小咄
「にゃーーっ!!」

「どうした!?」

 深成の悲鳴を聞きつけて、すぐに真砂が飛び込んできた。
 そしてその場の光景に、真砂の眉間に皺が寄る。

「……何をしている」

 低く、真砂が問う。
 医師が、千代を抱きすくめて、首筋に顔を埋めていたのだ。

「ん? ああ、何でもない何でもない」

 医師が顔を上げ、へら、と笑う。
 なかなかハンサムな、若い医師だ。

「何でもないわけあるか。とりあえず、そいつを離せ」

 真砂が進み出、千代の肩を掴む。
 だが千代ともあろう者が、真砂に触れられているのに、反応しない。
 くたりとして、意識がないようなのだ。

「え~?」

 医師が思いっきり不満そうな顔になる。
 だがその言葉に、真砂の目が一段と鋭くなり、医師は慌てて片手を振った。

「い、いやいや。だって今僕が手ぇ離したら、この子椅子から落ちちゃうじゃん。何か誤解してない? 僕はこの子が採血中に気を失ったから、支えただけだよ~」

 そう言われてしまえば、そうとも思える状況だ。
 が、真砂は鋭い視線を医師に向けたまま、傍の長椅子を顎で示した。

「だったらそこに寝かせておけ。俺は忙しいんだ。さっさと済ませて貰おう」

「男の人の血なんて、あんまりそそられないんだよね~」

 ぶつぶつ言いながら、医師は注射器やチューブを用意する。
 そして、ふと顔を上げて、真砂の後ろに立つ深成に目をやった。

「あ、君も採血だよね」

 医師が言った途端、びくぅっと深成が飛び上がる。

「あ、あの、いや、えっと。わらわのことは気にせず、か、課長からどうぞっ」

 手をぶんぶんと振りながら、じりじりと後ずさりする深成に、医師は満面の笑みを向けた。

「わぁ、理想的な反応だねぇ。うんうん、やっぱりそういう反応してくれなきゃ、僕も自分が吸血鬼だってこと忘れそう」

 言いつつ立ち上がり、医師は深成に近づいた。
 そして、ぱっと両手を広げる。

「怖がらないでも大丈夫。さぁおいで」

 映画などでよくある、吸血鬼がマントを広げて美女を誘う姿をイメージしていただきたいところだが、生憎周りは採血セットだし、医師が纏っているのはマントではなく白衣である。
 しかも。

「……ふざけるのも大概にしろ」

 間にいた真砂が、低い声で口を挟んだ。
 はた、と我に返った医師が、きょとんと視線を落とす。

 採血台の前の椅子にかけていた真砂が、ゆっくりと立ち上がる。
 そして、深成の腕を掴んだ。

「男に不満があるなら、先にこいつをやってもらおう」

「ええええええっ!!!」

 深成が叫び声を上げて、両足を踏ん張る。
 医師はまた笑みを浮かべ、一歩踏み出した。

「なかなか話のわかる課長さんだねぇ。ほら、上司の言うことは聞くもんだよ。さぁおいで」

 再び医師は、深成のほうへと近づこうとする。
 だが真砂は、ちょい、と医師の椅子を指した。

「あんたはそこから動くな。採血すんのに、そっちから出てくる必要はないだろう」

 ぐ、と固まり、医師は不満そうに真砂を見た。
 だが真砂の鋭い視線に気圧され、机の向こうに戻る。
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