小咄
 六時過ぎ。
 深成は必死でキーボードを叩いていた。
 今日はまだ仕事が終わらない。

「深成~。今日金曜だし、飲みに行かない?」

 捨吉が、モニターの向こうから顔を出して言う。

「えっと、無理だよ。まだ終わらないもん」

 とにかく早く終わらせて、真砂のところに行かないと。
 断るが、捨吉はちらりと深成の机の上の書類を見た。

「大丈夫だよ。俺ももうちょっとかかるし。それだけだろ?」

 ちょい、と書類を指す。
 深成が顔を上げた。

「ん~……。でも、今日はやめとく」

「え~、そうなの? 今日は羽月もいるんだけどな」

「ああ……。この前ちらっと会ったよ」

「え、そうなの?」

 ちょっと驚いたように言った捨吉だが、今は清五郎のところに行くことも多い。
 そっか、とすぐに納得した。

「多分ゆいさんも来るだろうからさぁ、向こうの課の人とも仲良くなるチャンスかな、と思ったんだけど」

「あ……。わらわ、あの人苦手だから」

 あの意地悪そうなゆいがいるのなら、なおさら行く気が失せる。
 あきが察し、深成に助け舟を出した。

「深成ちゃん、この前ゆいちゃんに苛められたものね。ていうか、捨吉くん、またゆいちゃんと飲みに行くの?」

 前にあれだけ絡まれたのに、また行くのだろうか、と、ちょっと内心穏やかでないあきが言うと、捨吉は困ったように頭を掻いた。

「いや、俺は羽月だけを誘ったんだけど。羽月を誘ったら、ゆいさんももれなくついてくるだろ? 多分今回も来ると思うよ。まさかゆいさんだけ断るわけにもいかないし。別に嫌いなわけでもないんだしさ」

 ああもぅ! と、あきは心の中で憤慨する。
 こういう捨吉の優しさが駄目なのだ。

 嫌なら嫌だと言わないと、ゆいのような子には伝わらない。
 まぁ嫌だ、というほどではないんだろうけど、と思い、またそれにももやもやする。

「じゃあ、捨吉くんと羽月くんと、ゆいちゃんで行くの?」

「う……。そうなるねぇ。それを避けるために、深成を誘ったんだけど」

 困った顔のまま、捨吉はちらりと深成を見る。

---てことは、捨吉くんはゆいちゃんと二人になるのは避けたいってことよね!---

 いくら羽月がいたところで、あの子にゆいを御せる技術はない。
 ゆいは端から羽月など馬鹿にして相手にしないし、何より羽月は酒に弱い。
 ああっと言う間に使い物にならなくなる。
 いないも同然だ。

 だからこそ、捨吉は深成を誘ったのだと、あきはちょっと安心した。
 捨吉は、ゆいにはさほど興味がない、ということだ。

 と、不意に捨吉が、あきを見た。

「あきちゃんは? 行かない?」

「え……。あたし、深成ちゃんの代わり?」

 誘ってくれたのは嬉しいが、あきはちょっと頬を膨らませた。
 捨吉が、慌てたように手を振る。
< 251 / 497 >

この作品をシェア

pagetop