小咄
「おっ、来たな。上がれよ」
閑静な一軒家が立ち並ぶ住宅街の一画に、清五郎の家はあった。
こじんまりとはしているが、結構立派な日本家屋だ。
「お邪魔しま~す」
家に入ると、すでにいい匂いが漂っている。
早速居間に入ると、千代が皿などを用意していた。
「千代姐さん。わざわざ千代姐さんが先に来て用意しなくても。言ってくれたら手伝いますよ」
あきが若干目尻を下げて、まじまじと千代を窺いながら言う。
「いいよ。あんたたちは買い出しに行くって言ってたし、そんなぞろぞろ早く来たってお邪魔だろ」
「でもま、お千代さんが来てくれて助かったぜ」
清五郎が、奥からカニを盛った大皿を持ってくる。
すぐに千代が、テーブルの上にカニのスペースを作った。
---良い感じだわ。千代姐さんは気が利くから、真砂課長とだってお似合いといえばお似合いなんだけど。でも何だか最近、真砂課長は深成ちゃんみたいな子供のほうがお似合いに思えるし。清五郎課長とのほうが、何だか空気が穏やかで、ほんと夫婦みたい---
それにしても、とあきは千代をまじまじと見た。
---ゆいちゃんと、何と言う違いなのかしら……。そりゃあ元からが違うといえばそうだけどさぁ……---
ゆいはさほど美人でもないし、小太りだ。
美人でスタイルもいい千代との差は、その時点で明らかだが、化粧の仕方も着ているものも、いっそゆいが可哀想になるほどだ。
---まぁゆいちゃんの今日の格好は、酷過ぎるけど---
そのゆいが居間に入った途端、さすがの清五郎も驚いた顔をした。
千代は目を細めただけだったが。
「おいこらゆい。お前、今日の趣旨がわかってんのか」
呆れたように、清五郎が言う。
「え~? もちろん。清五郎課長のお家にお邪魔するから、頑張ってお洒落してきたんですよぉ?」
「その手で、カニが食えるのか?」
毒々しいネイルの魔女爪を指す。
「しかもそんな余裕のない服で。そんなんじゃ腹いっぱい食えないぞ」
「え~、もうヤダ、課長ったらぁ。女の子に無粋ですよぉ。そんなお腹が膨れるほど食べないもん」
ぷぅ、と可愛らしく頬を膨らます。
深成がよくやる表情だが、狙ってやるのと自然にやるのとではこうも違うのか、というほど皆無関心だ。
清五郎はそれ以上何も言わず、真砂が持ってきたカニも、せっせと大皿に盛った。
「はい、じゃあ飲み物回しますね。ビール買ってきましたから」
「おぅ、ご苦労さん。日本酒と焼酎ならあるぜ」
「やった。じゃあ後でいただきます」
捨吉が皆に缶ビールを回し、千代が取り皿を回していく。
「はい、深成はこれね」
捨吉が、アルコール度数の低い缶のカクテルを深成に渡した。
それを見たゆいが、早速難癖をつけてくる。
「ちょっとぉ。何でその子だけ、特別に違うものなの?」
「あ、わらわ、あんまり飲めないから」
「え~? 結構そういうこと言う子って、実は飲めたりするのよね~。可愛ぶってるだけじゃないのぉ?」
ゆいからすると、捨吉が深成にだけ別のものを買って来た、ということが気に入らない。
うにゅ、と不満げに唇を突き出す深成に、ふん、と馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「もぅ、皆が皆あんたみたいな酒飲みじゃないんだよ。酔っ払って絡み酒するようなあんたより、ちゃんと軽いもので済ますほうが可愛いじゃないか」
鍋にカニを入れながら、千代がゆいを黙らせる。
「じゃあとりあえず乾杯しましょう。課長、お招きありがとうございま~す」
ゆいが黙った隙に、捨吉が缶ビールを掲げて声を上げる。
それを合図に、カニ鍋パーティーは開始された。
「美味しい~。さすが、本場だよね~」
深成がもぐもぐとカニを頬張りながら、満面の笑みを浮かべる。
千代が取ってくれた新たなカニを剥こうとするが、硬くてなかなか割ることが出来ない。
「うう、硬い。課長、これ割って」
深成が差し出すカニを、真砂が片手で割る。
「わー、すごーい」
無邪気に感心しながら、おしぼりで深成が真砂の手を拭く。
それをあきは、にまにましながら眺めた。
同じように、千代が割れないものは清五郎が割っている。
あきにすると、妄想の種を刈るのに忙しい状況だ。
「あきちゃん、割れる?」
はた、と気付けば、捨吉があきの皿に入っているカニを指している。
なかなか硬くて割れなかったものだ。
「あ、これ、ちょっと硬い……」
「割ろうか?」
こくりと頷いたとき、反対側からゆいが、捨吉にしなだれかかった。
「あ~ん、これ硬い~。捨吉くん、割ってぇ」
ぶわ、と香水が捨吉の鼻を刺す。
僅かに顔をしかめ、捨吉は、さっとカニ鋏を差し出した。
「はい、これ。羽月、ゆいさんのカニ、硬そうだったら割ってあげて」
早口に言い、捨吉は、さっさとあきのカニを割ることに専念する。
