしいの」
「おかしい?」
相変わらず訝しげに、真砂はパーテーションに手をかけた。
深成を顎で促す。
「見て来い」
頷き、深成は中へと入る。
その途端。