小咄
次の日、相変わらずサンドイッチを頬張りながら、深成はふと前に座るあきを見た。
「そうだ。ねぇあきちゃん。あきちゃんも、あんちゃんのお見舞い行ったんだよね?」
お昼はあきと二人だ。
ブースに籠っているので、そうそう周りに声も聞こえない。
深成の問いに、あきの目尻が瞬時に下がった。
「うん。行ったよ?」
「何で? あんちゃんが来てって言ってきたの?」
ずい、と深成が身を乗り出す。
あきは卵焼きを口に入れながら、ふるふると首を振った。
「じゃさ、いきなり行ったの? あんちゃんも一人暮らしだよね? いきなり行っても、入れないじゃん?」
「一応前もって連絡したよ? いきなり来られても迷惑かもだし。行っていい? て許可は貰った」
「そうなんだ?」
「ま、すぐに帰ったけどね。玄関先で、買って行ったご飯渡しておしまい」
「え、そうなの?」
驚いたように、深成はあきを見た。
お見舞いに行った、というぐらいだから、自分と同じように、ご飯を作るぐらいはしたものだと思っていた。
「お家に行くってさ、結構勇気いるじゃない」
ふふ、と笑いながらあきが言うが、深成は首を傾げた。
「例えば、そうね……。羽月くんが高熱出してるから、ちょっとお見舞いに行ってちょうだいって清五郎課長に頼まれたらどうする?」
「ええ?」
唐突なあきの問題に、深成は顔をしかめて声を上げた。
そして、特に考えることもなく首を振る。
「無理だよ。だってわらわ、あの子のお家知らないし」
「それはちゃんと、教えてくれるわよ」
「でも何でわらわなのさ、と思うし」
「歳が近いじゃない。羽月くんも、深成ちゃんと仲良くなりたい、と思ってたら、来てくれたら嬉しいと思うよ?」
う~む、と深成は考えた。
そうかもしれないが、羽月とはこの前初めて顔を合わせた仲だ。
言葉も交わしていない。
「やだよ。喋ったこともない人のところに一人で行くなんて。あきちゃんとかと一緒ならまだしも」
「ま、ね。じゃあ捨吉くんなら?」
ちょっと例えの人が遠すぎたわね、と、あきはぐっと距離の近い人物を例に挙げてみた。
「あんちゃんかぁ……」
もぐもぐとサンドイッチを頬張りながら、深成が考える。
が、不意に深成は、何か思いついたように、あきに視線を戻した。
「あきちゃんは? 課長のお見舞い、行こうと思う?」
「やぁよ。恐ろしい」
意外にあきは即答した。
あきも真砂のことは好いていたはずだが。
「え、何で? お近づきになるチャンスじゃん」
「そうかもだけど、無理。まずお家を聞き出す勇気がないわ。絶対教えてくれないだろうし。お家を知ってても、インターホンの時点で追い返されるわ。当然じゃない」
当たり前のように言う。
深成は大きく首を傾げた。
「そ、そうかなぁ? ていうか、何でそう思うの?」
するとあきは、これ以上は無理、というぐらいまで目尻を下げた。
紙パックのジュースを吸いながら、ふふふふ、と笑う。
「それは課長を見てる皆が、当たり前に思うことよ。そう思わないのは、深成ちゃんだけ」
「わ、わらわだけ?」
「そうよ。だから言ってるでしょ。深成ちゃんが、一番課長と親しいって。あの課長と、あれほど親しく話せるのなんて、深成ちゃんだけよ。あ、あとは清五郎課長ぐらい?」
そうなんだ、と深成はサンドイッチの残りをもしゃもしゃと咀嚼した。
そういえば、自分でも真砂のイメージは冷たい真冬の空気のようだと思ったな、と思い返す。
それは誰も近づけない、孤高の空気だ。
「それでもわらわは、別に課長、怖くないなぁ」
思わず口に出し、は、と顔を上げると、前であきが目を細めて見ている。
「ふふ、それはね、課長は深成ちゃんのこと、気に入ってるからよ」
「そ、そんなこと。課の皆のことだって、ちゃんと気に入ってるでしょ?」
「違うんだな~。あのね、うちの課に派遣を入れようってなったとき、結構な人数が集まったのよ。当然課長が面接官だったんだけど、どの子も全然駄目だったの。あたしも何人か見たけど、もう皆採用されたいって必死だったのよ。だって直属の上司が課長じゃない。面接時点で、皆ノックアウトよ。なのに、課長は全員不採用」
結構難しい質問にも、澱みなく答えられるぐらいのキャリアウーマンもいたのに、と言うあきに、深成はまた首を傾げた。
面接時……何を聞かれただろう。
「ああ、でも確かに、ちょっと難しかったな。課長に初めて会ったときは、わらわも怖って思ったわ」
でもそれは一瞬だけだったような。
あとは質問に答えるのに必死だったからだろうか。
「怖いって思ったの? 皆、面接そっちのけで自分を売り込んでたけど。格好良いって顔に書いてあったわ」
そのあからさまな空気が、真砂的には駄目だったのだろう。
ていうか、面接風景など、あきはどうやって覗いたのか。
「わらわ、てっきり落ちたと思った。んでもすぐに、派遣会社の営業さんのところに、課長から採用の連絡があって、びっくりしたぁ」
「ふふ、ほらね。課長は深成ちゃんのこと、よっぽど気に入ったのよ。まぁ、課長は結構、育てるのが好きっぽいから。育て甲斐のある人を採ったんだと思うよ」
なかなかあきも、見るところは見ているのだ。
真砂の性格も、正確に理解している。
「あたしも、他の人より深成ちゃんが採用されて良かったわ」
にこりと笑う。
だってこんなに楽しいことになるんだもの、と心の中で付け足し、お弁当をしまうあきに、深成もえへへ、と笑った。
