小咄
 そしてその深成は、病院から帰ってきてから、少し休んでご飯を食べ、薬を飲んで眠りこけていた。
 ぱち、と目を開けたときには、部屋の中はすっかり暗くなっている。
 深成は慌てて枕元の携帯を取った。

「あれ、もうこんな時間」

 携帯の時計は七時半。
 のろのろと起き上がり、電気をつけて、昼の残りのお粥をレンジに入れた。

「お野菜採らなきゃ。でも切るの面倒くさいな……。いっか。梅干しあったかな」

 ごそごそと戸棚を探り、お茶や薬も用意して夕食にありつく。
 もぐもぐとお粥を頬張りながら携帯を手に取り、メールを確認した。

「あ。あきちゃんだ。気付かなかったぁ」

 お昼に入っていたあきのメールに返信し、携帯を閉じる。
 真砂からは、特に何も入っていない。
 ちらりと深成は、もう一度時計を確認した。

---八時前だし、まだお仕事してるだろうな---

 真砂が深成より早く帰ったことはないので、いつもいつまで会社にいるのかはわからない。
 だが結構遅くまでいるのは確かだ。

---そういえば、昨夜課長、寝たのかな---

 真砂が来たのは十一時ごろだ。
 それから結構すぐに深成は寝てしまって、気付いたときはまだ暗かったから、四時か五時ぐらいだろう。

 その時はすでに、真砂は起きていた。
 だがベッドの足元に座っていたので、深成の知らないうちに寝たのかもしれない。

---課長だって病み上がりなんだから、無理しないでいいのに---

 だが来てくれたことは嬉しい。
 昨夜のことを思い出し、ほのぼのしていると、不意に携帯が鳴った。
 着信なので真砂かと思い、携帯を取り上げた深成だが、かけてきたのはあきだった。

『もしもし深成ちゃん? どう、大丈夫?』

「うん。ごめんね、お昼は寝てて、メール気付かなかった」

『いいよ。病院行った?』

「あ、うん。やっぱりインフルだって」

『そうなんだぁ……』

 何かあきの言葉が笑いを含む。
 しばしの沈黙。

 不意に、深成がぶるっと身体を震わせた。
 携帯を握りしめ、目尻を下げるあきの邪気が、通話口を通して深成に伝わったのかもしれない。

「あ、そうだ。あきちゃん、もうお家?」

『ん? ううん。今帰ってるとこ。そろそろ着くけど』

「そうなんだ。ね、課長は? まだお仕事してた?」

 また束の間、沈黙が落ちる。
 ちょっと間があってから、また笑いを含んだあきの声が返ってきた。

『課長、お昼ぐらいから社長に呼ばれて、ずっとどっか行ってたわ。あたしが上がるときも、まだ帰ってきてなかったと思う』

「え、そ、そうなの? お休みの間のお仕事で、何かミスがあったのかな」

『違うわよ~。インフルでずっと休んでたから、社長も心配してたしね~。ほら、課長は社長のお気に入りだから。まぁいつものランチミーティングと称したご機嫌伺いね』

「そ、そうなんだ」

 社長の呼び出しであれば、その間に連絡など出来ないだろう。

---まぁそうマメに連絡してくる人でもないだろうけどさ---

 しかしこのまま深成が復帰するまで、何の音沙汰もないのも悲しいなぁ、と思っていると、ふふふふ、とあきの笑い声が聞こえた。

『どうしたの、深成ちゃん。課長に会えなくて寂しい?』

 いきなりなことに、深成は慌てた。

「そそそ、そんなことじゃなくてっ!」

『あらだって。先週の火曜日から、昨日の半分しか会ってないじゃない』

 実際はもっとがっつり会っていたのだが、いかなあきでも、そこまではわからない。

『こんなに長い間、課長と離ればなれになってること、なかったでしょ?』

 相変わらず、ふふふふ、と笑いながら、あきが言う。
 考えてみれば、真砂の看病に行っていなければ、そして昨日真砂が来てくれなければ、確かにあきの言う通り、今までないほどの離ればなれっぷりだ。
 そしてこれまた指摘通り、そんなに離れていたことはない。

「そう……だね。確かに」

『それにね、課長、たぶん明日から出張に行っちゃうわよ』

「ええっ!!」

 さらっと言われた新情報に、思わず深成は叫び声を上げた。

「出張って? どこに? どれぐらい?」

『えっと、どこだったかなぁ。北海道だったんじゃないかな。社長のお供みたいだし、宿も豪華なんだろうな~。いいな~』

「ほ、北海道?」

 そんなところだと、まず一泊ではないだろう。
 社長のお付きということは、相当長いことも考えられる。

 何せあの社長は豪快だ。
 海の幸満載な北海道に行って、小さく遊ぶことなど考えられない。

『マサグループ関係みたいだから、あっちで美味しいもの三昧だろうな~。いいな~』

「え~、そうなんだぁ。いいな~」

 しばし二人で羨ましがっていたが、はた、と深成は我に返った。

「え、じゃあわらわ、お休みするって課長に連絡出来ないじゃん」

『あ……。……言っておいてあげるわよ』

 何故かやけに間を持たせてから、あきが言伝を請け負った。
 相変わらず笑いを含んだ声ではあったが。

『それじゃね。インフルだったら、しばらくお休みだよね』

「うん。五日間は会社に行ったら駄目だって言われたから、今週はお休み」

『わかった。じゃあそう言っておくね』

「うん。じゃあね」

 通話を切ると、すでに八時半だ。
 すっかり冷めてしまったお粥を平らげ、薬を飲んで少ない洗い物をしてしまうと、深成はベッドに潜り込んだ。

---今日はお風呂はいいや。もう寝ちゃおう---

 うさぎに抱き付き、布団にくるまって目を瞑ると、あっという間に深成は眠りに落ちていった。
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