小咄
「さて」

 キッチンに立ち、深成は腕まくりをした。
 とりあえずジャーに残っていたご飯を使ってお粥を作る。

---わらわは何にしようかな。課長も食べられそうなものって何だろう---

 いくら病気とはいえ、さほどの重病でもないのだから、お粥だけだと足りないだろう。

---お野菜はお粥に入れてしまって、と---

 細かく刻んだかぼちゃや人参を、お粥の鍋に放り込む。

---病気のときは味噌がいいって言うよね。ささみの味噌焼きにしよう---

 ささみを焼いている横で、自分の分の野菜を炒める。
 お粥の味見をし、最後に卵を落として出来上がり。

「よしっ。完璧」

 買ってきた梅干を小皿に添えて、深成は再び寝室のドアをノックした。

「課長、ご飯……」

 小声で言いつつベッドに近づいた深成は、途中で言葉を飲み込んだ。
 ライトは点いたままだが、真砂は目を閉じている。
 寝ているようだ。

 深成はそろそろとしゃがみ込むと、まじまじと真砂の寝顔を眺めた。
 熱のせいか、いつもより若干血色が良くなっている。
 前は深成が見ていたらすぐに起きたのに、今日は全然起きない。

---ていうか、よく寝るなぁ。さっきまでも寝てたんだろうに---

 ひたすら寝て体力回復しようなんて、獣みたい、と思いつつ、深成は真砂の顔のすぐ横に頬杖をついて、ここぞとばかりに寝顔を堪能した。



 ぐうぅ、という音に、深成は目を覚ました。
 同時に、至近距離での真砂と目が合う。

「あ、あれ?」

 慌てて身体を起こすと、深成はきょろきょろと周りを見回した。
 どうやら真砂の寝顔を眺めているうちに、自分も寝てしまったようだ。
 と、再び深成のお腹が、くるるる、と鳴いた。

「あ。ご飯出来たって言いに来たのに、寝ちゃったんだ」

 あはは、と笑って誤魔化し、真砂の額に手を当てる。

「う~ん、まだ熱いような気がするなぁ。おでこ同士じゃないとわかんないけど」

「子供か」

 言いつつ、真砂は枕元に置いてあった体温計を取った。

「ご飯はどうする? 持ってこようか?」

「そっちに行く」

「だって熱あるじゃん」

 ぐい、と真砂のTシャツの襟を引っ張り、脇に挟んだ体温計を覗く。
 お好きな方には堪らない、真砂の鎖骨が露わになった。

「熱が高くたって、立てないほどじゃない。単なる風邪だからな」

 ぴぴぴ、と鳴った体温計を取り、真砂は布団をめくって身体を起こした。

「インフルはただの風邪じゃないよ~。無理しないで」

「大袈裟だ。飯ぐらい食いに行ける」

 パーカーを羽織って出て行く真砂に、深成も急いで従った。

「じゃあ、ほら。用意するから座ってて」

 真砂を座らせ、温め直したお粥をよそう。

「はい。お野菜はお粥に入ってるから。それだけじゃ足りないでしょ? お肉も食べるよね? ささみだから、あっさりしてるし」

「う~ん……。とりあえず一切れでいい」

 そう言って、真砂はお粥に箸を付けた。
 薄い出汁だけで味をつけている。
 添えている梅干が、丁度良く合った。

「お前はほんとに、意外に料理が上手いな」

「えへ。だってわらわも一人暮らしだもん。わらわ、ご飯はちゃんと作るようにしてるんだ」

 真砂の前で、深成がむぐむぐとご飯を頬張る。
 そして、ちらりと真砂を見た。

「ね、わらわ、明日も来よっか? まだ熱下がらないだろうし」

「……まぁお前がしんどくないなら構わないが」

「わらわは大丈夫! じゃ、とりあえず明日の朝とお昼の分、作っておくね」

 勢い込んで言う深成に、真砂は、ふ、と息をついた。

「でも本当に、あんまり通って来たら伝染るぞ」

「ん~、いいもん。課長は休んだらお仕事大変だろうけど、わらわはそうでもないし」

「仕事は家でも、やろうと思えば出来るがな」

「駄目だよっ! もぅ課長、大人しく寝てないと治らないよ! 何のためにわらわが来てるのさ。会社に電話も、もうしちゃ駄目っ!」

 身を乗り出して、きゃんきゃん言う。

「まぁな。代理は清五郎に頼んであるから、特にもうわざわざ指示することはないだろ。大体のやることは、今日のうちに皆に言ったし。その上でわからんことがあったら、それも清五郎に聞けばいい」

「清五郎課長かぁ……」

 深成が、ふと箸を止めた。

「そういえば、今日何かあったんだっけな」

 電話でちらっと話したことを思い出し、真砂が深成を見た。
 ちょっとしょぼんとしていた深成は、慌てて首を振る。

「あ、ううん。大したことじゃないよ」

「……お前は嘘が下手だなぁ」

 呆れたように言い、真砂がおかわり、と茶碗を差し出した。
 あっさり見破られたことの落胆と、よく食べてくれることの嬉しさが混ざり、深成は微妙な表情で、真砂から茶碗を受け取った。
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