小咄
「ま、羽月とは歳も近いだろうから、仲良くしろよ」
清五郎の言葉に、羽月は深成に目をやった。
だが目が合うと、照れたように視線を逸らす。
その態度に、またゆいがイラついたように口を開く。
「もーっ何よ、その態度。やっぱりお子様はお子様に惹かれるのかしらね。全く、真砂課長って、もっと見る目のある方だと思ってたのに、とんだ勘違いだったわ。こんな幼稚園児みたいな子が職場にいちゃ、空気が乱れてしょうがないわ」
どうやら、このゆいという女性は、感情を抑えておくことが出来ない性質のようだ。
何でこんなことを言われないといけないの、わらわ、何かした? とぐるぐる考えていると、羽月が怒ったように口を挟んだ。
「ゆいさん、何いきなりこの子に絡んでるんだよ。可哀想じゃないか」
日頃大人しい、ゆいにとっては下僕のような羽月に言われ、ゆいはますますカッとなる。
「何よ! あんた、生意気! かっこつけたって、あんたなんてこの子と変わらないお子様じゃない! 二人で仲良く幼稚園に帰れば?」
「何だい、ちょっと可愛い子だからって苛めるなんて、ゆいさんこそ大人げない!」
「なっ何ですってぇ?」
目の前で繰り広げられる若干幼稚な口喧嘩に、深成はおろおろしたが、すぐ横の清五郎は、げんなり、といった表情で頬杖をついている。
このような喧嘩は珍しくないようだ。
しかし深成はいたたまれない。
帰ろうにも、今下手に動けば、ゆいからのあらぬ雷を受けそうだ。
羽月に集中している今、注意は引きたくない。
困っていると、向こうのほうから千代がやってきた。
「深成。何やってるんだい」
千代が入ってきた途端、二課の男どもが、しゃきんと姿勢を正す。
深成が来たときは、ほとんどの者が気付かなかったのに、千代は全員の注目の的だ。
「やぁお千代さん。相変わらず綺麗だな」
「まぁおほほほ。清五郎課長も、相変わらずお上手ですこと」
ころころと笑いつつ、千代は深成に近づいた。
そして、不毛な言い合いをしていたゆいと羽月をちらりと見る。
それだけで、羽月はもちろん、ゆいもぴくりと身を引いた。
「何ゆい。またうちの子に難癖つけてるの」
ゆいがよく捨吉に絡んでいるのを知っている千代は、呆れたように言った。
特に威圧的な物言いではないのに、他を圧倒するほどの美貌の持ち主に言われると、そうでない者は気後れするものだ。
たじたじとなりながらも、ゆいは口を尖らせた。
「ち、違うわよ。新しい子が入ったって言うから、興味があっただけよ。清五郎課長が可愛いって言うしさ。でもそうでもなかったわ。がっかり」
ゆいは美人が苦手である。
そのコンプレックスが千代を前にすると、むくむくと膨らみ、言わないでもいいことを口走ってしまう。
苦手な対象は千代のはずなのに、悔しいが千代には攻撃するべき欠点が見当たらないし、言い負かす自信もない。
なのでもっぱらその横にいる小さい深成を貶すことになってしまう。
筋違いだ、とわかっていても、今更引っ込みもつかない。
---でも、千代姐さんは綺麗だけど、捨吉くんに興味があるわけじゃなし、まして捨吉くんのほうが千代姐さんを好いてるわけでもなし。あからさまに捨吉くんが可愛がってるのはこの子なんだから、あたしの攻撃がこの子に向くのも仕方ないことなのよ。ていうか、当たり前のことなのよ---
自分の行動を正当化すると、ゆいは気が楽になり、改めて深成をじろじろと見た。
「ほんっとにわからない。何で皆、この子をそんな可愛い可愛いって言うわけ? 清五郎課長も、他部署の子よりもあたしをもっと可愛がってよ」
ようやく上司の前で他部署の子をなじるのはよろしくないかも、と気付いたゆいは、少し口調を和らげて、冗談ぽく言った。
渋い顔をしていた清五郎も、早々に話を切り上げるためか、少し表情を和らげて、ああ、と答えた。
「そうだな、まずは自分の部下を可愛がらないとな。全くゆいのやきもちには呆れるぜ」
軽く言ったものの、きろりとゆいを睨む。
そして、ごめんな、と言って、ぽん、と深成の背を叩いた。
「ほほ。まぁ清五郎課長のところには、いじり甲斐のあるお子様なんておりませんものねぇ。ちょっと他を褒めたぐらいでやきもち焼くのもお子様ですけど、それこそ可愛げのないお子様なんて、面倒臭いだけですわよね」
思いっきり上から、馬鹿にしたようにゆいを見つつ、千代は挑発的に高笑いした。
ぐ、と黙るゆいに、さらに畳みかける。
「その点深成は丸っきりのお子様ですもの。そりゃ皆可愛がりますわよ」
よしよし、と頭を撫で、千代は深成を促した。
「それでは皆さん、お騒がせしました。清五郎課長も、失礼しますわね」
最後ににこりと艶やかに微笑むだけで、二課の皆は、へにゃんと破顔する。
軽く手を挙げる清五郎に一礼し、深成も千代に続いて一課に戻った。
