小咄
「あらっ!!」

 観覧車から下を見ていたあきは、思わず声を上げた。
 前にいた捨吉が顔を向ける。

「どうしたの?」

「あ、ううん。何でもない」

 慌ててあきは、笑顔で首を振った。

「さすがに大晦日は、凄い人ねぇ~」

 再び外の景色を見ながら言うあきに、捨吉も視線を外に戻した。

「そうだね。特に、イベントがあるからね。ほら、海のほうは人がいっぱいだ。もうすぐ花火が始まるし。これ降りたら、俺たちもあっちに行こう」

「そうね」

 答えてはいるが、あきの視線は真下を向いている。
 捨吉の言う海のほうなど、見てもいない。
 あきの目は、再びさっき見つけた二人組を目ざとく見つけていた。

---あれは……。間違いない、千代姐さんだわ。あんな真っ赤なコートを着こなせる人なんて、そういないもの。そしてその横にいるのは~……。あらあらあらあら---

 観覧車の窓にへばりつく勢いのあきの目尻が、ぐぐぐっと下がる。

---清五郎課長~~。やっぱり清五郎課長は、千代姐さんが本命なのね。やるなぁ---

 このイベント会場の人混みの中に、千代と清五郎のカップルを見つけたのだ。
 確かにそう遠い土地でもないので会う可能性もあるだろうが、それにしてもピンポイントで見つける辺りがあきである。

---面白いカップルを見つけられるかも、と思って観覧車に乗ったけど、正解だったわ。あの方向は、海のほうね。やっぱりイベント最大のカウントダウンは外せないでしょ。それを見に来たんだろうしね---

 じ~っと二人の行く先を見極め、観覧車が地上に着くなり、あきは飛び降りる。

「ちょ、ちょっとあきちゃん」

 驚く捨吉を振り返り、あきはぶんぶんと手招きした。
 どちらかというと、おっとりしたあきにしては、素早い行動だ。
 さらに捨吉を急かす。

「早く! 見失っちゃう」

「え?」

「あ、そうじゃなくて。ほら、カウントダウン始まっちゃう!」

 捨吉が降りるなり、あきは彼の手を取って走り出す。
 捨吉が、ちょっと赤くなった。

 そもそも何故ここにあきと捨吉がいるのかというと、捨吉が誘ったからだ。
 あきも特に用事があったわけではないので、誘いに乗っただけ。

---それが、こんな面白いことが待ち受けているとはね---

 捨吉の手を引っ張りながら、あきは、うふふふ、と含み笑いした。

 花火の始まる少し前の、海の前の広場は、人でごった返している。
 あきは上空から見極めた方向を頼りに、見事千代の姿を見つけ出した。
 己のレーダーの正確さに、小さくガッツポーズをする。

 もっとも、ただでさえ目立つコートを着ている上に、千代は相当な美人である。
 道行く人の目を惹くので、レーダーにも引っかかりやすいといえばそうなのだが。

---でも、この人混みで見つけ出せるんだもの。大したもんよね。それにしても、う~ん、清五郎課長も大人だし、お似合いよねぇ---

 自分のレーダー感知範囲ぎりぎりの位置で、千代は二人を盗み見る。
 捨吉にまで見つけられるのはよろしくない。
 自分だけの楽しみなのだから。

 ちなみに、あきのレーダー感知範囲というのは、常人であれば絶対に気付かないほど離れた距離だ。
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