小咄
 そしてその日も早々に仕事を終え、深成は急いで会社を出た。
 昨日と同じように買い物を済ませてマンションに向かう。

 ロビーを抜けて、昨日借りた鍵で中に入り、エレベーターで十階へ。
 部屋の鍵を開けると、そろ、とドアを開けた。

「お邪魔します」

 昨日と同じく、ひと声かけてから中に入る。
 しん、と静まり返った家の中からは、返答はない。
 深成は靴を脱いで、寝室のドアをノックした。

「課長……」

 小さく言いながらドアを開けても、相変わらずの沈黙。
 寝てるのかな? と思いながら、そろそろとベッドに近づいた深成の目が見開かれる。
 ベッドはもぬけの殻だ。

「えっ。何で?」

 思わず叫び、たたた、とリビングに走る。
 が、そこにも人影はなし。

「うっそ……。どこ行ったの……?」

 リビングで呆然と立ち尽くしていると、僅かに背後で物音がした。
 すかさず深成は反転し、廊下に飛び出す。
 そして今度ははっきり聞こえた音の元---脱衣所のドアを引き開ける。

「……」

 しん、と時が止まった。
 そこにいたのは紛れもなく真砂なのだが、状況が非常にまずい。

 というより、ドアを開ける前に、そこが脱衣所である、ということで躊躇うべきなのだ。
 が、深成はとにかく真砂の姿がないことに焦り、何も考えずに脱衣所のドアを引き開けた。

「……お前な……」

 渋い顔で、ゆっくりと真砂が振り向く。

 濡れた身体。
 手にはバスタオル。
 それだけである。

 幸い深成がドアを開けたときには背を向けていたし、背中を拭いていたバスタオルをそのままずらして腰に巻いたので、ばっちり全裸を見ることはなかったが。

「か、課長~……」

 そんな状況だというのに、深成はくしゃ、と顔を歪めると、ててて、と真砂に駆け寄った。
 どん、と真砂の胸にぶち当たる。

「もぅ~。姿がないと、びっくりするじゃんっ。心配させないでよぅ」

「何だよ。家にいるのはわかってるだろ」

「だけど課長のことだもんっ。ちょっと元気になったら、すぐに行動しちゃいそうだし。そだ、今も現に、何してるのっ」

 はた、と気付き、深成は真砂を見上げた。

「ほらっ! 熱が下がったからって、すぐにお風呂なんかに入っちゃ駄目! ぶり返すよ!」

「シャワーだよ」

「なおさら駄目だよっ! 温もってないじゃん!」

「いやでも、汗かいたし」

「駄目だって! 汗が気持ち悪かったら、わらわが拭いてあげるっての。ていうか、まだ身体濡れてるじゃん!」

 言うが早いか、深成は真砂の身体を唯一覆っているバスタオルを取ろうとする。
 さすがに真砂が慌てた。

「おいこら! やめんか馬鹿者!!」

「だって早く拭かないと、身体が冷えちゃう!」

「つか、自分で出来るから! 頼むから、ちょっと出てくれ!!」

 ぽい、と脱衣所から放り出され、ぴしゃりとドアが閉じられる。

「もぅ。じゃあ早く出て来てね。髪の毛もちゃんと乾かさないと駄目だよ」

 ドア越しに言い、深成はキッチンに戻った。

---全くあいつは……。びっくりするわ!---

 ドアにもたれて、真砂はぐったりと額を押さえた。
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