小咄
 土曜日の朝。
 深成は早々と起きだして、いそいそと荷造りした。

「お泊りっても一日だし、そんなにいらないよね。いざとなったら、課長の服を借りればいいんだし」

 反対は無理だが、深成なら真砂の服でも十分着られる。
 大きすぎるだろうが。

「だったら下着だけでいっか。パジャマはまた、課長にシャツ借りようっと」

 それがいかに男心をくすぐる格好なのか、深成は知らない。
 お気に入りのうさぎは、悩んだ末、置いていくことにした。

「さ、早く行かなきゃ。お洗濯が待ってるし」

 下着だけを入れた鞄を抱え、深成は家を出た。
 駅についたところで、真砂にメールする。

<今から行きます>

 電車に乗って小松町駅まで行き、途中のスーパーで買い物をする。
 おでん種をたっぷりと買い込み、若干よろよろしながらマンションに辿り着いた。
 そこで携帯を確認すると、受信メールが一件。

<わかった>

---まぁ業務連絡だけだから、返しもこんなもんだよね---

 思いつつ、インターホンは無視してマンションに入る。

「こんにちは~。お邪魔しま~す」

 声をかけつつ、ドアを開く。
 ててて、とリビングに行くと、真砂がいた。

「おはよう、課長。もう寝てなくていいの?」

「もう治った」

 荷物を置くと、深成はとりあえず洗濯をしようと脱衣所に走った。
 が、洗濯機はすでに動いている。

「あれっ。お洗濯しちゃったの?」

「ああ」

「もぅ、わらわがやってあげるってのに」

「大丈夫だって。放り込むだけだし」

「それじゃ、お掃除するから。掃除機借りるね」

 くるくると、深成は真砂の家の中を動き回る。
 掃除をし、洗濯物を干し、風呂場を洗うと、ようやく一段落。

「ご苦労さん。ちょっと休めよ」

 真砂が立ち上がり、キッチンに入る。
 カップにお湯を入れ、ティーバッグと一緒に深成に渡した。

「ありがと。お昼は何にしようかな。あ、ご飯、確か残ってるよね。チャーハンでいい?」

「それぐらい、作ってやる」

 カップに口をつけながら、ちら、と深成は真砂を見上げた。

「しんどくないなら、作って貰おっかな」

 真砂の手料理は、一回しか食べたことがない。
 興味もあり、お昼は頼むことにした。

「泊まるんだろ? えらい荷物、少ないな」

 ソファに座った真砂が、深成の持ってきた鞄を見ながら言った。
 今日の荷物は小さいトートバッグだ。
 着替えが入っている風もない。

「あ、うん。そうだ、課長、またシャツ貸してね」

 ちょっと、真砂が微妙な顔をした。

「……そういえば、お前、どこで寝る?」

 ん? と深成が首を傾げた。
 そして、あ、と今気付いたように、ぽんと手を打つ。

「あ、そだ。課長、病気なんだったら、一緒に寝られないね!」

 がく、と真砂の肩が落ちる。
 あっさりと言った深成は、今まで通り、本当に『眠る』ことしか考えていないだろう。
 考えてみれば、お泊りしたときは常に一緒に寝てきたが、甘やかな雰囲気になったことはない(深成がぶち壊してきたため)。

---でもこれ以上は、さすがに俺も自信ないぜ---

 前までは深成と二人でいても、手を出さない自信があった。
 だが最近は違う。

 いい加減自分の気持ちもわかってきた。
 好きな相手を抱きたいと思うのは当然だ。

 それに、真砂は結構深成に対して自分の気持ちをオープンにしている。
 それなりに告白めいたこともしているし、深成だって気付いているだろう。
 その上で引っ付いてくるのであれば、深成も真砂を好いている、と思っていいはずだ。

「……ま、俺はもう治ったから、ソファでいいんだが」

「駄目だよっ! わらわのほうが小さいんだから、それならわらわがソファで寝る。このソファ、わらわには十分ベッドになるもん」

 確かに小さい深成であれば、ソファでも十分寝られるとは思うが。

「あ~、でも。だったらやっぱり、うさちゃん連れてくれば良かったな」

 しょぼん、と深成が項垂れる。

「課長のお家だったら、代わりになる子がいないもん。わらわ、一人って寂しくて」

「ぬいぐるみだって、単なる布だろ。お前の寂しがりには呆れるわ」

「違うもん。形があるって大事なんだよ」

 ぷんぷんと言う深成を尻目に、真砂はキッチンで昼食の用意を始めた。
 野菜を切りながら、ぼそ、と呟く。

「しょうがないなぁ。大丈夫とは思うが、伝染ってもいいなら一緒に寝るか?」

「ん~……。そうだな。もう大丈夫だよね。課長がしんどくないなら、そうしよっかな」

 真砂の横で、夕飯のおでんの用意をしながら、深成が答えた。



 お昼は真砂のチャーハンを、夜は深成のおでんを食べ、つつがなく一日は終わった。
 相変わらず深成は何も考えずに真砂にシャツを借り、お風呂上りはそれ一枚。
 真砂にとって、せめてもの救いは、シャツが大きすぎて深成の膝下まであることだろうか。

「さ、課長。いつまでも夜更かししてちゃ駄目だよっ」

 風呂から上がると、深成がきゃんきゃんと真砂に言う。
 考えようによっては、誘っているのかとも思える態度だ。

「心配性だなぁ。こんなに早く寝られるかよ」

「だって課長、普段疲れてるんだから、こういうときはしっかり休まないと」

 ぐいぐいと真砂の背を押して、寝室に向かう。
 仕方なくベッドに横たわり、真砂は文庫本を手に取った。
 いそいそと、深成も真砂の横に潜り込む。

「じゃあ課長。おやすみなさい」

 にこりと言い、目を瞑る。
 若干の頭痛を覚えながら、真砂は文庫本に目を落とした。
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