小咄
「お先」

 風呂から上がってきた真砂は、Tシャツにパーカー、ジャージという格好だ。

「お前は風呂にもおもちゃを置いているのか」

 肩にかけたバスタオルで髪を拭きつつ、真砂が深成の横に座る。

「お風呂にアヒルさんは必須でしょ」

「一つでいいだろうが」

「一人じゃ可哀想じゃん」

 どうやら深成のお風呂に住み着いているアヒルは、一羽ではないようだ。

「じゃ、わらわも入ってくるから。適当にその辺のもの、摘んでおいてね」

 そう言い置いて、深成はパジャマを掴んで風呂場に行った。



 深成がお風呂から出ると、真砂は頬杖をついてTVを見ていた。
 グラスの酒は、ほとんどなくなっている。
 凄いなぁ、と思いつつ、深成はいまだ真砂の肩にかかっているタオルを取った。

「これ、もういいよね。いつまでも濡れたタオルかけてると風邪引くよ」

 深成がタオルを取っても、真砂は反応しない。
 とりあえず洗濯機にタオルを放り込み、深成は真砂の隣に座った。

「凄いね、課長。もう飲んじゃったんだ」

 深成が言うと、ようやく、ちら、と真砂の目が動いた。

「……風呂に入ったら、一気に酔いが回っちまった」

「え? だって出てきたとき、課長全然普通だったよ?」

「上がったときは良かったんだ。普段風呂に入った後で、こんな強い酒飲まないからな。身体が温まってから飲んだら、回る回る」

 言いつつ真砂は伸びをした。
 見かけは、そう酔っ払っているようにも見えない。
 言っていることも正常だ。

「大丈夫? 横になる? もうお布団敷こうか?」

「炬燵でいい」

「駄目だよ。風邪引いちゃう」

 慌てて立ち上がろうとした深成の腕を、いきなり真砂が掴んだ。

「にゃっ」

 弾みで転びそうになったところを、抱き留められる。

「ちょ、ちょっと課長。どうしたの」

「酔っ払わずにいられる自信はないと言ったはずだ」

 深成を抱き締めたまま、真砂が言う。
 え、え、どういうこと? と深成が焦っているうちに、真砂は身体を倒した。
 抱いていた深成を押し倒す。
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