小咄
「うもぅ。清五郎課長、今度からは、剥いたやつにして貰ってくださいよぅ」
ゆいは不満げに清五郎に文句を言い、ぐいーっとビールを開けた。
そして、きょろ、と周りを見回す。
「清五郎課長。お酒ちょうだい」
「出たな、酒飲みめ。絡むなよっつっても、すでに無理か」
「あたし、酒飲みではありますけど、人に迷惑はかけませんも~ん」
そう思っているのは自分だけだ。
ゆいには絡んでいる自覚がないらしい。
もっとも素面でも結構絡んでいるので、そもそもの性格なのだろうが。
「絡むのはともかく、帰れなくなる前にやめろよ」
言いつつ、清五郎は立ち上がって、焼酎を用意した。
酔い方もまだマシなほうにしたようだ。
梅干と氷を入れたグラスを、ゆいに渡す。
「ありがとうございまぁ~す」
嬉しそうに受け取るゆいに、清五郎は息をついた。
「お前もそうやって素直にしてりゃ可愛いのによ」
「えっやだ~。もぅ、課長ったらぁ~」
頬を押さえ、ゆいが身悶えする。
すっぴんであれば、の話だがな、と小さく付け足した清五郎の言葉は、当然届いていない。
「真砂も飲むか?」
「ああ」
「清五郎課長、俺も。氷多めで」
口を挟んだ捨吉に、清五郎が少し片眉を上げた。
「薄めるなら、水割りにするか?」
「ん~、う~ん。それはあんまり」
いつもは結構べろべろになる捨吉だが、やはりゆいのいる場では酔わないよう気を付けているようだ。
ただ、だからといって全く飲まないのも嫌なのだろう。
「まぁお前は、最悪泊まればいいけどな」
「え、それありですか」
ちょっと喜色を浮かべた捨吉だったが、すかさずゆいが、横からまた捨吉にしなだれかかる。
「え~? じゃああたしもぉ~」
見ると先程渡した焼酎は、すでにほぼ飲み干している。
早! と思っていると、ゆいは、ずい、とそのグラスを清五郎に突き出した。
「課長、おかわり~」
「お前なぁ……」
渋い顔の清五郎の前にグラスを置き、ゆいはぐいぐいと捨吉に迫る。
「ね~、捨吉くんが泊まるんだったら、あたしも泊まる~。いいでしょ?」
「ええ? いいも何も、それは清五郎課長に聞いてよ。ていうかゆいさん、実はまだ全然帰ることぐらい出来るでしょ」
ゆいは捨吉の腕を抱くようにして己の胸を押し付けているが、残念ながらそれよりも、手に当たる腹のほうが気になる。
それに近付かれるほどに香水は臭うし、濃すぎる化粧は男心を萎えさせるばかりだ。
「あたしぃ、捨吉くんが帰らないと、帰らないからぁ~」
「だったら捨吉。何としても帰れよ」
冷たく、清五郎が言う。
「ええ~、酷ぉ~い。いいじゃないですかぁ~。あたし、ちゃあんとお泊りセット持ってきてますも~ん」
え、と捨吉とあきが、ゆいの鞄を見た。
あの大量の荷物は、お泊りセットだったのか。
というか、もしやゆいは、例え清五郎の家に泊まらなくても、捨吉の家にでも行く気だったのではないか?
「おいこら。端から泊まる予定だったのかよ。お前は全く、格好からして危機感がないぞ。そんなミニで、ほっつき歩くな」
「あら~、課長も気になっちゃう?」
捨吉に引っ付いたまま、ゆいが、ちら、と足を動かす。
超ミニスカートは、今や乱れて相当上に上がっている。
むっちりとした太ももが、ばーん! とお目見えしているのだ。
違う意味でな、とまた清五郎が呟いた。
「ったく、ほんと、お千代さんを見習って欲しいぜ」
もう面倒臭くなり、清五郎は焼酎は机の上に置いておき、自分は日本酒を開けた。
「でもまぁ、こんなゆいを見たら、普段が可愛く見えるかもしれんな。そういう計算かな」
相変わらずぐいぐいと捨吉に迫るゆいを見つつ、清五郎が言う。
ゆいのターゲットは初めから捨吉なので、別に清五郎に構われなくてもいいのだ。
捨吉の腕にへばりついたまま、ゆいは片手でどぼどぼとグラスに焼酎を注いだ。
「俺なら家に入った瞬間に化粧を落とさせるがな。あれは酷い」
真砂が日本酒に口をつけながら言う。
はは、と清五郎が笑った。
「あそこまで露骨にしないといかんのは、ある意味可哀想だぜ。捨吉もなぁ、もうちょっとはっきりしてやってもいいんじゃないか、ゆいに関しては」
「女ははっきりして欲しいもん……か?」
ちろ、と真砂が視線を上げる。
清五郎も、少し首を傾げた。
「どうかな。そういうもんか?」
横の千代に話を振る。
「そうですわねぇ。まぁ、態度で示してくれれば、ある程度はわかるでしょうけど。でもやっぱり、言葉は欲しいもんですわよ。好きだって言われたら、嬉しいですもの」
「へぇ、お千代さんでもそうか。そんなこと言っても、わかってます、とか普通に言われそうだと思ってたが」
「あらだって。清五郎課長だって、皆に優しいですから、わからないですもの。やっぱり女子は、自分だけが特別だって思いたいものですわよ」
「男だってそうだぜ」
ははは、おほほ、と笑い合う清五郎と千代の正面では、おおおお、とあきが身を乗り出していた。
