小咄
「ち、違うよ。あきちゃんは、ゆいさんの酒乱ぷりを知ってるから、嫌だろうな、と思って。誘いたかったけど、やめておいたんだよ」

 あれ、とあきは密かに頬を染めた。
 あきのことを思って、誘わなかったらしい。

「えっと、そ、そうねぇ。でもそのメンバーじゃ捨吉くんが可哀想だし、行こうかな」

 照れつつあきが了承すると、捨吉は嬉しそうに笑った。
 ちょっとほっこりしたあきが、ふと横を見ると、深成は仕事に戻っている。

 もう二人の会話など耳に入っていないほど、真剣にキーボードをだかだか叩いている。
 あきの目尻が下がった。

---あらあら、必死ね。飲み会も断ったのに、こんなに急ぐってことは、この後何かあるってことじゃない。あの急ぎっぷりからして、時間が迫ってるのね。きっとご飯だわ---

 恐るべし、あきの洞察力。

---自分一人じゃないわよね。自分のご飯だったら、別に遅くなってもいいわけだし。それだったら飲み会に行ったほうが楽だしね。でも他の人と約束があるってんだったらそう言うだろうし、それも言わないってことは、言えない相手と一緒ってことよね。そんな人、一人しかいないじゃない……---

 そこまで考え、おお、とあきは、あることに気付く。

---ていうかさ、課長、今病欠よね。てことは、お見舞いも兼ねてるってことか! そうよね、お昼に深成ちゃん、思いっきり『あきちゃんも』って言ってたじゃない。『も』てことは、自分も行ったって言ったも同然よ。え、じゃあすでにお家まで行っちゃってるってこと? あらっあの二人って、どこまで行ってるのかしら!!---

 ぐるぐると、あきの脳みそが回転する。
 いくら回転したところで、こればかりは本人に聞くしか真相はわからないのだが。

---年末は夜中に二人でいたし、てことは、もしかして行くとこまで行っちゃってる?---

 おおおお、と一人想像を逞しくしていると、鼻の奥が熱くなる。

---うわー、あの課長が、深成ちゃん相手に、どういう風にそういうことするのかしら---

 そういうこと、というのは、どういうことを指すのか。
 あきはどこまで考えているのか。
 ハンカチで鼻を押さえてうふうふと笑うあきの横で、深成は必死で仕事を進めるのだった。



「じゃ、お先に失礼しま~すっ」

 六時半を回ったところで、深成が、だーっとフロアを駆け出して行った。
 が。

「うにゃんっ!」

 フロアから出たところで、入ろうとしていた羽月にぶつかる。
 どてん、と深成がすっ転んだ。

「あ、ご、ごめんっ! 大丈夫?」

 見事に転がった深成に驚き、羽月が慌てて助け起こした。

「う、うん。大丈夫。ありがとう」

 立ち上がりながら、ちらりと顔を上げた深成に、羽月は少しはにかんだ。

「あの、あ、きょ、今日の飲み会、来るんだっけ」

 ぎくしゃくと言う羽月に、深成はふるふると首を振った。
 途端に羽月は落胆の表情になる。

「ごめんね。今日はちょっと忙しいんだ」

「そ、そっかぁ……」

 しょぼん、となる羽月に、再度ごめんね、と言い、深成はエレベーターのボタンを押した。

「あのさっ。また今度、ご飯に行こうね」

 思い切ったように、羽月が声をかけた。
 ん? と深成が振り返ったときに、丁度チン、とエレベーターが開く。
 深成はエレベーターに乗り込むと、羽月に手を振った。

「じゃ、あんちゃんとかあきちゃんに言っておいてね」

 微妙な顔になる羽月を残し、エレベーターの扉が閉まる。
 羽月が二人で、というつもりで言ったのかは定かでないが、深成のほうには当然そのような考えはない。
 そして深成の頭は、すでに真砂のところに飛んでいた。
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