小咄
とあるmira商社 派遣社員・深成の病欠事情
【キャスト】
mira商社 課長:真砂・清五郎 派遣事務員:深成
社員:あき・千代・捨吉・羽月
※『とあるmira商社 課長・真砂の病欠事情』の続編です※
・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆
こんこんと、深成が咳をする。
合間にトイレに走り、鼻をかむ。
その繰り返しだけで、三時ごろには明らかに、深成の目つきは怪しくなっていた。
「ちょっと深成ちゃん。大丈夫なの? 視線が定まってないよ?」
あきが横から手を出し、深成の額に当てる。
「わ。熱あるよ。もう帰ったほうがいいよ」
「んん、でもこれ仕上げちゃわないと。課長、きっと明日必要だし」
据わった目で画面を睨みつつ、深成が力のない声で言う。
真砂は今、会議中で席にはいない。
「ちょっとトイレ……」
ふらりと立ち上がり、深成はふらふらとフロアを出て行く。
そしてトイレで、ぷは、とマスクを外した。
「は~~~、苦しい。鼻は詰まっちゃうし、マスクは空気を通さないし」
ぜぇぜぇと酸素を貪り、ちん、と鼻をかむ。
鼻のかみ過ぎで、鼻の頭はすでに真っ赤だ。
ちなみにマスクは二重にしている。
インフルだった場合、周りに伝染(うつ)さないように、という配慮だ。
二重にしたところで、効果のほどはよくわからないが。
「課長、こんなに酷くなかったよなぁ……。鼻水は出てなかったし」
ぶつぶつと呟きながら、再度ちん、と鼻をかむ。
「うう、痛い。帰りに鼻セ○ブ買って帰ろう」
トイレットペーパーでは、もう鼻の皮が擦り切れそうだ。
半泣きになりながら鼻水を拭い、トイレを出る。
そのとき丁度、ちん、とエレベーターが開いた。
ノートPCを持った真砂が降りてくる。
深成を見、ぎょっとしたように目を見開いた。
「おい、大丈夫なのか」
足早に深成に近づき、先のあきのように、額に手を当てる。
「凄い熱だぞ。もういいから、帰れ」
「でも、課長の明日の書類が……」
「いいから。つか、帰れるか?」
心配そうな真砂に、ちょっと深成はきゅんとなった。
この真砂が心配してくれている、と思うと、頬が緩む。
「大丈夫」
へら、と言うと、真砂はちょっとだけ周りを見回した。
そして、ぼそ、と言う。
「送ってやろうにも、今日は車じゃないし。まだ仕事もあるしな。俺の家に行っておいてもいいが」
え、と深成が顔を上げる。
確かに会社からは、真砂の家のほうが近いし、鍵も貰っているので、一人で行っても入れるが。
「えっと、どうしよっかな。む、無理そうだったら、お邪魔するかも」
昨日の帰り際のキスを思い出し、深成はもごもごと口ごもりつつ言った。
幸い赤くなっても、熱のせいだと思ってくれるだろう。
かなりオフィスラブ的な雰囲気になったところで、かちゃ、とフロアの扉が開いた。
「あっ。み、深成ちゃん。どうしたの、具合悪いの?」
隣の課の羽月が、深成を見るなり、たた、駆け寄って来た。
「あ、風邪みたいだから、近づかないほうがいいよ。わらわ、もう帰るんだ」
「えっそうなの? 大丈夫? 定時まで頑張ったら、送っていくよ」
ずい、と羽月が申し出る。
が、頭一つ分上の空間で、真砂の目が鋭くなった。
「……お前、こいつの家知ってんのか」
落ちてきた低い声に羽月が上を向き、ひ、と息を呑む。
一気に周りの温度が氷点下に下がったようだ。
氷の瞳で見下ろす真砂に震えながら、羽月はふるふると首を振った。
「ば、場所までは知らないですけど、つつつ、ついて帰ったほうがいいかな、と……」
震える声で言う羽月を相変わらず冷たい目で見下ろす真砂に、深成は慌てて口を挟んだ。
「だ、大丈夫だよ。一人で帰れるから」
ね、と言い、深成はそそくさとその場を離れ、フロアに入った。
残された羽月は、また落胆の表情を浮かべたが、はた、と真砂がいることに気付き、慌てて表情を引き締める。
そんな羽月に、ふん、と鼻を鳴らし、真砂もフロアに入って行った。
「あきちゃん。課長のお許しが出たから、わらわ、帰るね」
ふらふらと席に戻り、PCのロックを解いて言う深成に、あきは頷いた。
「うん。ほんとに大丈夫?」
「大丈夫……。とりあえず、これだけ作っちゃって……」
作りかけだった書類を一生懸命作っていると、戻って来た真砂が後ろから深成の手を掴んだ。
「帰れと言っただろ。いつまでやってる」
「あ、こ、これだけやっちゃおうと思って。途中だし」
言いながらごほごほ、と噎せた深成を椅子ごと机の前から押しのけ、真砂はPC画面を覗き込んだ。
そして、ざ、と周りを見る。
「おい千代。ちょっと来い」