清五郎の言葉に、羽月は深成に目をやった。
だが目が合うと、照れたように視線を逸らす。
その態度に、またゆいがイラついたように口を開く。
「もーっ何よ、その態度。やっぱりお子様はお子様に惹かれるのかしらね。全く、真砂課長って、もっと見る目のある方だと思ってたのに、とんだ勘違いだったわ。こんな幼稚園児みたいな子が職場にいちゃ、空気が乱れてしょうがないわ」
どうやら、このゆいという女性は、感情を抑えておくことが出来ない性質のようだ。
何でこんなことを言われないといけないの、わらわ、何かした? とぐるぐる考えていると、羽月が怒ったように口を挟んだ。
「ゆいさん、何いきなりこの子に絡んでるんだよ。可哀想じゃないか」
日頃大人しい、ゆいにとっては下僕のような羽月に言われ、ゆいはますますカッとなる。
「何よ! あんた、生意気! かっこつけたって、あんたなんてこの子と変わらないお子様じゃない! 二人で仲良く幼稚園に帰れば?」
「何だい、ちょっと可愛い子だからって苛めるなんて、ゆいさんこそ大人げない!」
「なっ何ですってぇ?」
目の前で繰り広げられる若干幼稚な口喧嘩に、深成はおろおろしたが、すぐ横の清五郎は、げんなり、といった表情で頬杖をついている。
このような喧嘩は珍しくないようだ。
しかし深成はいたたまれない。
帰ろうにも、今下手に動けば、ゆいからのあらぬ雷を受けそうだ。
羽月に集中している今、注意は引きたくない。
困っていると、向こうのほうから千代がやってきた。
「深成。何やってるんだい」
千代が入ってきた途端、二課の男どもが、しゃきんと姿勢を正す。
深成が来たときは、ほとんどの者が気付かなかったのに、千代は全員の注目の的だ。
「やぁお千代さん。相変わらず綺麗だな」
「まぁおほほほ。清五郎課長も、相変わらずお上手ですこと」
ころころと笑いつつ、千代は深成に近づいた。
そして、不毛な言い合いをしていたゆいと羽月をちらりと見る。
それだけで、羽月はもちろん、ゆいもぴくりと身を引いた。
「何ゆい。またうちの子に難癖つけてるの」
ゆいがよく捨吉に絡んでいるのを知っている千代は、呆れたように言った。
特に威圧的な物言いではないのに、他を圧倒するほどの美貌の持ち主に言われると、そうでない者は気後れするものだ。
たじたじとなりながらも、ゆいは口を尖らせた。
「ち、違うわよ。新しい子が入ったって言うから、興味があっただけよ。清五郎課長が可愛いって言うしさ。でもそうでもなかったわ。がっかり」
ゆいは美人が苦手である。
そのコンプレックスが千代を前にすると、むくむくと膨らみ、言わないでもいいことを口走ってしまう。
苦手な対象は千代のはずなのに、悔しいが千代には攻撃するべき欠点が見当たらないし、言い負かす自信もない。
なのでもっぱらその横にいる小さい深成を貶すことになってしまう。
筋違いだ、とわかっていても、今更引っ込みもつかない。
---でも、千代姐さんは綺麗だけど、捨吉くんに興味があるわけじゃなし、まして捨吉くんのほうが千代姐さんを好いてるわけでもなし。あからさまに捨吉くんが可愛がってるのはこの子なんだから、あたしの攻撃がこの子に向くのも仕方ないことなのよ。ていうか、当たり前のことなのよ---
自分の行動を正当化すると、ゆいは気が楽になり、改めて深成をじろじろと見た。
「ほんっとにわからない。何で皆、この子をそんな可愛い可愛いって言うわけ? 清五郎課長も、他部署の子よりもあたしをもっと可愛がってよ」
ようやく上司の前で他部署の子をなじるのはよろしくないかも、と気付いたゆいは、少し口調を和らげて、冗談ぽく言った。
渋い顔をしていた清五郎も、早々に話を切り上げるためか、少し表情を和らげて、ああ、と答えた。
「そうだな、まずは自分の部下を可愛がらないとな。全くゆいのやきもちには呆れるぜ」
軽く言ったものの、きろりとゆいを睨む。
そして、ごめんな、と言って、ぽん、と深成の背を叩いた。
「ほほ。まぁ清五郎課長のところには、いじり甲斐のあるお子様なんておりませんものねぇ。ちょっと他を褒めたぐらいでやきもち焼くのもお子様ですけど、それこそ可愛げのないお子様なんて、面倒臭いだけですわよね」
思いっきり上から、馬鹿にしたようにゆいを見つつ、千代は挑発的に高笑いした。
ぐ、と黙るゆいに、さらに畳みかける。
「その点深成は丸っきりのお子様ですもの。そりゃ皆可愛がりますわよ」
よしよし、と頭を撫で、千代は深成を促した。
「それでは皆さん、お騒がせしました。清五郎課長も、失礼しますわね」
最後ににこりと艶やかに微笑むだけで、二課の皆は、へにゃんと破顔する。
軽く手を挙げる清五郎に一礼し、深成も千代に続いて一課に戻った。