小咄
「とにかく食って、元気を出すことだ」
深成に膳を勧める真砂に茶菓子を出しながら、捨吉は心配そうに深成を窺う。
何せ上様直々のお声掛かりで大奥に召されたのだ。
女子として、これ以上の名誉があるだろうか。
深成のためにもいいだろうと思っていたが、もしかして幸せではないのだろうか、と、捨吉は気になりながらも、部屋の隅へさがろうとした。
「捨吉。いいからここにいろ。話したいこともあろう」
真砂に呼び止められ、捨吉はちょっと悩んだ末、少し離れた下座に正座した。
「ところで上様。何故いきなりこちらへ?」
真砂のすぐ後ろに控えていた清五郎が、ようやく口を開いた。
真砂は茶を飲みながら、ああ、と思い出したように軽く言う。
「ただでさえ、ここしばらく深成を召してなかったからな。苛々していたところに、今回の騒ぎだ。それを渡すのを口実に、会いに来たってわけさ」
ちょい、と深成の抱いているうさぎを指す。
ここしばらく、とはいっても、二、三日のことだ。
それほど会っていないわけでもなかろうに、随分なご執心だ、と、清五郎は内心ほくそ笑む。
捨吉も、ちょっと嬉しそうな表情を浮かべた。
こちらは純粋に、城に上がったものの上様の寵がなく、辛い思いをしているわけではない、とわかり、安心したのだろう。
「上様にそこまで想っていただいて、誠に恐悦至極に存じます」
ぺこり、と捨吉が平伏する。
が、真砂はちょっと渋い顔をした。
「ところがそれが、仇になっているわけだ」
ぱし、と出した扇で膝を打つ。
「大奥は女の城だからな。俺が深成ばかりを寵愛すれば、当然他の者は面白くないわけでな」
「そ、それは……」
ちら、と捨吉は深成を見た。
幼いばかりだった妹は、上様の寵を受けて、随分女らしくなった。
だが以前の元気はすっかりなくなり、儚げだ。
なるほど、この郊外でのびのび育った深成には、女の嫉妬渦巻く大奥など、針の筵であろう。
「今の状態で、四六時中べったりと守ってやることは出来んからな」
「そうですなぁ。何しろ急な奥入りだったもので、小姓も他の者についていた者らを回しましたし。まぁ、ずっと召し使っていた者もおらぬでしょうから、それはどうしようもなかったですけど」
清五郎が、顎を撫でつつ言う。
「そうなると、やはり早く地位を確立することが大事かと」
つまり、先に真砂が言ったように、将軍の子を孕んでしまうことだ。
今真砂には、他に子はいない。
女だろうが男だろうが、孕んでさえしまえば、深成の地位は、他の誰より確かになる。
部屋も一人になるので、今よりは楽になろう。
真砂も頷き、深成を見た。
「そうするためにも、ほら、ちゃんと食え」
ずい、と捨吉が持ってきた粥を勧める。
深成は箸を取ろうとし、躊躇った。
将軍である真砂の前で、自分だけ食事をしてもいいものか。
だが真砂は、少し深成のほうへと身体を寄せると、椀を手に取ってにやりと笑った。
「食わないなら、口移しで食わせるぞ」
「!!」
赤くなり、深成は慌てて真砂の手から椀を取った。
そして、やっと粥を口に運ぶ。
ひと月しか経っていないのに、家の味が酷く懐かしい。
もぐもぐと、深成は粥を頬張った。
深成に膳を勧める真砂に茶菓子を出しながら、捨吉は心配そうに深成を窺う。
何せ上様直々のお声掛かりで大奥に召されたのだ。
女子として、これ以上の名誉があるだろうか。
深成のためにもいいだろうと思っていたが、もしかして幸せではないのだろうか、と、捨吉は気になりながらも、部屋の隅へさがろうとした。
「捨吉。いいからここにいろ。話したいこともあろう」
真砂に呼び止められ、捨吉はちょっと悩んだ末、少し離れた下座に正座した。
「ところで上様。何故いきなりこちらへ?」
真砂のすぐ後ろに控えていた清五郎が、ようやく口を開いた。
真砂は茶を飲みながら、ああ、と思い出したように軽く言う。
「ただでさえ、ここしばらく深成を召してなかったからな。苛々していたところに、今回の騒ぎだ。それを渡すのを口実に、会いに来たってわけさ」
ちょい、と深成の抱いているうさぎを指す。
ここしばらく、とはいっても、二、三日のことだ。
それほど会っていないわけでもなかろうに、随分なご執心だ、と、清五郎は内心ほくそ笑む。
捨吉も、ちょっと嬉しそうな表情を浮かべた。
こちらは純粋に、城に上がったものの上様の寵がなく、辛い思いをしているわけではない、とわかり、安心したのだろう。
「上様にそこまで想っていただいて、誠に恐悦至極に存じます」
ぺこり、と捨吉が平伏する。
が、真砂はちょっと渋い顔をした。
「ところがそれが、仇になっているわけだ」
ぱし、と出した扇で膝を打つ。
「大奥は女の城だからな。俺が深成ばかりを寵愛すれば、当然他の者は面白くないわけでな」
「そ、それは……」
ちら、と捨吉は深成を見た。
幼いばかりだった妹は、上様の寵を受けて、随分女らしくなった。
だが以前の元気はすっかりなくなり、儚げだ。
なるほど、この郊外でのびのび育った深成には、女の嫉妬渦巻く大奥など、針の筵であろう。
「今の状態で、四六時中べったりと守ってやることは出来んからな」
「そうですなぁ。何しろ急な奥入りだったもので、小姓も他の者についていた者らを回しましたし。まぁ、ずっと召し使っていた者もおらぬでしょうから、それはどうしようもなかったですけど」
清五郎が、顎を撫でつつ言う。
「そうなると、やはり早く地位を確立することが大事かと」
つまり、先に真砂が言ったように、将軍の子を孕んでしまうことだ。
今真砂には、他に子はいない。
女だろうが男だろうが、孕んでさえしまえば、深成の地位は、他の誰より確かになる。
部屋も一人になるので、今よりは楽になろう。
真砂も頷き、深成を見た。
「そうするためにも、ほら、ちゃんと食え」
ずい、と捨吉が持ってきた粥を勧める。
深成は箸を取ろうとし、躊躇った。
将軍である真砂の前で、自分だけ食事をしてもいいものか。
だが真砂は、少し深成のほうへと身体を寄せると、椀を手に取ってにやりと笑った。
「食わないなら、口移しで食わせるぞ」
「!!」
赤くなり、深成は慌てて真砂の手から椀を取った。
そして、やっと粥を口に運ぶ。
ひと月しか経っていないのに、家の味が酷く懐かしい。
もぐもぐと、深成は粥を頬張った。