「はいっ」
さっと駆け寄って来た千代に、ちょい、と画面を指す。
「あ。この前の決算のまとめですわね。はいはい、えっと、ここまで更新してくれたみたいですわね」
真砂が何か指示しなくても、千代は的確に状況を読む。
深成が打ち込んでいるのがどこまでかも瞬時に読み取り、その部分に色を付けた。
「はい。こうしておけば、あとは大丈夫ですわ」
「よし。じゃあお前は気にせず、さっさと帰れ」
ぽん、と深成の頭を叩き、真砂は席に戻った。
言葉に優しさはないが、深成は頭に残る真砂の手の感触を思い、帰り支度を始めた。
「じゃあ深成。それ、サーバーに保存だけしておいて。いつもの決算資料フォルダに入れておいてくれれば、あとはやるから」
千代が深成の机の上の書類をまとめながら言う。
「ありがと。ごめんね、千代も忙しいのに」
「構わないさ。あんたも気を付けてお帰りよ。結構ふらふらだよ」
こくりと頷き、深成は鞄を持った。
「深成ちゃん。終わったら、お見舞いに行こうか? ご飯作るのもしんどいでしょ? 何か買って行ってあげるよ」
不意にあきが、深成に言った。
あ、と深成が止まり、一瞬だけちら、と上座を見る。
「ん、ありがと。でも無理しないでいいよ。忙しいでしょ?」
「大丈夫よ。ま、あんまり遅くなったら無理だけど。とりあえず、後で連絡するね」
にこりと笑って、あきが手を振る。
深成も曖昧に笑って手を振り、もう一度ちらりと真砂を見てから、ぺこりと頭を下げてフロアを出て行った。
---ん~? もしかして深成ちゃん、先に課長と約束してた? 課長がお見舞いに行くイメージないけど---
下がった目尻で深成を見送り、あきはその視線を上座に移した。
すでに真砂は仕事に戻っている。
特に表情にも態度にも、いつもと違うところはないが。
---でもさっき、深成ちゃんは明らかに課長のほうを見たものね---
さすが名探偵あき。
一瞬の深成の視線の動きも見逃さない。
---深成ちゃんの、あの風邪は課長から貰ったものだろうから、だとしたら課長もちょっと放っておけないんじゃない? ていうかさ、金曜日、何してたのかしら。伝染るようなことって? 水曜から休んでたら、金曜には、もう熱も下がってるだろうし。ちょっとやそっとじゃ伝染らないわよねぇ---
おやおや、とさらに目尻を下げながら、あきはにやにやと妄想を膨らませた。
mira商社 課長:真砂・清五郎 派遣事務員:深成
社員:あき・千代・捨吉・羽月
※『とあるmira商社 課長・真砂の病欠事情』の続編です※
・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆
こんこんと、深成が咳をする。
合間にトイレに走り、鼻をかむ。
その繰り返しだけで、三時ごろには明らかに、深成の目つきは怪しくなっていた。
「ちょっと深成ちゃん。大丈夫なの? 視線が定まってないよ?」
あきが横から手を出し、深成の額に当てる。
「わ。熱あるよ。もう帰ったほうがいいよ」
「んん、でもこれ仕上げちゃわないと。課長、きっと明日必要だし」
据わった目で画面を睨みつつ、深成が力のない声で言う。
真砂は今、会議中で席にはいない。
「ちょっとトイレ……」
ふらりと立ち上がり、深成はふらふらとフロアを出て行く。
そしてトイレで、ぷは、とマスクを外した。
「は~~~、苦しい。鼻は詰まっちゃうし、マスクは空気を通さないし」
ぜぇぜぇと酸素を貪り、ちん、と鼻をかむ。
鼻のかみ過ぎで、鼻の頭はすでに真っ赤だ。
ちなみにマスクは二重にしている。
インフルだった場合、周りに伝染(うつ)さないように、という配慮だ。
二重にしたところで、効果のほどはよくわからないが。
「課長、こんなに酷くなかったよなぁ……。鼻水は出てなかったし」
ぶつぶつと呟きながら、再度ちん、と鼻をかむ。
「うう、痛い。帰りに鼻セ○ブ買って帰ろう」
トイレットペーパーでは、もう鼻の皮が擦り切れそうだ。
半泣きになりながら鼻水を拭い、トイレを出る。
そのとき丁度、ちん、とエレベーターが開いた。
ノートPCを持った真砂が降りてくる。
深成を見、ぎょっとしたように目を見開いた。
「おい、大丈夫なのか」
足早に深成に近づき、先のあきのように、額に手を当てる。
「凄い熱だぞ。もういいから、帰れ」
「でも、課長の明日の書類が……」
「いいから。つか、帰れるか?」
心配そうな真砂に、ちょっと深成はきゅんとなった。
この真砂が心配してくれている、と思うと、頬が緩む。
「大丈夫」
へら、と言うと、真砂はちょっとだけ周りを見回した。
そして、ぼそ、と言う。
