小咄
六時少し前に会社を出た深成は、地図を片手に真砂のマンションに向かった。
考えてみれば、いつも車だったので、電車での道順を知らなかったのだ。
だが何度か行っていることもあり、どの辺りかはわかっていたので、記憶を頼りにネットで探しておいた。
途中のスーパーで、簡単な食材を買う。
程なくマンションに辿り着いた。
ロビーの奥に、呼び出し用のインターホンがある。
---そういや、まともに正面から入るのって初めてだな。結構綺麗なマンションだね---
いつも駐車場から直だったので(もしくは記憶がないか)知らなかったが、ロビーにはいくつかの商談スペースがある。
外からの来客も、ここまでは入れる造りだ。
深成はきょろきょろしながら奥に進み、インターホンで真砂の部屋番号を押した。
しばらくしてから、低い声が返ってきた。
『……入れ』
同時に、横の自動ドアが開く。
愛想ないなぁ、と思いつつ、中に入ってエレベーターホールを探した。
そのとき、鞄の中で携帯が振動した。
見ると真砂からの着信だ。
「もしもし。どうしたの」
『鍵は開けてるから、勝手に入ってこい』
それだけ言って、ぶつんと切れる。
もーっほんとに愛想の欠片もないっ! と心の中で文句を言うものの、もしかして本当に少し話すだけでもしんどいぐらい酷いのだろうか、と不安になる。
無事エレベーターを見つけ、十階に上がると、深成は小走りに真砂の部屋へと向かった。
---わざわざ連絡してくるってことは、インターホンで呼び出すなってことだよね---
そろ、とノブに手をかけると、言われた通り、扉は開く。
「お邪魔しまぁす」
とりあえず声をかけつつ中に入り、施錠してから靴を脱ぐ。
しん、とした室内は、人のいる気配がない。
元々物が少ないので、人の気配がないと寂しさが際立つ(深成だけだろうが)。
深成はそろそろと廊下を進み、寝室の前で止まった。
---リビングにいるのかな? いや、寝てる……かな。寝てるよね……---
奥のリビングからは、灯りは漏れていない。
病気なのに、わざわざリビングで寝ることなどしないだろう。
こんこん、と軽くノックをし、深成はそろ、と寝室のドアを開けた。
「……課長」
中を覗き込むが、闇が落ちている。
が、ごそ、と布団の動く気配がした。
「……ほんとに来たのか」
声がしたことに、ちょっと安心し、深成はててて、とベッドに駆け寄った。
すぐ横にしゃがみ込み、真砂を覗き込む。
「課長。良かった、大丈夫?」
「何が良かったんだ」
手を伸ばして枕元のライトを点けながら、真砂が言う。
今までの、どの寝起きよりも、寝起きらしい姿だ。
熱が高いこともあるのだろうが、少し腫れぼったい目に、寝癖で乱れた髪。
あきや千代なら、間違いなく鼻血ものだ。
乱れた色気がある。
が、深成は特に狼狽えることなく、ずい、と己の額を真砂の額にくっつけた。
ちょっと真砂が驚き、慌てたように深成の肩を掴んで引き剥がす。
「何やってるんだ」
「熱測ったの。熱いよ。すっごい高い」
「デコで測るな。近づいたら伝染るぞ」
「そんなこと心配しないでいいの。でもそれほどぐったりしてなくて良かった。電話とか、しんどそうだったから心配だったんだ」
にこりと笑い、深成は立ち上がった。
「じゃあわらわ、ご飯作るね。お昼ご飯は? 食べた?」
「いや」
「駄目じゃんっ。病院は行ったんでしょ? お薬飲まなきゃなんだから、ご飯食べないと」
「つか、昼のメールからずっと寝てたし。お前のインターホンで目が覚めた」
ということは、本当についさっきまで寝ていたということだ。
何となくぼんやりしているのは、そのためもあるのだろう。
「熱は高いし、お粥にするね。一応食材は買ってきたけど、冷蔵庫の中とか、漁ってもいい?」
「ああ。お前の分もいるだろ」
「うん。じゃあ出来たら呼ぶから、寝ておいて」
