小咄
うふふふ~、と目尻を下げるあきとは反対に、ゆいは口をへの字に曲げた。
急にしおらしくなり、うるうると目を潤ませて真砂を見る。
「だって……酷いじゃないですかぁ。捨吉くん、あたしにキスまでしておいて~」
ええ? と深成が驚いた顔で、恥ずかしそうに身を捩るゆいを見る。
本当に恥ずかしかったら、このようなこと皆のいる前では言わないものだが。
しかも深成は知らなかったのだが、捨吉がしたわけではない。
襲われたのは捨吉のほうだ。
真砂はこの上なく冷たい目でゆいを見た。
あきも、呆れたようにゆいを見、真砂と目を合わせた。
二人とも、事の次第を知っているため、ゆいのこの言動は茶番にしか見えないのだ。
真砂とあきは、お互い『全く』と同時にため息をついた。
「そんなに捨吉が好きなんだったら、さっさとてめぇのものにしてしまえ。てめぇのもんでもないのに、誰かといるだけで文句を言われるのは堪らん。まぁ捨吉は、誰か気になる奴がいるみたいだがな」
鬱陶しそうに言い、しっしっと手を振る。
え、とあきとゆいが動きを止めた。
「か、課長。そんな話を、何で課長が……」
人の恋愛事情になど、とんと興味のなさそうな真砂が、捨吉の想い人を知っているなどあり得ない。
そんな真砂が知っている、ということは、捨吉が真砂にそういうことを相談したのだろう。
この真砂に相談するなど、よほどのことなのではないか。
そんなに想う相手がいるのか。
ショックで、あきは思わず真砂に突っ込んだ。
「何かそんなことを、昼に言っていた。女はどういうものを貰うと嬉しいものなのか、とか言ってたな」
「えーっ、何それ。あ、あたしの誕生日、二か月先だ~。そ、そっか、そういうことか」
ぱっとゆいが笑顔になった。
それに、真砂は少し怪訝な表情になる。
「なぁんだ。もぅ、そんなこと、直接聞いてくれてもいいのに。照れ屋さんなのね」
うふふ、と笑い、ゆいは入って来たときとは打って変わって上機嫌になり、うきうきと二課に戻って行った。
「……捨吉が、あいつを好いているとは思えんがな……」
ゆいが去ってから、ぼそ、と真砂が呟いた。
それには同意だが、あきは少し考えた。
---確かにゆいちゃんに襲われた時の捨吉くんの怯えようは、好きな子に対する態度じゃないけど。でもゆいちゃんの誕生日も近いということは、可能性はないとは言えないわ。あたしの誕生日はもうすぐだけど、捨吉くんが知ってるかどうか、わかんないし---
そんな話をした覚えもない。
逆にゆいなら、自分からそういうアピールはしそうだ。
やはり悶々としたまま、あきは仕事に戻った。
一方千代ととある飲み屋に行った捨吉は、とりあえず食事をしながら、当たり障りない話をしていた。
「清五郎課長のところの案件も、ようやく終わりですねぇ。思ったよりスムーズに行きましたね」
「まぁね。ゆいもねぇ、もうちょっと上手くやらないと。もう新人でもないんだから」
ビールを飲みながら、千代が息をつく。
何てことのない普通の居酒屋であっても、千代がいるだけで場が華やかになる。
「すみませんねぇ、こんなところで」
「何言ってんだよ。別にどこだって構わないよ」
あはは、と笑う千代に救われつつ、捨吉はようやっと本題を切り出した。
とはいえ、あき、とは言わない。
とりあえず、真砂に言ったように、気になる子にプレゼントしたいという意向を伝え、アドバイスを求める。
「へー、そういうことかい。そうだねぇ、仲良しっていうのもいろいろだしねぇ」
う~ん、と考え、千代はちらりと捨吉を見た。
「どの程度親しいかにもよるかなぁ。ずっと一緒にいるような子なら、ある程度嗜好もわかるだろ?」
「そうなんですけど。生憎そこまでじゃない……のかなぁ。う~ん、たとえば千代姐さんなら、清五郎課長に何あげます?」
「え~? う~ん、難しい。何といっても上の人だしねぇ。今の関係ぐらいだったら、あえて何がいいか聞くかな。ちゃんとお付き合いしてたら、お料理とか作って差し上げたり出来るけど」
「そっかぁ。千代姐さんでもそうなんだ」
「そこは簡単な人と、そうでない人がいるよね。男の人のほうが難しいのかな? 女は好きな人にはお料理を作ってあげるって手があるけど、それもちゃんと付き合ってないうちからそういうこと言ったら、誘ってると思われかねないし。まぁ、こっちだって嫌いな人にそんなことしないから、ある程度期待して貰っていいんだけど」
「じゃあ逆に、清五郎課長に何かして貰う場合は? 何かお祝いして貰うなら、どういうのがいいんです?」