閑静な一軒家が立ち並ぶ住宅街の一画に、清五郎の家はあった。
こじんまりとはしているが、結構立派な日本家屋だ。
「お邪魔しま~す」
家に入ると、すでにいい匂いが漂っている。
早速居間に入ると、千代が皿などを用意していた。
「千代姐さん。わざわざ千代姐さんが先に来て用意しなくても。言ってくれたら手伝いますよ」
あきが若干目尻を下げて、まじまじと千代を窺いながら言う。
「いいよ。あんたたちは買い出しに行くって言ってたし、そんなぞろぞろ早く来たってお邪魔だろ」
「でもま、お千代さんが来てくれて助かったぜ」
清五郎が、奥からカニを盛った大皿を持ってくる。
すぐに千代が、テーブルの上にカニのスペースを作った。
---良い感じだわ。千代姐さんは気が利くから、真砂課長とだってお似合いといえばお似合いなんだけど。でも何だか最近、真砂課長は深成ちゃんみたいな子供のほうがお似合いに思えるし。清五郎課長とのほうが、何だか空気が穏やかで、ほんと夫婦みたい---
それにしても、とあきは千代をまじまじと見た。
---ゆいちゃんと、何と言う違いなのかしら……。そりゃあ元からが違うといえばそうだけどさぁ……---
ゆいはさほど美人でもないし、小太りだ。
美人でスタイルもいい千代との差は、その時点で明らかだが、化粧の仕方も着ているものも、いっそゆいが可哀想になるほどだ。
---まぁゆいちゃんの今日の格好は、酷過ぎるけど---
そのゆいが居間に入った途端、さすがの清五郎も驚いた顔をした。
千代は目を細めただけだったが。
「おいこらゆい。お前、今日の趣旨がわかってんのか」
呆れたように、清五郎が言う。
「え~? もちろん。清五郎課長のお家にお邪魔するから、頑張ってお洒落してきたんですよぉ?」
「その手で、カニが食えるのか?」
毒々しいネイルの魔女爪を指す。
「しかもそんな余裕のない服で。そんなんじゃ腹いっぱい食えないぞ」
「え~、もうヤダ、課長ったらぁ。女の子に無粋ですよぉ。そんなお腹が膨れるほど食べないもん」
ぷぅ、と可愛らしく頬を膨らます。
深成がよくやる表情だが、狙ってやるのと自然にやるのとではこうも違うのか、というほど皆無関心だ。
清五郎はそれ以上何も言わず、真砂が持ってきたカニも、せっせと大皿に盛った。
「はい、じゃあ飲み物回しますね。ビール買ってきましたから」
「おぅ、ご苦労さん。日本酒と焼酎ならあるぜ」
「やった。じゃあ後でいただきます」
捨吉が皆に缶ビールを回し、千代が取り皿を回していく。
「はい、深成はこれね」
捨吉が、アルコール度数の低い缶のカクテルを深成に渡した。
それを見たゆいが、早速難癖をつけてくる。
「ちょっとぉ。何でその子だけ、特別に違うものなの?」
「あ、わらわ、あんまり飲めないから」
「え~? 結構そういうこと言う子って、実は飲めたりするのよね~。可愛ぶってるだけじゃないのぉ?」
ゆいからすると、捨吉が深成にだけ別のものを買って来た、ということが気に入らない。
うにゅ、と不満げに唇を突き出す深成に、ふん、と馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「もぅ、皆が皆あんたみたいな酒飲みじゃないんだよ。酔っ払って絡み酒するようなあんたより、ちゃんと軽いもので済ますほうが可愛いじゃないか」
鍋にカニを入れながら、千代がゆいを黙らせる。
「じゃあとりあえず乾杯しましょう。課長、お招きありがとうございま~す」
ゆいが黙った隙に、捨吉が缶ビールを掲げて声を上げる。
それを合図に、カニ鍋パーティーは開始された。
「美味しい~。さすが、本場だよね~」
深成がもぐもぐとカニを頬張りながら、満面の笑みを浮かべる。
千代が取ってくれた新たなカニを剥こうとするが、硬くてなかなか割ることが出来ない。
「うう、硬い。課長、これ割って」
深成が差し出すカニを、真砂が片手で割る。
「わー、すごーい」
無邪気に感心しながら、おしぼりで深成が真砂の手を拭く。
それをあきは、にまにましながら眺めた。
同じように、千代が割れないものは清五郎が割っている。
あきにすると、妄想の種を刈るのに忙しい状況だ。
「あきちゃん、割れる?」
はた、と気付けば、捨吉があきの皿に入っているカニを指している。
なかなか硬くて割れなかったものだ。
「あ、これ、ちょっと硬い……」
「割ろうか?」
こくりと頷いたとき、反対側からゆいが、捨吉にしなだれかかった。
「あ~ん、これ硬い~。捨吉くん、割ってぇ」
ぶわ、と香水が捨吉の鼻を刺す。
僅かに顔をしかめ、捨吉は、さっとカニ鋏を差し出した。
「はい、これ。羽月、ゆいさんのカニ、硬そうだったら割ってあげて」
早口に言い、捨吉は、さっさとあきのカニを割ることに専念する。