「そうだ。ねぇあきちゃん。あきちゃんも、あんちゃんのお見舞い行ったんだよね?」
お昼はあきと二人だ。
ブースに籠っているので、そうそう周りに声も聞こえない。
深成の問いに、あきの目尻が瞬時に下がった。
「うん。行ったよ?」
「何で? あんちゃんが来てって言ってきたの?」
ずい、と深成が身を乗り出す。
あきは卵焼きを口に入れながら、ふるふると首を振った。
「じゃさ、いきなり行ったの? あんちゃんも一人暮らしだよね? いきなり行っても、入れないじゃん?」
「一応前もって連絡したよ? いきなり来られても迷惑かもだし。行っていい? て許可は貰った」
「そうなんだ?」
「ま、すぐに帰ったけどね。玄関先で、買って行ったご飯渡しておしまい」
「え、そうなの?」
驚いたように、深成はあきを見た。
お見舞いに行った、というぐらいだから、自分と同じように、ご飯を作るぐらいはしたものだと思っていた。
「お家に行くってさ、結構勇気いるじゃない」
ふふ、と笑いながらあきが言うが、深成は首を傾げた。
「例えば、そうね……。羽月くんが高熱出してるから、ちょっとお見舞いに行ってちょうだいって清五郎課長に頼まれたらどうする?」
「ええ?」
唐突なあきの問題に、深成は顔をしかめて声を上げた。
そして、特に考えることもなく首を振る。
「無理だよ。だってわらわ、あの子のお家知らないし」
「それはちゃんと、教えてくれるわよ」
「でも何でわらわなのさ、と思うし」
「歳が近いじゃない。羽月くんも、深成ちゃんと仲良くなりたい、と思ってたら、来てくれたら嬉しいと思うよ?」
う~む、と深成は考えた。
そうかもしれないが、羽月とはこの前初めて顔を合わせた仲だ。
言葉も交わしていない。
「やだよ。喋ったこともない人のところに一人で行くなんて。あきちゃんとかと一緒ならまだしも」
「ま、ね。じゃあ捨吉くんなら?」
ちょっと例えの人が遠すぎたわね、と、あきはぐっと距離の近い人物を例に挙げてみた。
「あんちゃんかぁ……」
もぐもぐとサンドイッチを頬張りながら、深成が考える。
が、不意に深成は、何か思いついたように、あきに視線を戻した。
「あきちゃんは? 課長のお見舞い、行こうと思う?」
「やぁよ。恐ろしい」
意外にあきは即答した。
あきも真砂のことは好いていたはずだが。
「え、何で? お近づきになるチャンスじゃん」
「そうかもだけど、無理。まずお家を聞き出す勇気がないわ。絶対教えてくれないだろうし。お家を知ってても、インターホンの時点で追い返されるわ。当然じゃない」
当たり前のように言う。
深成は大きく首を傾げた。
「そ、そうかなぁ? ていうか、何でそう思うの?」
するとあきは、これ以上は無理、というぐらいまで目尻を下げた。
紙パックのジュースを吸いながら、ふふふふ、と笑う。
「それは課長を見てる皆が、当たり前に思うことよ。そう思わないのは、深成ちゃんだけ」
「わ、わらわだけ?」
「そうよ。だから言ってるでしょ。深成ちゃんが、一番課長と親しいって。あの課長と、あれほど親しく話せるのなんて、深成ちゃんだけよ。あ、あとは清五郎課長ぐらい?」
そうなんだ、と深成はサンドイッチの残りをもしゃもしゃと咀嚼した。
そういえば、自分でも真砂のイメージは冷たい真冬の空気のようだと思ったな、と思い返す。
それは誰も近づけない、孤高の空気だ。
「それでもわらわは、別に課長、怖くないなぁ」
思わず口に出し、は、と顔を上げると、前であきが目を細めて見ている。
「ふふ、それはね、課長は深成ちゃんのこと、気に入ってるからよ」
「そ、そんなこと。課の皆のことだって、ちゃんと気に入ってるでしょ?」
「違うんだな~。あのね、うちの課に派遣を入れようってなったとき、結構な人数が集まったのよ。当然課長が面接官だったんだけど、どの子も全然駄目だったの。あたしも何人か見たけど、もう皆採用されたいって必死だったのよ。だって直属の上司が課長じゃない。面接時点で、皆ノックアウトよ。なのに、課長は全員不採用」
結構難しい質問にも、澱みなく答えられるぐらいのキャリアウーマンもいたのに、と言うあきに、深成はまた首を傾げた。
面接時……何を聞かれただろう。
「ああ、でも確かに、ちょっと難しかったな。課長に初めて会ったときは、わらわも怖って思ったわ」
でもそれは一瞬だけだったような。
あとは質問に答えるのに必死だったからだろうか。
「怖いって思ったの? 皆、面接そっちのけで自分を売り込んでたけど。格好良いって顔に書いてあったわ」
そのあからさまな空気が、真砂的には駄目だったのだろう。
ていうか、面接風景など、あきはどうやって覗いたのか。
「わらわ、てっきり落ちたと思った。んでもすぐに、派遣会社の営業さんのところに、課長から採用の連絡があって、びっくりしたぁ」
「ふふ、ほらね。課長は深成ちゃんのこと、よっぽど気に入ったのよ。まぁ、課長は結構、育てるのが好きっぽいから。育て甲斐のある人を採ったんだと思うよ」
なかなかあきも、見るところは見ているのだ。
真砂の性格も、正確に理解している。
「あたしも、他の人より深成ちゃんが採用されて良かったわ」
にこりと笑う。
だってこんなに楽しいことになるんだもの、と心の中で付け足し、お弁当をしまうあきに、深成もえへへ、と笑った。