---ちょっとちょっと。何気に際どい応酬じゃない? ていうか、深成ちゃーん! 眠くなってるでしょーっ!!---
一通り鍋をつつき、今は皆、酔いも回っている頃だ。
カクテルを飲んでいた深成も、ふと見ると半目になっている。
「深成。大丈夫かい?」
横にいた千代が、気付いて覗き込む。
んにゃ、と目を擦り、深成はちらりと反対側を見、真砂がいることを確かめると、ふわ、とあくびをした。
「眠い……」
こしこしと目を擦る。
「ちょっとあっちで休んでおくか?」
清五郎が、ちょい、と向かいの部屋を指差した。
千代が深成を促して、そろりと部屋を出る。
変にゆいの注意を引きたくない。
べろべろになって、捨吉を他の部屋に引っ張り込んでも困るからだ。
「そっちの部屋の押し入れに、タオルケットと座布団が入ってるから、それ出してやってくれ」
こそ、と清五郎が、千代に耳打ちする。
こくりと頷き、千代は深成を連れて部屋を移動した。
「あいつはほんとに、弱すぎる」
深成が出て行ってから、真砂が深成の飲んでいた缶を持ち上げて言った。
まだ空にはなっていない。
三分の一ほど残っているようだ。
「でも可愛い酔い方じゃないか。あれとは大違いだぜ」
ちょい、と清五郎が指す先には、すっかりべろべろになったゆいが、思いっきり捨吉に体重をかけて、何事かをべらべら喋っている。
目も据わっているし、呂律も回っていない。
あの格好でこの態度は、かなり引く。
「あいつ、ちゃんと帰る頃には起きるだろうな」
車であればあまり問題ないが、今日は飲むので真砂も電車だ。
深成を負ぶって公共交通機関には乗りたくない。
「起きなかったら、真砂も泊まればいいじゃないか」
軽く言って、清五郎はぐいっと酒を飲んだ。
真砂も手にある深成のカクテルを飲む。
「甘。こんなもん、よく飲めるな」
顔をしかめて言い、そのわりに、残りを一気にあおる。
「違う意味で悪酔いしそうだぜ」
空になった缶を置き、真砂は机の上のおつまみで口直しした。
ゆいは不満げに清五郎に文句を言い、ぐいーっとビールを開けた。
そして、きょろ、と周りを見回す。
「清五郎課長。お酒ちょうだい」
「出たな、酒飲みめ。絡むなよっつっても、すでに無理か」
「あたし、酒飲みではありますけど、人に迷惑はかけませんも~ん」
そう思っているのは自分だけだ。
ゆいには絡んでいる自覚がないらしい。
もっとも素面でも結構絡んでいるので、そもそもの性格なのだろうが。
「絡むのはともかく、帰れなくなる前にやめろよ」
言いつつ、清五郎は立ち上がって、焼酎を用意した。
酔い方もまだマシなほうにしたようだ。
梅干と氷を入れたグラスを、ゆいに渡す。
「ありがとうございまぁ~す」
嬉しそうに受け取るゆいに、清五郎は息をついた。
「お前もそうやって素直にしてりゃ可愛いのによ」
「えっやだ~。もぅ、課長ったらぁ~」
頬を押さえ、ゆいが身悶えする。
すっぴんであれば、の話だがな、と小さく付け足した清五郎の言葉は、当然届いていない。
「真砂も飲むか?」
「ああ」
「清五郎課長、俺も。氷多めで」
口を挟んだ捨吉に、清五郎が少し片眉を上げた。
「薄めるなら、水割りにするか?」
「ん~、う~ん。それはあんまり」
いつもは結構べろべろになる捨吉だが、やはりゆいのいる場では酔わないよう気を付けているようだ。
ただ、だからといって全く飲まないのも嫌なのだろう。
「まぁお前は、最悪泊まればいいけどな」
「え、それありですか」
ちょっと喜色を浮かべた捨吉だったが、すかさずゆいが、横からまた捨吉にしなだれかかる。
「え~? じゃああたしもぉ~」
見ると先程渡した焼酎は、すでにほぼ飲み干している。
早! と思っていると、ゆいは、ずい、とそのグラスを清五郎に突き出した。
「課長、おかわり~」
「お前なぁ……」
渋い顔の清五郎の前にグラスを置き、ゆいはぐいぐいと捨吉に迫る。
「ね~、捨吉くんが泊まるんだったら、あたしも泊まる~。いいでしょ?」
「ええ? いいも何も、それは清五郎課長に聞いてよ。ていうかゆいさん、実はまだ全然帰ることぐらい出来るでしょ」
ゆいは捨吉の腕を抱くようにして己の胸を押し付けているが、残念ながらそれよりも、手に当たる腹のほうが気になる。
それに近付かれるほどに香水は臭うし、濃すぎる化粧は男心を萎えさせるばかりだ。
「あたしぃ、捨吉くんが帰らないと、帰らないからぁ~」
「だったら捨吉。何としても帰れよ」
冷たく、清五郎が言う。
「ええ~、酷ぉ~い。いいじゃないですかぁ~。あたし、ちゃあんとお泊りセット持ってきてますも~ん」
え、と捨吉とあきが、ゆいの鞄を見た。
あの大量の荷物は、お泊りセットだったのか。
というか、もしやゆいは、例え清五郎の家に泊まらなくても、捨吉の家にでも行く気だったのではないか?