「軽いものなら、ほら、前私も清五郎課長にして貰っただろ。食事に誘うってのが妥当なんじゃないか?」
「あっなるほど。そうだ、あのとき千代姐さん、どこ行ったんです?」
ぽん、と手を叩き、捨吉は食いついた。
ビールグラスに口を付け、千代は目を細めた。
「ふふ。結構いい店に連れて行って貰ったよ。行ってみたかったんだけどね、かなり高い店だから、自分じゃちょっと行けなくて。ダメ元で提案してみたら、当日なんと、コース料理を予約しておいてくださったんだよ」
「さ、さすが清五郎課長。その辺は、真砂課長よりもスマートですね。そっかぁ、清五郎課長に聞くっていう手もあったな」
「真砂課長も、言えば奢ってくれるだろうけどね。こっちから言わない限り、ないだろうね。それに、よっぽどの成果を上げるとか、それこそ恋人の誕生日とかでないと」
「真砂課長は、そういうサプライズはしないそうですよ。女の子が何して欲しいかなんて、わかるわけないって一蹴されました」
課長らしい、と千代も苦笑いした。
「それでこそ真砂課長だよね。そういうところも素敵だけどねぇ。そういう細やかな気配りについては、清五郎課長のほうがいいだろうね」
「でも清五郎課長に話を聞くには、二課に行かないとだよなぁ……」
ちょっと渋い顔で、捨吉が言う。
おや、と千代が捨吉を見た。
「ああ、ゆいか。あれから、どうよ。襲われてないかい?」
面白そうに言う。
捨吉が、思い出したのか、ぶるっと身体を震わせた。
「あれ以来、羽月に誘われても断ってます。羽月には可哀想だけど。つか、俺と羽月の付き合いにも支障が出て困ってますよ」
「嫌われたもんだねぇ。まぁ……確かに引くわな、あの態度は」
「普通に話す分には、別に何とも思わないんですけど。でも俺がこういうことを清五郎課長に相談してるって知ったら、何か……邪魔されそうで。俺にならまだいいんですけど、その子にも被害が及びそうだし」
少し、千代の目が細められた。
ああ、なるほどね、と呟き、グラスを置く。
「そうだね。下手に友達同士の仲を裂くことになったりするのは本意じゃないだろ。ま、あんまり深く考えないでもいいんじゃないか? 花とかお菓子とか、なくなるものにすれば、そんな重くもならないだろ」
少し意味ありげに言いながら、千代は、ぽん、と肩を叩いた。
急にしおらしくなり、うるうると目を潤ませて真砂を見る。
「だって……酷いじゃないですかぁ。捨吉くん、あたしにキスまでしておいて~」
ええ? と深成が驚いた顔で、恥ずかしそうに身を捩るゆいを見る。
本当に恥ずかしかったら、このようなこと皆のいる前では言わないものだが。
しかも深成は知らなかったのだが、捨吉がしたわけではない。
襲われたのは捨吉のほうだ。
真砂はこの上なく冷たい目でゆいを見た。
あきも、呆れたようにゆいを見、真砂と目を合わせた。
二人とも、事の次第を知っているため、ゆいのこの言動は茶番にしか見えないのだ。
真砂とあきは、お互い『全く』と同時にため息をついた。
「そんなに捨吉が好きなんだったら、さっさとてめぇのものにしてしまえ。てめぇのもんでもないのに、誰かといるだけで文句を言われるのは堪らん。まぁ捨吉は、誰か気になる奴がいるみたいだがな」
鬱陶しそうに言い、しっしっと手を振る。
え、とあきとゆいが動きを止めた。
「か、課長。そんな話を、何で課長が……」
人の恋愛事情になど、とんと興味のなさそうな真砂が、捨吉の想い人を知っているなどあり得ない。
そんな真砂が知っている、ということは、捨吉が真砂にそういうことを相談したのだろう。
この真砂に相談するなど、よほどのことなのではないか。
そんなに想う相手がいるのか。
ショックで、あきは思わず真砂に突っ込んだ。
「何かそんなことを、昼に言っていた。女はどういうものを貰うと嬉しいものなのか、とか言ってたな」
「えーっ、何それ。あ、あたしの誕生日、二か月先だ~。そ、そっか、そういうことか」
ぱっとゆいが笑顔になった。
それに、真砂は少し怪訝な表情になる。
「なぁんだ。もぅ、そんなこと、直接聞いてくれてもいいのに。照れ屋さんなのね」
うふふ、と笑い、ゆいは入って来たときとは打って変わって上機嫌になり、うきうきと二課に戻って行った。
「……捨吉が、あいつを好いているとは思えんがな……」
ゆいが去ってから、ぼそ、と真砂が呟いた。
それには同意だが、あきは少し考えた。
