小咄
「これ、チェックお願いします」
営業二課は、真砂の一課とフロアは同じなのだが、間にキャビネがあり、行き来はほとんどない。
故に、お互い顔見知りもいない状態だ。
深成は足早に上座の清五郎に近づき、いつも真砂にチェックして貰う書類を差し出した。
「ん、ああ。派遣ちゃんか」
顔を上げた清五郎は、爽やかに笑って書類を受け取った。
清五郎は真砂と仲良しのようだが、纏う空気がまるで違う。
いかにも優しげ、というわけではないが、取っつきにくい感じはない。
春風や夏の爽やかな風が、さぁっと吹き抜けていくようだ。
---そう考えると、真砂課長は凍てつく真冬の空気みたい。それも吹き抜けるんじゃなくて、留まってるような。しんしんと冷える感じ---
清五郎の机の横に立ちながら、そんなことを考えていると、ふと視線を感じた。
顔を上げると、こちらを見ている男の子と目が合った。
いかにも年若な、小柄な子だ。
男の子は深成と目が合うと、慌てた様子で視線を逸らした。
そしてその拍子に、机の上に積んでいたファイルを、ばさばさっと落とす。
「あ~もうっ! 何やってんのよ、羽月はぁ! 鈍くさいんだからぁ~」
一際大きな声がし、一人の女の人が男の子に近づいた。
---はづき……て、あ、そういえば前に、あんちゃんが何か言ってたな。あの子がそうなんだ---
去年の忘年会のときに、捨吉が、羽月がどうの、とか言っていた。
確か後輩だとか。
それ以外にも何か言ってたような気がするが、生憎覚えていない。
ぼんやりと離れたところの二人を見ていると、ばさ、と音がし、深成は我に返った。
「うん、OK。これ、全部派遣ちゃんが作ったのか?」
視線を落とすと、清五郎が書類を差し出している。
「あ、えっと。一応フォームは千代が作ってくれて。あとは数式を、課長が入れてくれてるんで、わらわは内容を打ち込めばいいだけなんですけど」
「ふ~ん。でも内容もややこしいし、大変だろう? 確か、まだ入って一年も経ってないよな。それでこれだけちゃんと出来てたら大したもんだぜ。うちの新人よりも、きちんと出来てる」
このように褒められることなどないため、深成は嬉しそうに頬を緩めた。
その途端、また向こうで、がしゃん、と音がする。
「こらそこ。何を騒いでるんだ」
清五郎が声をかける。
途端に女性のほうが立ち上がって、文句を言った。
「もぅ課長。この子のドジ、何とかしてよ」
「ドジって何だよ!」
しゃがんで落ちたものを拾っていた羽月も、負けじと言い返す。
「子供か、お前ら。羽月も何を慌ててるんだ。派遣ちゃんが呆れてるぞ」
さらっと話を振られ、二人の目が深成に向く。
あわわ、と深成は狼狽えた。
「そ、そんなことないですぅ」
他部署の知らない人に目をつけられるのは御免被りたい。
これはとっとと書類を貰って戻るべき、と、深成はそそくさと書類を受け取って立ち去ろうとした。
が、清五郎に話しかけられてしまう。
「そういや、何か年末に話題に上ったよな。あれが羽月だよ」
軽く言いながら、ちょい、と男の子を指す。
それに羽月は、素早く反応した。
「なっ何ですか。おいらのこと、何言ってるんです?」
だだだっと駆け寄ってくる。
何故か女性のほうも後からついてきた。
「課長。この子が一課に入ったっていう派遣の子?」
女性が深成を、頭の先から足の先までじろじろ見ながら言う。
「ああ。えっと、深成ちゃんだったかな。真砂が可愛がってるからな、苛めるなよ」
「へーっ! 真砂課長がぁ?」
驚きもあるのだろうが、何となくあからさまに馬鹿にしたような口調で、女性が声を張り上げた。
何だろう、この人、と思いつつも、深成はぺこりと頭を下げる。
「女の子ってよりも、小動物みたいね」
可愛い、と取れなくもない表現だが、随分と見下した目で、女性がふふんと笑う。
「こらゆい。苛めるなって言ってるだろ。全くお前は、弱い者苛めが好きなんだから」
「そうだよ。おいらにも何かと絡んでさぁ」
清五郎と羽月の言葉も、ゆいと呼ばれた女性は、つんと聞き流す。
ゆいからしたら、元々気になる存在の捨吉が異様に可愛がっている深成が気に入らなかったのだ。
それに加えて、あの真砂にも可愛がられているという(これはあくまで噂というより清五郎の軽口なだけだが)。
ぽっと出の新人が、ちやほやされるのは気に食わない。