「おいこら。端から泊まる予定だったのかよ。お前は全く、格好からして危機感がないぞ。そんなミニで、ほっつき歩くな」
「あら~、課長も気になっちゃう?」
捨吉に引っ付いたまま、ゆいが、ちら、と足を動かす。
超ミニスカートは、今や乱れて相当上に上がっている。
むっちりとした太ももが、ばーん! とお目見えしているのだ。
違う意味でな、とまた清五郎が呟いた。
「ったく、ほんと、お千代さんを見習って欲しいぜ」
もう面倒臭くなり、清五郎は焼酎は机の上に置いておき、自分は日本酒を開けた。
「でもまぁ、こんなゆいを見たら、普段が可愛く見えるかもしれんな。そういう計算かな」
相変わらずぐいぐいと捨吉に迫るゆいを見つつ、清五郎が言う。
ゆいのターゲットは初めから捨吉なので、別に清五郎に構われなくてもいいのだ。
捨吉の腕にへばりついたまま、ゆいは片手でどぼどぼとグラスに焼酎を注いだ。
「俺なら家に入った瞬間に化粧を落とさせるがな。あれは酷い」
真砂が日本酒に口をつけながら言う。
はは、と清五郎が笑った。
「あそこまで露骨にしないといかんのは、ある意味可哀想だぜ。捨吉もなぁ、もうちょっとはっきりしてやってもいいんじゃないか、ゆいに関しては」
「女ははっきりして欲しいもん……か?」
ちろ、と真砂が視線を上げる。
清五郎も、少し首を傾げた。
「どうかな。そういうもんか?」
横の千代に話を振る。
「そうですわねぇ。まぁ、態度で示してくれれば、ある程度はわかるでしょうけど。でもやっぱり、言葉は欲しいもんですわよ。好きだって言われたら、嬉しいですもの」
「へぇ、お千代さんでもそうか。そんなこと言っても、わかってます、とか普通に言われそうだと思ってたが」
「あらだって。清五郎課長だって、皆に優しいですから、わからないですもの。やっぱり女子は、自分だけが特別だって思いたいものですわよ」
「男だってそうだぜ」
ははは、おほほ、と笑い合う清五郎と千代の正面では、おおおお、とあきが身を乗り出していた。
---ちょっとちょっと。何気に際どい応酬じゃない? ていうか、深成ちゃーん! 眠くなってるでしょーっ!!---
一通り鍋をつつき、今は皆、酔いも回っている頃だ。
カクテルを飲んでいた深成も、ふと見ると半目になっている。
「深成。大丈夫かい?」
横にいた千代が、気付いて覗き込む。
んにゃ、と目を擦り、深成はちらりと反対側を見、真砂がいることを確かめると、ふわ、とあくびをした。
「眠い……」
こしこしと目を擦る。
「ちょっとあっちで休んでおくか?」
清五郎が、ちょい、と向かいの部屋を指差した。
千代が深成を促して、そろりと部屋を出る。
変にゆいの注意を引きたくない。
べろべろになって、捨吉を他の部屋に引っ張り込んでも困るからだ。
「そっちの部屋の押し入れに、タオルケットと座布団が入ってるから、それ出してやってくれ」
こそ、と清五郎が、千代に耳打ちする。
こくりと頷き、千代は深成を連れて部屋を移動した。
「あいつはほんとに、弱すぎる」
深成が出て行ってから、真砂が深成の飲んでいた缶を持ち上げて言った。
まだ空にはなっていない。
三分の一ほど残っているようだ。
「でも可愛い酔い方じゃないか。あれとは大違いだぜ」
ちょい、と清五郎が指す先には、すっかりべろべろになったゆいが、思いっきり捨吉に体重をかけて、何事かをべらべら喋っている。
目も据わっているし、呂律も回っていない。
あの格好でこの態度は、かなり引く。
「あいつ、ちゃんと帰る頃には起きるだろうな」
車であればあまり問題ないが、今日は飲むので真砂も電車だ。
深成を負ぶって公共交通機関には乗りたくない。
「起きなかったら、真砂も泊まればいいじゃないか」
軽く言って、清五郎はぐいっと酒を飲んだ。
真砂も手にある深成のカクテルを飲む。
「甘。こんなもん、よく飲めるな」
顔をしかめて言い、そのわりに、残りを一気にあおる。
「違う意味で悪酔いしそうだぜ」
空になった缶を置き、真砂は机の上のおつまみで口直しした。