そう言って、深成は荷物を持って寝室を出た。
考えてみれば、いつも車だったので、電車での道順を知らなかったのだ。
だが何度か行っていることもあり、どの辺りかはわかっていたので、記憶を頼りにネットで探しておいた。
途中のスーパーで、簡単な食材を買う。
程なくマンションに辿り着いた。
ロビーの奥に、呼び出し用のインターホンがある。
---そういや、まともに正面から入るのって初めてだな。結構綺麗なマンションだね---
いつも駐車場から直だったので(もしくは記憶がないか)知らなかったが、ロビーにはいくつかの商談スペースがある。
外からの来客も、ここまでは入れる造りだ。
深成はきょろきょろしながら奥に進み、インターホンで真砂の部屋番号を押した。
しばらくしてから、低い声が返ってきた。
『……入れ』
同時に、横の自動ドアが開く。
愛想ないなぁ、と思いつつ、中に入ってエレベーターホールを探した。
そのとき、鞄の中で携帯が振動した。
見ると真砂からの着信だ。
「もしもし。どうしたの」
『鍵は開けてるから、勝手に入ってこい』
それだけ言って、ぶつんと切れる。
もーっほんとに愛想の欠片もないっ! と心の中で文句を言うものの、もしかして本当に少し話すだけでもしんどいぐらい酷いのだろうか、と不安になる。
無事エレベーターを見つけ、十階に上がると、深成は小走りに真砂の部屋へと向かった。
---わざわざ連絡してくるってことは、インターホンで呼び出すなってことだよね---
そろ、とノブに手をかけると、言われた通り、扉は開く。
「お邪魔しまぁす」
とりあえず声をかけつつ中に入り、施錠してから靴を脱ぐ。
しん、とした室内は、人のいる気配がない。
元々物が少ないので、人の気配がないと寂しさが際立つ(深成だけだろうが)。
深成はそろそろと廊下を進み、寝室の前で止まった。
---リビングにいるのかな? いや、寝てる……かな。寝てるよね……---
奥のリビングからは、灯りは漏れていない。
病気なのに、わざわざリビングで寝ることなどしないだろう。
こんこん、と軽くノックをし、深成はそろ、と寝室のドアを開けた。
「……課長」
中を覗き込むが、闇が落ちている。
が、ごそ、と布団の動く気配がした。
「……ほんとに来たのか」
声がしたことに、ちょっと安心し、深成はててて、とベッドに駆け寄った。
すぐ横にしゃがみ込み、真砂を覗き込む。
「課長。良かった、大丈夫?」
「何が良かったんだ」
手を伸ばして枕元のライトを点けながら、真砂が言う。
今までの、どの寝起きよりも、寝起きらしい姿だ。
熱が高いこともあるのだろうが、少し腫れぼったい目に、寝癖で乱れた髪。
あきや千代なら、間違いなく鼻血ものだ。
乱れた色気がある。
が、深成は特に狼狽えることなく、ずい、と己の額を真砂の額にくっつけた。
ちょっと真砂が驚き、慌てたように深成の肩を掴んで引き剥がす。
「何やってるんだ」
「熱測ったの。熱いよ。すっごい高い」
「デコで測るな。近づいたら伝染るぞ」
「そんなこと心配しないでいいの。でもそれほどぐったりしてなくて良かった。電話とか、しんどそうだったから心配だったんだ」
にこりと笑い、深成は立ち上がった。
「じゃあわらわ、ご飯作るね。お昼ご飯は? 食べた?」
「いや」
「駄目じゃんっ。病院は行ったんでしょ? お薬飲まなきゃなんだから、ご飯食べないと」
「つか、昼のメールからずっと寝てたし。お前のインターホンで目が覚めた」
ということは、本当についさっきまで寝ていたということだ。
何となくぼんやりしているのは、そのためもあるのだろう。
「熱は高いし、お粥にするね。一応食材は買ってきたけど、冷蔵庫の中とか、漁ってもいい?」
「ああ。お前の分もいるだろ」
「うん。じゃあ出来たら呼ぶから、寝ておいて」
そう言って、深成は荷物を持って寝室を出た。