小咄

とある高山建設社員・六郎の研修体験

【キャスト】
mira商社 課長:真砂・清五郎 出向者:六郎
派遣事務員:深成 社員:あき・千代・捨吉・羽月
・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆

 とある金曜日の午後。
 真砂は社長室にいた。

「出向者?」

「そや。……の、受け入れやな」

 大きな窓際で、ミラ子社長が愛用のジュリアナ扇子を口元に当てる。
 そして簡単な経歴書を、真砂に差し出した。

「高山建設の社長さんの頼みでな。ほれ、あの社長、現場にも出るから、今事務作業をしてる人に、全面的に営業を頼むことにしてんて。で、営業のノウハウを教えて欲しいって依頼があってな」

「そういうことなら、二課のほうがいいんじゃないですかね」

 真砂はあまり人にものを教えるのは好きではない。
 人を育てるのと教えるのとは違うのだ。

 一から十まで教えないと育たないのなら、そんなものは育てない。
 それなりに察して動くことの出来る者を育てるのが好きなだけだ。

 経験のない者を一から育てるのであれば、面倒見のいい清五郎のほうがいいのではないか。
 が、ミラ子社長は、ぶんぶんと扇子を振った。

「清五郎課長のとこは、ほれ、前のお千代さんの案件もあって、ちょっと大変やし。それにやな、相手さんも、何もわからん若造やないで。それなりに社会人経験は長いんやから、そんな手取り足取り教えなあかんことはないはずや。その経歴書見る限りは、あんたより年上やろ」

「それならなおさら、清五郎のほうがいいのでは」

 それなりに経験のある大人が、年下に教えられるのは如何なものか。
 が、やはりミラ子社長は、扇子を振った。

「そうは言ってもやな、こっちも受け入れるからには、きちんと指導したいやんか。高山建設の社長さんも厳しい人やからな、いい加減にしか仕込まんかったら、すぐバレるわ。そんな不義理は出来へんで。と思ったら、うちかてエースを出すべきやろ。わが社が誇る営業部のエース、真砂課長に、しっかりと教えて貰いたいんや」

 頼むわ~、とお願いされ、真砂は渋々頷いた。

「わかりましたよ。で、いつから来るんです?」

「来週」

「早。実はもう決めてましたね?」

 ほほほほ、と笑い、ミラ子社長は薫り高い紅茶を啜るのだった。



「え、新しい人が来るの?」

 その日の夜、真砂の家で夕食を食べながら、深成が言った。
 何となくこのところ、週末は一緒に過ごすことが多くなっている。

 今日も先に上がった深成はそのまま真砂の家に行き、夕飯を作って待っていたのだ。
 何だかすっかり恋人同士である。

「ああ。何か、経歴だけ見たら、そう教えることもないような気がするがなぁ。営業の実務経験がないだけで、結構ちゃんとした経歴だったし」

「ふ~ん。じゃあ課長も忙しくなるね」

「まぁ一応三か月ほどだし。お前の前の席に来るからな」

「はぁ~い」

 特に興味も示さず、深成は後片付けを始めた。

「今日は泊まらないか?」

「ん~……。だって用意がないし」

 ちょっと赤くなって、深成が言う。
 キスが当たり前になってから、さすがに深成も意識し始めた。
 一緒にいたいのは山々だが、もう軽いキスだけでは済まないのではないか?

---い、嫌じゃないんだけど……。でもちょっと……。う、う~ん、よくわかんないってのもあって、ちょっと怖いし……---

 ぶつぶつと考えながら、洗い物を終えて手を拭く。
 泊まるか、と誘ったり、キスもするが、真砂は特に、言葉では何も言わないのだ。

 いや、よく思い返せば、それなりに告白はされている。
 でもそれは、あくまで『それなりに』であって、はっきりと言われたわけではない。
 付き合っているわけでも多分ないし、深成からすると、自分の立場がわからない。

---そりゃ、上司っていう立場上、あんまり言えないのかもしれないけどさ。でもやっぱり、そこはちゃんと、はっきりさせて欲しいよ。せめてはっきり、好きだって言って欲しい---

