小咄
「清五郎。深成だがな」
さらに何日か経ったある昼下がり。
真砂が清五郎を呼んで、おもむろに口を開いた。
「あいつは大丈夫なのか」
「……何か、気になることでも?」
すっとぼける清五郎に、真砂はばし、と扇を脇息に打ち付けた。
「すっかり衰弱している。元はもっと、元気じゃなかったか?」
「それは。もしかして、ご懐妊では?」
真砂の片眉が上がる。
「それは……ない、と思う」
「何故。上様のご寵愛は存じております。深成様が大奥に上がられてから今まで、一日たりとも召さなかった日はありますまい。それほど愛でておれば、ご懐妊も早いでしょう」
してやったり、と嬉しそうに言う清五郎だったが、真砂はうるさそうに扇を振った。
「確かにずっとあいつを召しているがな。だからこそ、日に日に弱っていくのがわかるんだ。明らかに衰弱している者を、そうそう抱けるか」
おや、と清五郎が意外そうに真砂を見た。
「まさか上様。深成様を抱いてない……とか?」
「抱いてない、とは言わん。懐妊であれば、それはそれでいいことだが。だがあれだけで懐妊するとも思えんしな」
苛々したように言う真砂を、清五郎はじっと観察した。
真砂の寵は変わってない。
が、懐妊するほど抱いていないとはどういうことか。
この真砂が、あれほど執着した女子に手を出さないことなどあるまい。
---これは、ちょっと調べる必要があるな---
清五郎の目が光る。
わざわざ自分の娘として真砂に差し出した深成だ。
ここで寵を逃されたら意味がない。
深成は清五郎の出世の、大事な手駒なのだから。
「では上様。深成様にお会いすることを、お許し願えますか? 出来れば、捨吉も」
「ああ。気晴らしに、寺参りの口実で捨吉の家に寄ればいい」
御意、と頭を下げ、清五郎は御前を辞した。
そして二日後。
深成は駕籠に乗って、実家に帰った。
が、帰れると喜んだのも束の間。
深成の横にはぴったりと、小姓二人が引っ付いている。
本来一生奉公であるお中臈は、里下がりなど出来ない。
上臈クラスで出来たとしても、常にお小姓が張り付き、大奥での生活を口外することを阻む。
いわば監視役だ。
お蔭で久々に兄に会えたというのに、口も利けない。
「お元気そうで何よりです」
捨吉が、回廊で平伏したまま深成に声をかける。
今は深成のほうが、遥かに身分が高い。
故に捨吉は、兄であっても同じ部屋に入ることも出来ないわけだ。
深成は上座に座ったまま、ぎゅ、と唇を引き結んで拳を握りしめた。
深成が大奥に入ってから、約一か月。
その短期間で、深成は見る影もなくやつれてしまった。
だが顔も上げられない捨吉には、深成の様子がわからない。
元気なわけはないのだが。
さらに何日か経ったある昼下がり。
真砂が清五郎を呼んで、おもむろに口を開いた。
「あいつは大丈夫なのか」
「……何か、気になることでも?」
すっとぼける清五郎に、真砂はばし、と扇を脇息に打ち付けた。
「すっかり衰弱している。元はもっと、元気じゃなかったか?」
「それは。もしかして、ご懐妊では?」
真砂の片眉が上がる。
「それは……ない、と思う」
「何故。上様のご寵愛は存じております。深成様が大奥に上がられてから今まで、一日たりとも召さなかった日はありますまい。それほど愛でておれば、ご懐妊も早いでしょう」
してやったり、と嬉しそうに言う清五郎だったが、真砂はうるさそうに扇を振った。
「確かにずっとあいつを召しているがな。だからこそ、日に日に弱っていくのがわかるんだ。明らかに衰弱している者を、そうそう抱けるか」
おや、と清五郎が意外そうに真砂を見た。
「まさか上様。深成様を抱いてない……とか?」
「抱いてない、とは言わん。懐妊であれば、それはそれでいいことだが。だがあれだけで懐妊するとも思えんしな」
苛々したように言う真砂を、清五郎はじっと観察した。
真砂の寵は変わってない。
が、懐妊するほど抱いていないとはどういうことか。
この真砂が、あれほど執着した女子に手を出さないことなどあるまい。
---これは、ちょっと調べる必要があるな---
清五郎の目が光る。
わざわざ自分の娘として真砂に差し出した深成だ。
ここで寵を逃されたら意味がない。
深成は清五郎の出世の、大事な手駒なのだから。
「では上様。深成様にお会いすることを、お許し願えますか? 出来れば、捨吉も」
「ああ。気晴らしに、寺参りの口実で捨吉の家に寄ればいい」
御意、と頭を下げ、清五郎は御前を辞した。
そして二日後。
深成は駕籠に乗って、実家に帰った。
が、帰れると喜んだのも束の間。
深成の横にはぴったりと、小姓二人が引っ付いている。
本来一生奉公であるお中臈は、里下がりなど出来ない。
上臈クラスで出来たとしても、常にお小姓が張り付き、大奥での生活を口外することを阻む。
いわば監視役だ。
お蔭で久々に兄に会えたというのに、口も利けない。
「お元気そうで何よりです」
捨吉が、回廊で平伏したまま深成に声をかける。
今は深成のほうが、遥かに身分が高い。
故に捨吉は、兄であっても同じ部屋に入ることも出来ないわけだ。
深成は上座に座ったまま、ぎゅ、と唇を引き結んで拳を握りしめた。
深成が大奥に入ってから、約一か月。
その短期間で、深成は見る影もなくやつれてしまった。
だが顔も上げられない捨吉には、深成の様子がわからない。
元気なわけはないのだが。