小咄
 月曜日に、早速清五郎から皆にメールが届いた。

「やった。カニ鍋かぁ。じゃあ飲み物とか、買い出しも必要だよね」

 捨吉が、わくわくと呟く。
 そして、ちらりとあきを見た。

「あきちゃん、買い出しに行かない?」

「え?」

「このカニ鍋の日さ、清五郎課長の家に行く前に、お酒とかおつまみとか買い出しに行こうと思うんだけど」

「あ、そうね」

 この時点では、あきはてっきり深成も一緒に行くものと思っていた。
 だが捨吉は、そういう考えではなかったらしい。

「じゃ、皆とは駅で待ち合わすことにしよう。深成、深草駅ってわかる?」

 首を傾げる深成に、捨吉は路線図を印刷して渡している。

---あら? 買い出しは捨吉くんと二人ってことかしら---

 考えるあきの横で、捨吉から貰った路線図を見、深成はこくりと頷いた。

「それじゃ、深草駅に六時って、皆に連絡しておくよ」

 いそいそと、捨吉がメールを打つ。
 あきは密かに頬を赤らめた。
 と、そこに二課のほうから、ゆいがやってくる。

「捨吉くん。カニ鍋の日さぁ、迎えに来てくれない?」

「え?」

 捨吉が、怪訝な顔でゆいを見る。

「だってあたし、清五郎課長の家って知らないし」

「ああ、だから今、メール送ったよ。皆で駅で待ち合わせて行くから大丈夫だよ」

 にこ、と笑って言う捨吉に、え、とゆいは一瞬顔をしかめた。
 が、すぐに気を取り直して捨吉に迫る。

「あ、そ、そうなんだ。でもさ、あたし、方向音痴だからさぁ」

「駅ぐらいわかるだろ? それに俺、ゆいさんの家と正反対だし。ゆいさんのほうが、深草駅に近いじゃないか」

 会社から考えたら、ゆいも清五郎も東方向だ。
 対して捨吉や深成、あきは西方向。
 真逆である。
 うぐぐ、と口を噤むゆいに、捨吉は重ねて言った。

「もし駅で見つからなかったら、あきちゃんに連絡してよ。探すから」

 にこりと言い、捨吉は話を打ち切った。



 カニ鍋は土曜日である。
 前日に指定された十時に、あきは待ち合わせの場所についた。
 先に来ていた捨吉が、すぐに駆け寄ってくる。

「随分早くない? 皆との待ち合わせは六時でしょ?」

「うん。だって、あきちゃんと遊びたかったし」

 へへっと照れ臭そうに言う捨吉に、あきは赤くなった。

「買い出しは移動する前にすることにして、とりあえず遊ぼうよ。あっちで何か、イベントがやってるみたいだよ」

「あ、じゃあさ、あたし、あそこの美術館に行きたいんだ。イベント見てから、そこに行っていい?」

「うん」

 デートだわ、と思いながら、あきは捨吉の後について行った。
 イベント会場は人がいっぱいだ。
 はぐれそうになるあきの手を、捨吉が掴んだ。

 それから何となく、手を繋いだまま、イベント会場を流して美術館へ向かう。

「あきちゃん、絵とかに興味あるんだ」

「うん。あたし、美術部だったから」

「へー。俺、絵のこととかはわかんないけど、美術館とかは好きなんだ。人がいるのに、しん、としててさ。不思議な空間だと思わない?」

「あはは。そうね、そう言われてみれば。捨吉くんの感性って面白いわね」

 他愛無い話をしているうちに、瞬く間に時間は過ぎる。

「そろそろ買い物して、駅に向かおうか」

 名残惜しく思いながらも、あきは捨吉と共に移動した。



 六時前に、深成は深草駅に着いた。
 改札から出たところで待っていると、トイレから出てきた人物が、こちらにやってくる。

 ぼんやりしていると、その人物はどんどん近づいてくる。
 誰だろう、と思っていた深成は、一旦視線を外して、はた、と目を戻した。

 ぴらぴらのフレアスカートはかなりのミニ丈で、そこからむっちりとした逞しい足が伸びている。
 ぴたっとした上着の胸元は苦しそうなほどぴちぴちで、胸の大きさを強調する効果があるのかもしれないが、お腹周りのほうが気になる。

 髪の毛はくるくる盛り盛り。
 化粧もばっちり。
 付けまつげが風を起こしそうなほど盛られ、さらに目の周りがパンダのようなので、目が開いてるんだか閉まってるんだかわからない。

 全くいつもとは変わっているが、もしかしてこの人物は、深成の苦手なゆいではないか?
 とは思うものの、間近で見ても確信が持てない。
 が、向こうから声をかけてきた。

「なぁんだ。あんたも呼ばれてたの」

 魔女のような付け爪に、病気だとしか思えない毒々しい色のネイルを施した手を腰に当て、ゆいは深成を見下ろした。
 というのも、ゆいの靴は超厚底だ。
 かなり背が高くなっているので、文字通り上から見下される。

「ええっと……」

 思いっきり引きつつ、深成はちらりと時計を見た。
 そろそろ六時だ。
 早く誰か来てくれないかな、と思いながらも、深成の目はゆいから離れない。

 こんな凄い格好を間近で見たことがないので、怖いモノ見たさというか、違う意味で目を引くのだ。
 ハーフパンツに、しましまのチュニックという、至って普通の格好の深成など、完全に存在を掻き消される勢いだ。

 ちなみに持ち物も、深成は小さい斜め掛けバッグをかけているだけだが、ゆいはショッキングピンクの大きなバッグを肩にかけている。
 何だかやたらと大荷物だ。

「だっさい格好……」

 深成を見、ゆいは、ぼそ、と呟いた。

「まぁいいわ。あんたみたいな子がいてくれたほうが、あたしが引き立つし」

 つん、と言いつつ、しゅっしゅっと香水をかける。
 その匂いに、けほんけほんと深成が噎せた。
 むっとしたゆいが、持っていた鞄を深成に投げつけるように渡す。

「ああ重い。あんた、それ持ってて」

 乱暴にでかい鞄を渡され、深成はよろりとよろける。
 一体何が入っているのかと思うほど重い。

 深成が持つと前が見えなくなるほどのでかい荷物を押し付け、ゆいは手鏡を出して、髪の毛のチェックをしている。
 落としてやろうか、でもそんなことすると、余計ややこしいことになりそう、などと半泣きで考えていると、ふっと手が軽くなった。
 え、と見ると、真砂が怪訝な顔で、深成が抱えていたゆいの鞄を持ち上げている。

「……でかい鞄だな。どこにいるのかわからなかったぞ。お前のか?」

 悪趣味なショッキングピンクの鞄を、嫌そうに見る。
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