---確かにゆいちゃんに襲われた時の捨吉くんの怯えようは、好きな子に対する態度じゃないけど。でもゆいちゃんの誕生日も近いということは、可能性はないとは言えないわ。あたしの誕生日はもうすぐだけど、捨吉くんが知ってるかどうか、わかんないし---
そんな話をした覚えもない。
逆にゆいなら、自分からそういうアピールはしそうだ。
やはり悶々としたまま、あきは仕事に戻った。
一方千代ととある飲み屋に行った捨吉は、とりあえず食事をしながら、当たり障りない話をしていた。
「清五郎課長のところの案件も、ようやく終わりですねぇ。思ったよりスムーズに行きましたね」
「まぁね。ゆいもねぇ、もうちょっと上手くやらないと。もう新人でもないんだから」
ビールを飲みながら、千代が息をつく。
何てことのない普通の居酒屋であっても、千代がいるだけで場が華やかになる。
「すみませんねぇ、こんなところで」
「何言ってんだよ。別にどこだって構わないよ」
あはは、と笑う千代に救われつつ、捨吉はようやっと本題を切り出した。
とはいえ、あき、とは言わない。
とりあえず、真砂に言ったように、気になる子にプレゼントしたいという意向を伝え、アドバイスを求める。
「へー、そういうことかい。そうだねぇ、仲良しっていうのもいろいろだしねぇ」
う~ん、と考え、千代はちらりと捨吉を見た。
「どの程度親しいかにもよるかなぁ。ずっと一緒にいるような子なら、ある程度嗜好もわかるだろ?」
「そうなんですけど。生憎そこまでじゃない……のかなぁ。う~ん、たとえば千代姐さんなら、清五郎課長に何あげます?」
「え~? う~ん、難しい。何といっても上の人だしねぇ。今の関係ぐらいだったら、あえて何がいいか聞くかな。ちゃんとお付き合いしてたら、お料理とか作って差し上げたり出来るけど」
「そっかぁ。千代姐さんでもそうなんだ」
「そこは簡単な人と、そうでない人がいるよね。男の人のほうが難しいのかな? 女は好きな人にはお料理を作ってあげるって手があるけど、それもちゃんと付き合ってないうちからそういうこと言ったら、誘ってると思われかねないし。まぁ、こっちだって嫌いな人にそんなことしないから、ある程度期待して貰っていいんだけど」
「じゃあ逆に、清五郎課長に何かして貰う場合は? 何かお祝いして貰うなら、どういうのがいいんです?」
「軽いものなら、ほら、前私も清五郎課長にして貰っただろ。食事に誘うってのが妥当なんじゃないか?」
「あっなるほど。そうだ、あのとき千代姐さん、どこ行ったんです?」
ぽん、と手を叩き、捨吉は食いついた。
ビールグラスに口を付け、千代は目を細めた。
「ふふ。結構いい店に連れて行って貰ったよ。行ってみたかったんだけどね、かなり高い店だから、自分じゃちょっと行けなくて。ダメ元で提案してみたら、当日なんと、コース料理を予約しておいてくださったんだよ」
「さ、さすが清五郎課長。その辺は、真砂課長よりもスマートですね。そっかぁ、清五郎課長に聞くっていう手もあったな」
「真砂課長も、言えば奢ってくれるだろうけどね。こっちから言わない限り、ないだろうね。それに、よっぽどの成果を上げるとか、それこそ恋人の誕生日とかでないと」
「真砂課長は、そういうサプライズはしないそうですよ。女の子が何して欲しいかなんて、わかるわけないって一蹴されました」
課長らしい、と千代も苦笑いした。
「それでこそ真砂課長だよね。そういうところも素敵だけどねぇ。そういう細やかな気配りについては、清五郎課長のほうがいいだろうね」
「でも清五郎課長に話を聞くには、二課に行かないとだよなぁ……」
ちょっと渋い顔で、捨吉が言う。
おや、と千代が捨吉を見た。
「ああ、ゆいか。あれから、どうよ。襲われてないかい?」
面白そうに言う。
捨吉が、思い出したのか、ぶるっと身体を震わせた。
「あれ以来、羽月に誘われても断ってます。羽月には可哀想だけど。つか、俺と羽月の付き合いにも支障が出て困ってますよ」
「嫌われたもんだねぇ。まぁ……確かに引くわな、あの態度は」
「普通に話す分には、別に何とも思わないんですけど。でも俺がこういうことを清五郎課長に相談してるって知ったら、何か……邪魔されそうで。俺にならまだいいんですけど、その子にも被害が及びそうだし」
少し、千代の目が細められた。
ああ、なるほどね、と呟き、グラスを置く。
「そうだね。下手に友達同士の仲を裂くことになったりするのは本意じゃないだろ。ま、あんまり深く考えないでもいいんじゃないか? 花とかお菓子とか、なくなるものにすれば、そんな重くもならないだろ」
少し意味ありげに言いながら、千代は、ぽん、と肩を叩いた。