小咄
 当然真砂が寝ようと思った頃には、深成は深い夢の中で、何事もなく朝を迎え、いつものように日曜日も過ぎた。
 まるで長年連れ添った夫婦である。
 ひとえに真砂の忍耐の賜物だが。

「それじゃ課長。明日は出勤するよね」

 夕飯後、深成は玄関で靴を履きながら真砂に言った。
 ああ、と言い、真砂も車のキーを持って靴を履く。

「いいのに」

「よく働いてくれたからな。礼だ」

 そう言って、さっさと外に出る。

「あ、鍵かけてきてくれよ」

「うん」

 真砂が先に行き、深成が家の鍵をかけて後を追う。
 エレベーターで駐車場へ。

 車であれば、真砂の家から深成の家まで三十分ぐらい。
 電車とそう変わらない。

「お前はほんとに、何ともないのか?」

「ん? うん。昨日ね、ちょっと寒気したんだけど、一瞬だったし。風邪じゃないと思う」

 その一瞬の寒気は、あきの気に中てられたのだが、そんなことは知る由もない。

「別に伝染ったって、わらわは構わないんだって」

「つか、お前は小さいから、下手に熱出すと重症になりそうだ」

「だから! わらわ、子供じゃないっての」

 子供じゃないなら普通に一緒に寝たりするな、と言いたいところだが、ぐっと堪える。
 そうこうしているうちに、車は深成のマンションの前についた。

「ありがと。じゃ、明日会社でね」

 シートベルトを外して、深成が顔を上げる。
 その一瞬。

 真砂が、ぐい、と顔を近づけた。
 唇を塞がれる。
 深成は目を見開いて固まった。

「じゃあな」

「……あ、う、うん。おやすみなさい」

 はた、と我に返り、深成はぎくしゃくと車のドアを開けた。
 そして転びそうになりながら降りると、真砂は軽く手を振って、車を発進させた。



 そして週明け、月曜日。
 こんこんと、深成は咳をしていた。

「あれ深成ちゃん、どうしたの? 風邪?」

「う、うん。そうみたい」

 顔のほとんどをマスクで隠した深成が席につくなり、あきが言う。

「何か今朝から調子悪くて」

 PCを立ち上げながら、深成はちらりと上座を見た。
 まだ真砂は来ていないようだ。
 あれれ、と思っていると、チャイムと共に真砂がフロアに入って来た。

「課長ーーーっ!! もう大丈夫ですのっ? 心配しましたわぁ~~」

 間髪入れずに千代が真砂に走り寄る。
 真砂は鞄を机に置くと、溜まった書類をざっと見た。

「あ、こっちからが古い順です。ここからこっちは、清五郎課長に処理して貰ったものの控えですわ。郵便物などは、こちらにまとめてあります。特に急を要するものはありませんでした」

 てきぱきと、千代が説明する。
 控えの山をぱらぱらと確かめると、真砂は顔を上げた。
 深成を見、僅かに目を見開く。

「課長? どうかしまして?」

 千代に言われ、真砂は、いや、と呟いて、再び視線を落とした。
 どうやら控えのファイリングを頼もうと思ったが、深成の調子が悪そうなのでやめたらしい。

 が、机の上は書類でいっぱいだ。
 控えはとりあえず処理済みなのだから、どけてしまいたい。

「捨吉。ちょっとこれ、その辺の空いてる机に移動してくれ」

「あ、はい」

 ささっと捨吉が書類を抱えて、真砂の席の傍にあるブースに運んだ。
 深成が、あ、と気付き、後を追おうとする。

「ファイリングしちゃおっか?」

「あれ深成、風邪引いたの? いいよ、無理しないで、自分の仕事やっちゃいな」

「そう? じゃあそうする」

 てこてこと席に戻り、深成はかちゃかちゃとキーボードを打つ。
 その合間に、こんこんと咳が出る。

 真砂が、ちらちらと深成を見た。
 そしてそれを、あきが目を細めて観察する。

---金曜の夜、深成ちゃんはお出かけしてたわ。誰にも言わなかったから、お友達じゃないはず。課長と会ってたとしたら? 課長は病欠だったから、お家まで行ったんじゃないの? で、週明け、深成ちゃんは風邪を引いてきた。課長の風邪を貰ったということよね……---

 うふふふふ、と目尻が下がる。
 身体は子供の名探偵ばりの推理力だ。

---真砂課長も、それがわかってるからお仕事を言いつけないのね。あらあら、課長も優しいじゃない---

 横で深成が、ぶるっと身震いした。

「うう、寒気が。やばいな、熱でも出てきたのかな」

 相変わらずこんこんと咳をしながら呟く深成は、横のあきから邪な気を送られて、弱っていくのだった。

・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆
 まさかの真砂病欠編。
 ていうか長!! こんなに一日一日がっつり書く気はなかったのに。
 小咄、最早『短編集』じゃないよ。

 真砂、もう自分の気持ちに気付いたら歯止めがきかなくなっております( ̄▽ ̄)
 でもキス止まりだけど。病気じゃなかったらどうかな。

 今回初めて(かな?)お互い素面ってか、しっかり意識のある状態でキスしてます。
 これでいい加減、深成の気持ちにも変化が……現れることを祈る( ̄▽ ̄)

 さてキスしたことによって、まんまと真砂の風邪は深成に伝染ってしまいました。
 真砂の看病編に続く……か? どうかな( ̄▽ ̄)

2015/05/06 藤堂 左近
< 256 / 497 >

この作品をシェア

pagetop