「送ってやろうにも、今日は車じゃないし。まだ仕事もあるしな。俺の家に行っておいてもいいが」
え、と深成が顔を上げる。
確かに会社からは、真砂の家のほうが近いし、鍵も貰っているので、一人で行っても入れるが。
「えっと、どうしよっかな。む、無理そうだったら、お邪魔するかも」
昨日の帰り際のキスを思い出し、深成はもごもごと口ごもりつつ言った。
幸い赤くなっても、熱のせいだと思ってくれるだろう。
かなりオフィスラブ的な雰囲気になったところで、かちゃ、とフロアの扉が開いた。
「あっ。み、深成ちゃん。どうしたの、具合悪いの?」
隣の課の羽月が、深成を見るなり、たた、駆け寄って来た。
「あ、風邪みたいだから、近づかないほうがいいよ。わらわ、もう帰るんだ」
「えっそうなの? 大丈夫? 定時まで頑張ったら、送っていくよ」
ずい、と羽月が申し出る。
が、頭一つ分上の空間で、真砂の目が鋭くなった。
「……お前、こいつの家知ってんのか」
落ちてきた低い声に羽月が上を向き、ひ、と息を呑む。
一気に周りの温度が氷点下に下がったようだ。
氷の瞳で見下ろす真砂に震えながら、羽月はふるふると首を振った。
「ば、場所までは知らないですけど、つつつ、ついて帰ったほうがいいかな、と……」
震える声で言う羽月を相変わらず冷たい目で見下ろす真砂に、深成は慌てて口を挟んだ。
「だ、大丈夫だよ。一人で帰れるから」
ね、と言い、深成はそそくさとその場を離れ、フロアに入った。
残された羽月は、また落胆の表情を浮かべたが、はた、と真砂がいることに気付き、慌てて表情を引き締める。
そんな羽月に、ふん、と鼻を鳴らし、真砂もフロアに入って行った。
「あきちゃん。課長のお許しが出たから、わらわ、帰るね」
ふらふらと席に戻り、PCのロックを解いて言う深成に、あきは頷いた。
「うん。ほんとに大丈夫?」
「大丈夫……。とりあえず、これだけ作っちゃって……」
作りかけだった書類を一生懸命作っていると、戻って来た真砂が後ろから深成の手を掴んだ。
「帰れと言っただろ。いつまでやってる」
「あ、こ、これだけやっちゃおうと思って。途中だし」
言いながらごほごほ、と噎せた深成を椅子ごと机の前から押しのけ、真砂はPC画面を覗き込んだ。
そして、ざ、と周りを見る。
「おい千代。ちょっと来い」
「はいっ」
さっと駆け寄って来た千代に、ちょい、と画面を指す。
「あ。この前の決算のまとめですわね。はいはい、えっと、ここまで更新してくれたみたいですわね」
真砂が何か指示しなくても、千代は的確に状況を読む。
深成が打ち込んでいるのがどこまでかも瞬時に読み取り、その部分に色を付けた。
「はい。こうしておけば、あとは大丈夫ですわ」
「よし。じゃあお前は気にせず、さっさと帰れ」
ぽん、と深成の頭を叩き、真砂は席に戻った。
言葉に優しさはないが、深成は頭に残る真砂の手の感触を思い、帰り支度を始めた。
「じゃあ深成。それ、サーバーに保存だけしておいて。いつもの決算資料フォルダに入れておいてくれれば、あとはやるから」
千代が深成の机の上の書類をまとめながら言う。
「ありがと。ごめんね、千代も忙しいのに」
「構わないさ。あんたも気を付けてお帰りよ。結構ふらふらだよ」
こくりと頷き、深成は鞄を持った。
「深成ちゃん。終わったら、お見舞いに行こうか? ご飯作るのもしんどいでしょ? 何か買って行ってあげるよ」
不意にあきが、深成に言った。
あ、と深成が止まり、一瞬だけちら、と上座を見る。
「ん、ありがと。でも無理しないでいいよ。忙しいでしょ?」
「大丈夫よ。ま、あんまり遅くなったら無理だけど。とりあえず、後で連絡するね」
にこりと笑って、あきが手を振る。
深成も曖昧に笑って手を振り、もう一度ちらりと真砂を見てから、ぺこりと頭を下げてフロアを出て行った。
---ん~? もしかして深成ちゃん、先に課長と約束してた? 課長がお見舞いに行くイメージないけど---
下がった目尻で深成を見送り、あきはその視線を上座に移した。
すでに真砂は仕事に戻っている。
特に表情にも態度にも、いつもと違うところはないが。
---でもさっき、深成ちゃんは明らかに課長のほうを見たものね---
さすが名探偵あき。
一瞬の深成の視線の動きも見逃さない。
---深成ちゃんの、あの風邪は課長から貰ったものだろうから、だとしたら課長もちょっと放っておけないんじゃない? ていうかさ、金曜日、何してたのかしら。伝染るようなことって? 水曜から休んでたら、金曜には、もう熱も下がってるだろうし。ちょっとやそっとじゃ伝染らないわよねぇ---
おやおや、とさらに目尻を下げながら、あきはにやにやと妄想を膨らませた。