小咄
 そして次の日、真砂が席に着くと、あきが駆け寄ってきた。

「課長。深成ちゃん、インフルだったようで、今週お休みしますって」

「ああ」

 知っているので、軽く頷く。
 が、捨吉が驚いたように声を上げた。

「えっ深成、インフルだったの? 大丈夫かなぁ。インフルって高熱出るし」

「うーん、昨日の夜電話してみたんだけど。大丈夫そうではあったよ。一昨日よりは、大分マシな声だった」

「ふーん。やっぱり小さいから、抵抗力が弱いのかな。全く、誰から貰ったんだか」

「そうねぇ……」

 席に戻りながら、あきはちらりと真砂を窺った。

---さすがにポーカーフェイスね。ま、捨吉くんはほんとに深成ちゃんと課長は、一昨日しか会ってないと思ってるだろうから、課長から貰ったなんて考えないだろうしね---

 普通に考えれば、真砂が復帰したときには、すでに深成は結構な状態だったので、二人を結びつけるはずはないのだ。
 真砂から伝染ったのを知っているのは、金曜日の夜に深成を見かけ、且つ真砂と深成の関係を知っているあきだけなのだ。

 ……多分に妄想も入っているが、あながち外れではない。
 あきの邪(よこしま)な目など気にせず、真砂は各々に仕事の指示をしていった。



 そろそろ真砂が出かけようとしているお昼前、羽月がやってきた。
 きょろきょろしながら、捨吉のほうへ歩み寄ってくる。

「ね、ねぇ捨吉さん。あの子、まだお休みなの?」

 ちらちらと、深成の席を見ながら言う。

「ああ、うん。インフルだってさ。今週は休みだから、来ても会えないよ」

 軽く言う捨吉に、羽月は落胆の表情になる。
 が、意を決したように、捨吉を見た。

「ねぇ、あの子の連絡先、教えて」

「ええ?」

 驚く捨吉に、あきも顔を上げた。

「何でだよ」

「だってお見舞いは行かないほうがいいんでしょ? インフルだったら、向こうも気を遣うだろうし。電話だったらいいかなって」

 ごそごそとメモを取り出しながら言うが、捨吉は渋い顔をした。

「本人に聞きなよ。そんな、勝手に連絡先なんて教えられないよ」

 断るが、羽月も必死だ。
 じ、と捨吉を見たまま動かない。

「う~~ん……。どうしてもっていうなら、上司の了解を取ってよ。課長に教えて貰いな」

 そう言って、捨吉は、ちら、と上座を見た。
 あきもこそりと視線を追う。

 羽月は、ぴき、と固まった。
 真砂は何も言わずに、荷物をまとめると、鞄を持って立ち上がる。

「あ、あのっ!」

 羽月が思い切って声をかけたが、ちら、と動いた真砂の視線に射抜かれ、それ以上は言葉が出てこない。
 別に真砂は睨んだわけではない。
 羽月を見ただけだ。
 ただその視線が、この上なく冷たかっただけで。

「……個人情報は洩らせん」

 それだけ言って、真砂はとっととフロアを出ていった。

---うくく、面白い。思わぬライバル出現だわ。何気に羽月くんも、ぐいぐい来るわね。課長と直接対決したら、ああっという間に撃退されるけど、だとしたらこの三日間は、チャンスなんじゃない?---

 がっくりと項垂れる羽月とは違い、嬉しそうににやにやとモニターの向こうから様子を窺いながら、あきは今後の展開をあれこれ想像して楽しむのだった。



 しかしそんなあきの期待も空しく、羽月が行動を起こすことはなかった。
 連絡先がわからないのだから、動きようがなかったのだが。
 そしてそんなこんなで、瞬く間に週末になった。

「あ~、終わった。やっぱ課長がいないと張り合いがないな」

 六時過ぎに、捨吉が伸びをしながらぼやいた。

「全くだよ。つまらないったらありゃしない」

 千代もやる気なく頬杖をつきながら、マウスを動かしている。

「清五郎課長もいないですもんね。そうだ、千代姐さん。この前言ってた、行きたいお店って、どんなところです?」

 ふと思いついて、あきが話を振った。

「珍しいですよね、千代姐さんがお店まで指定するの」

「どうせなら、良いところに連れて行って貰ったほうがいいじゃないか。まぁ清五郎課長だから、指定しなくてもそれなりに良いところに連れて行ってくれるだろうけどね」

 今回は特に、と言って笑う千代に、あきは目尻を下げた。

---千代姐さん的には、清五郎課長と二人でそういうちゃんとした店に行くことには、抵抗はないわけね。そうだ、真砂課長が深成ちゃんを気に入ってるってのも気付いてるし、もしかして大分清五郎課長へ傾いてるんじゃないかしら---

 うわぉ、と一人くすくすと笑っていると、千代がマウスから手を放して伸びをした。
 そしてPCの電源を落とす。

「さて。月曜にはやっと課長も帰ってくるし。深成も復帰するだろ。あ、そういえば、お土産は何買ってきてくれるだろうね? 今回はちょっと興味あるわぁ」

 荷物をまとめながら言う千代に、あきは首を傾げた。

「何で? 北海道だからですか?」

「違うよ。深成がいるからだよ。今までの出張だったら、よくある箱入りのお菓子を皆で分けてたじゃないか。でも課長も深成のお菓子好きは知ってるし、ちょっと変えてくるんじゃないかな」

「え~? あの課長が、そんなこと気にしますかねぇ」

「もしかしたら深成だけ、ぬいぐるみとかかも」

「うわー! それだったら面白い! ていうか、深成ちゃんは喜ぶだろうけど、その前にあの課長がぬいぐるみを買ってる姿を見てみたい~」

 あはははは、と笑う二人だったが、なかなかいいところを突いている。
 何気にわかりやすい真砂と深成なのだった。
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