営業二課は、真砂の一課とフロアは同じなのだが、間にキャビネがあり、行き来はほとんどない。
故に、お互い顔見知りもいない状態だ。
深成は足早に上座の清五郎に近づき、いつも真砂にチェックして貰う書類を差し出した。
「ん、ああ。派遣ちゃんか」
顔を上げた清五郎は、爽やかに笑って書類を受け取った。
清五郎は真砂と仲良しのようだが、纏う空気がまるで違う。
いかにも優しげ、というわけではないが、取っつきにくい感じはない。
春風や夏の爽やかな風が、さぁっと吹き抜けていくようだ。
---そう考えると、真砂課長は凍てつく真冬の空気みたい。それも吹き抜けるんじゃなくて、留まってるような。しんしんと冷える感じ---
清五郎の机の横に立ちながら、そんなことを考えていると、ふと視線を感じた。
顔を上げると、こちらを見ている男の子と目が合った。
いかにも年若な、小柄な子だ。
男の子は深成と目が合うと、慌てた様子で視線を逸らした。
そしてその拍子に、机の上に積んでいたファイルを、ばさばさっと落とす。
「あ~もうっ! 何やってんのよ、羽月はぁ! 鈍くさいんだからぁ~」
一際大きな声がし、一人の女の人が男の子に近づいた。
---はづき……て、あ、そういえば前に、あんちゃんが何か言ってたな。あの子がそうなんだ---
去年の忘年会のときに、捨吉が、羽月がどうの、とか言っていた。
確か後輩だとか。
それ以外にも何か言ってたような気がするが、生憎覚えていない。
ぼんやりと離れたところの二人を見ていると、ばさ、と音がし、深成は我に返った。
「うん、OK。これ、全部派遣ちゃんが作ったのか?」
視線を落とすと、清五郎が書類を差し出している。
「あ、えっと。一応フォームは千代が作ってくれて。あとは数式を、課長が入れてくれてるんで、わらわは内容を打ち込めばいいだけなんですけど」
「ふ~ん。でも内容もややこしいし、大変だろう? 確か、まだ入って一年も経ってないよな。それでこれだけちゃんと出来てたら大したもんだぜ。うちの新人よりも、きちんと出来てる」
このように褒められることなどないため、深成は嬉しそうに頬を緩めた。
その途端、また向こうで、がしゃん、と音がする。
「こらそこ。何を騒いでるんだ」
清五郎が声をかける。
途端に女性のほうが立ち上がって、文句を言った。
「もぅ課長。この子のドジ、何とかしてよ」
「ドジって何だよ!」
しゃがんで落ちたものを拾っていた羽月も、負けじと言い返す。
「子供か、お前ら。羽月も何を慌ててるんだ。派遣ちゃんが呆れてるぞ」
さらっと話を振られ、二人の目が深成に向く。
あわわ、と深成は狼狽えた。
「そ、そんなことないですぅ」
他部署の知らない人に目をつけられるのは御免被りたい。
これはとっとと書類を貰って戻るべき、と、深成はそそくさと書類を受け取って立ち去ろうとした。
が、清五郎に話しかけられてしまう。
「そういや、何か年末に話題に上ったよな。あれが羽月だよ」
軽く言いながら、ちょい、と男の子を指す。
それに羽月は、素早く反応した。
「なっ何ですか。おいらのこと、何言ってるんです?」
だだだっと駆け寄ってくる。
何故か女性のほうも後からついてきた。
「課長。この子が一課に入ったっていう派遣の子?」
女性が深成を、頭の先から足の先までじろじろ見ながら言う。
「ああ。えっと、深成ちゃんだったかな。真砂が可愛がってるからな、苛めるなよ」
「へーっ! 真砂課長がぁ?」
驚きもあるのだろうが、何となくあからさまに馬鹿にしたような口調で、女性が声を張り上げた。
何だろう、この人、と思いつつも、深成はぺこりと頭を下げる。
「女の子ってよりも、小動物みたいね」
可愛い、と取れなくもない表現だが、随分と見下した目で、女性がふふんと笑う。
「こらゆい。苛めるなって言ってるだろ。全くお前は、弱い者苛めが好きなんだから」
「そうだよ。おいらにも何かと絡んでさぁ」
清五郎と羽月の言葉も、ゆいと呼ばれた女性は、つんと聞き流す。
ゆいからしたら、元々気になる存在の捨吉が異様に可愛がっている深成が気に入らなかったのだ。
それに加えて、あの真砂にも可愛がられているという(これはあくまで噂というより清五郎の軽口なだけだが)。
ぽっと出の新人が、ちやほやされるのは気に食わない。