小咄
「あ~~……。やっぱり何か疲れた……」

 うさぎを抱っこし、ぽてんと倒れ込む。
 ごろごろしていると、いつの間にやら眠ってしまったようだ。

 ふと気付くと、放り出したままの携帯が光っている。
 ごしごしと目を擦りつつ見てみると、受信メールが一件。
 真砂からだ。

<調子はどうだ?>

 相変わらずの一言メール。
 だが深成は、がばっと携帯に顔を近付けると、受信時間を確かめた。

 九時半。
 今は十時過ぎだ。
 Noおおおお!! と心の中で叫び、慌ててメールを打つ。

<ごめんなさい。寝てました>

 とりあえず謝罪メールを先に送り、再びメール画面を開いていると、いきなり携帯が鳴った。

「も、もしもしっ」

 いきなり声を出したので、げほげほと噎せてしまった。
 そのお蔭で気分が悪くなる。
 思わず深成は、枕に突っ伏した。

『もしもし? おい、どうした。大丈夫か?』

 握りしめた携帯から、真砂の声がする。
 ごそごそと布団に潜り込み、深成は改めて携帯を耳に当てた。

「……課長」

『どうしたんだ。具合悪いのか?』

「んん、ちょっと。やっぱりホワイトソースはマズかったかな」

『あんなに熱があったくせに、そんなもん食うな』

「だって美味しそうだった」

『……まぁ食欲があるのは結構なことだが』

「でも気持ち悪い」

『おい』

「吐きそう」

『……おいっ』

 次の瞬間、真砂側には、ばたばた、ばたん、じゃーじゃーっという物音が響くのが聞こえた。
 ちょっと遠くで、げほげほという音も聞こえる。
 さすがにトイレまでは、携帯は持ち込まなかったらしい。

 が、状況を察した真砂のほうは、携帯片手に、車のキーを掴んでいた。
 物音が一段落したところで、はぁ、という声が聞こえた。

「……吐いちゃった」

『今から行く』

 トイレから出たところでへたり込んでいた深成の耳に、低い声が飛び込んでくる。
 え、と深成は、力なく持っていた携帯を取り上げた。

「課長?」

『お前は寝てていいから。鍵を開けておいて貰うわけにもいかんから、着いたら連絡する』

「え、か、課長。そんな、もう夜中だよ。明日だって休みじゃないし」

『そんなこと言ってる場合か』

 喋っているうちにも、すでに真砂は外を歩いているようだ。
 エレベーターの音などが聞こえる。

「そこまでしてくれなくても。課長だって病み上がりなのに」

『馬鹿っ。その風邪を伝染したのは俺だろうが。お前は小さいから心配だって言っただろ!』

 何故か噛みつくように怒られる。

『とにかく、今から行くから』

 それだけ言って、ぶつ、と通話は切れた。



 そしてそれから二十分後。
 再び携帯が鳴った。

「もしもし」

『玄関、鍵開けてくれ』

 深成がそろ、とドアを開けると、真砂が立っている。

「……車?」

「ああ。ちょっと向こうに、コインパーキングがあるから、そこに停めてきた」

 少し息が上がっているところを見ると、そこから走ってきたのだろう。
 またきゅん、と胸が痛くなり、深成は真砂にしがみついた。

「課長~~」

「どうしたんだ。大丈夫なのか? つか、吐いたんだったら寝てないと」

 ひょい、と深成を抱き上げ、真砂は奥の部屋に入った。
 ベッドに深成を下ろし、まじまじと顔を覗き込む。

「顔色が悪いな。もう気分は悪くないか?」

「うん……。でもちょっと寒い」

 布団を深成にかけ、真砂はベッドの横に座った。
 ベッドに腕をかけて、深成を見る。

「やっぱり、俺の家に帰せば良かったか」

「でも、あきちゃんたちが来たし……」

「あきと捨吉だけか?」

 何か含んだような言い方に、ん、と深成は真砂を見た。
 そして、そういえば捨吉が何か言っていたことを思い出す。

「羽月って子? 来てないよ。来られても困るし」

「あいつ、何かやたらとお前を気にしてるな。そんなに仲良かったか? 今日だって、送るって言ってたじゃないか」

「全然仲良くないよ。大して喋ったこともないのに、送られてもね。気遣っちゃう」

 ふぅ、と息をついた深成の頭を、くしゃ、と真砂が撫でた。

「……とりあえず、もう寝ろ。明日、病院に連れて行ってやる」

「え!」

 ぱか、と深成の目が開く。

「びょ、病院……?」

「そんなに酷かったら、当たり前だろ。俺の風邪が伝染ったわりには、えらい重症だし」

「そ、それは課長も言ったように、わらわが小さいから……」

「馬鹿。そんなわけあるか」

 さすがにこういう場面ではノッてくれない。
 しくしくと、深成は布団に潜り込んだ。

「何だよ、病院ぐらい」

「だってきっと注射される」

「まぁ……そうだろうな。でも注射だと早く治るし、いいじゃないか」

「注射は怖い~……」

「……子供かよ」

 呆れたように言い、真砂は再度、目だけ出している深成の頭を撫でて、少し顔を近付けた。

「心配さすなよ」

 初めて聞くほどの、優しい声で言う。
 きゅうん、と胸が痛くなり、深成は顔がやたらと熱くなった。
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