 以前に『好き』だとは言われた。
 が、その後に『……なんだろうな』と付いた。
 言われたほうからすると、何だそれ、となる。

---やっぱりいつもの曖昧な言い方じゃなくて、はっきり『深成が好きだ』て言って欲しい!!---

「……おい、何してる。どうしたんだ」

 悶々と考えに耽っていた深成は、不意にかけられた低い声に、はた、と我に返った。
 気付けば手の中で、エプロンがくしゃくしゃになっている。

「あっ……とと、じゃ、じゃあわらわ、帰るね」

 慌ててエプロンを畳んで振り返ると、真砂はちょい、と廊下を示した。

「それ、洗うなら洗濯機に入れておけよ。置いておくだろ」

「うん。じゃあお願い」

 エプロンは真砂の家に置いている。
 深成は鞄を持って、廊下に出た。

「着替えも少し、置いておけばいいじゃないか」

 かけられた声に、え、と顔を上げた深成は、どきりとした。
 すぐ後ろにいた真砂が、至近距離で覗き込んでいる。

「そうすりゃいつでも、泊まれるだろ」

 言いつつ、顔を寄せてくる。

「えっ……とぉ……。そ、そうだけど……」

 わたわたと焦っている間に、深成の後頭部は壁に当たって、それ以上の後退を阻まれた。
 とん、と真砂の手が深成の顔の横に置かれ、逃げ場を奪う。
 そしてそのまま、唇を塞がれた。

「……っ」

 どきどきと鼓動が高鳴る。
 いつものように、唇はすぐに離れたが、いろいろ考えていたせいか、妙に身体が熱くなる。

「……課長……」

 ぽや、と赤い顔で見上げる深成を少しだけ見、真砂は、ぱっと身体を離して背を向けた。

「送る。先に行っておくから、鍵かけてきてくれ」

 そう言って、さっさと出て行く。
 しばらくぼんやりと鼓動が治まるのを待ち、深成はのろのろと玄関に向かった。



 そしてやはり、別れ際には車から降りる前に、キスをされる。
 いつもならそのままあたふたと車を降りる深成だが、今日は、じ、と真砂を見た。

「ねぇ課長。何で課長は、わらわにキスするの?」

 前にも聞いたことはあるが、そのときよりも雰囲気が違うのは、もうわかっているはずだ。
 が、意外に真砂は、あっさりと答えた。

「したいから」

「……」

 そう言われてしまうと、何も言えない。
 それはそうだろう、だが深成が聞きたいのは、そういうことではない。

「そうじゃなくて。じゃあ何で、課長はわらわとキスしたいって思うの」

 若干むきになって突っ込むと、真砂は呆れたような顔をした。

「あのな。お前はどうなんだ。何で俺にキスされて抵抗しない? 前はお前からしたじゃないか」

「だ、だって。わらわは……」

 赤くなって、一旦口を噤む。
 が、き、と真砂を見ると、深成は一気に言った。

「課長のこと、好きだもんっ」

 白くまも欲しかったし、と誤魔化すように小さく続けると、真砂は初めて、にやりと笑った。

「そういうことだ」

「ど、どういうことさっ」

「俺もそう思ってるってこと」

 くしゃくしゃと、深成の頭を撫でながら言う。
 意地でも自らはっきりと告白はしないつもりか。
 そうはさせじと、深成はずい、と身を乗り出した。

「課長も白くまが欲しかったの?」

「馬鹿。んなわけあるか」

 鼻白んだように言い、少し乱暴に、真砂が深成の肩を押した。
 深成の身体が、シートに押し付けられる。
 真砂がシートベルトを外し、思い切り深成のほうに身を寄せた。

「白くまよりも、お前が欲しいね」

 そう言って、覆い被さるように唇を重ねてきた。
 さっきまでの軽いキスではない。
 少し乱暴で、力強い。

 息苦しいほどのキスに、思わず深成は真砂から逃れようとした。

「んんっ……」

 声が漏れた隙をついて、真砂の舌が入ってくる。

「~~~っっ!!」

 深成はパニックに陥った。
 が、身体は痺れたように動かない。

---こ、怖い!!---

 初めての感覚に、恐怖が湧き上がる。
 が、そう思った瞬間。
 真砂が身体を起こした。

「もうあんまり我慢出来んな」

 ぽつりと言って、シートベルトをすると、エンジンをかける。
 そして、ちらりと深成を見た。

「いっその事、俺の家に引っ越せばどうだ?」

 潤んだ目でぼんやりしたまま、深成は真砂を見つめた。

「まぁでも、そうなるともう遠慮なくやるけどな」

 ぼわ、と深成の顔が火を噴く。
 ここで『何を』という突っ込みは、多分シャレにならない、とさすがの深成も気付き、わたわたと鞄を抱き締めた。

「ほら。さっさと降りないと、このままホテルに直行するぜ」

 端正な顔ににやりと意地悪そうな笑みを浮かべる。
 ああ、きっとこの程よいSっ気加減が、世の女子は堪らないんだーっ! と思いつつ、深成はやはり、最後はいつものように、あたふたと車を降りるのだった。
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