小咄
 さて結局一課の女子会だった食事会は、ゆいのバースデーパーティーになってしまった。
 千代があらかじめ決めていた店は、小洒落たイタリアン。
 女子会らしく、可愛らしい小さな店だ。

「さ、じゃあゆい。お誕生日おめでとう」

「「おめでとう~」」

 かちん、と皆がグラスを合わす。

「えへ、ありがとう。こういう誕生日もいいわね」

 ちょっとはにかみながら、ゆいもグラスに口を付ける。
 がつがつしていなければ、ゆいだって普通に楽しい子なのだ。

「美味しい~。さすが千代。美味しいお店も良く知ってるね」

 むぐむぐと海鮮パスタを頬張りながら、深成が満面の笑みになる。
 普段は飲んでばかりであまり食べないゆいも、テーブルの上に並んだカナッペやタンドリーチキンをもぐもぐ食べている。
 ゆいのグラスがなくなったのを見、千代はワインをボトルで頼んだ。

「はい。あんたはいっつも、あんまり食べないからべろんべろんに酔っ払うんだよ。けどまぁ、今日は誕生日だしね」

 ゆいにワインを注ぎながら、千代が言う。

「大体あんた、いっつも飲み会とかのこと、覚えてるのかい?」

「え~? 覚えてますよぉ」

「そぅ? じゃあ課長の前で、捨吉にキスされたなんて言うんじゃないよ」

「だってぇ、ほんとだもん」

 ぷぅ、と膨れて、ゆいは千代を見る。
 が、千代はワインを飲みながら、ちちち、とゆいの鼻先で人差し指を振って見せた。

「違うだろ。あんたが捨吉を襲ったんじゃないか。あれは駄目だよ。あんなことしちゃ、男は引くよ?」

 ゆいが赤くなって、一時ワイングラスに視線を落とした。

「だってぇ、捨吉くん、照れ屋だから、あたしから行動しないと何もしてくれないもの」

「あのねぇ。そういうのは、付き合ってから言いな。当たり前だろ、付き合ってもないのに、何するってんだよ」

「強引に誘わないと、捨吉くんて行動してくれないじゃないですかぁ」

 きゃんきゃんと喚き、ゆいはごくりとグラスを傾けた。
 おかわり、と千代にグラスを差し出す。

「捨吉に、他に好きな子がいるとは思わないのかい?」

 ゆいのグラスにワインを注ぎつつ、千代がちらりと言ったことに、がばっとゆいが反応した。

「捨吉くんは、あんたのことが好きだってのっ?」

 何故か、いきなりびしっと深成を指差す。
 え、とピザを頬張ったまま、深成がゆいを見た。

「あんたのことを、捨吉くんがやたらと構うのは、やっぱり付き合ってるからなの?」

 またもごくりとワインを飲み、ゆいはぐい、と深成のほうへと身を乗り出す。

「何でわらわ。千代かもしれないじゃん」

「ち、千代姐さんなわけないわよ。捨吉くん、多分気後れするわ」

「あれ、反対かもしれないよ? 私が捨吉を好きかもしれないじゃないか」

 にやりと、千代が乗る。
 がぁん、とゆいが絶句した。

「そ、そんな。千代姐さんは、真砂課長じゃなかったんですか?」

「真砂課長は脈なしだもの。憧れだけど、手には入らないよ。だったら手近な捨吉でいいかとなるかもよ。あきも言っただろ、捨吉は優しいから、女子はころっと行くよ?」

「そんなぁ~……」

 思いもかけない言葉だったのだろう。
 ゆいの顔が、くしゃ、と歪んだ。
 おっと、と千代は、ゆいのグラスにワインを注ぎながら、慰めるように言った。

「はっきり言ってしまえばいいじゃないか。そしたら捨吉に好きな子がいるかどうかもはっきりするだろ。上手くいけばよし。振られたら、すっぱり諦めな」

「そんなこと~。千代姐さんは、振られたことないから言えるんですよぉ~。あたし、こんな子供に負けるの嫌ぁ~」

 何故かやはり深成を指して言う。
 不満顔の深成が、いちごスムージーを飲みながら、冷やかにゆいを見た。

「わらわにだって、好きな人ぐらいいるんだから」

「だーかーらー。あんたなんて、相手にもされないっての」

 ぼそ、と深成が言ったことに、ゆいが噛みつく。
 ぷーっとふぐのように膨れ、深成はスムージーを吸い上げた。

「ほらゆいちゃん、言ったでしょ。深成ちゃん苛めたら、捨吉くんに嫌われるわよ」

「それが気に入らないのよ。何であたしよりも、その子の肩を持つわけ?」

「あのね。いわれなき絡みを受ける身にもなって。そんな苛めっこ、捨吉くんじゃなくても敬遠するわよ。真砂課長だって、深成ちゃんを苛めるなってこの前言ったじゃない」

「へぇ? 真砂課長が?」

 千代が、ちょっと目を光らせて口を挟んだ。
 あきは少し目尻を下げながら、こくりと頷く。

「真砂課長も、何だかんだで深成ちゃん可愛がってますよねぇ~」

「そうだねぇ。やっぱり真砂課長はロリコンだったんだね」

 うんうんと頷く千代に、深成は、ちょっと、と不満そうに袖を引いた。

「あはは。まぁあんたも実は、それなりの歳だしね。十分課長とだって釣り合うよ」

「そうかなぁ。課長は思いっきり大人の男の人じゃん。わらわ、千代みたいに色気もないし」

 子供扱いには不満なものの、やはり自分が真砂に釣り合うとは思えない。
 真砂は気にしていないようだが、並んでいると奇異の目で見られることも多いのだ。

「そうね。千代姐さんと真砂課長だったら、それこそ眩しいぐらいよね。美男美女そのものだわ」

 うっとりと、ゆいが言う。
 そして、ちらりと冷たい目を深成に落とした。

「その点あんただったら、霞んで見えないんじゃない?」

「そんなことないみたい。でも変な目で見られる」

 素直に答える。
 が、答えたあとで、あ、と深成は少し慌てた。
 これでは外で二人でいたことがある、と言ったも同然だ。

 だがゆいは、そんなことには気付かなかったらしい。
 あはは、と笑い飛ばした。

「そうねぇ。あんただったら、真砂課長の趣味を疑われるかも。課長が可哀想だわ~」

 むむむ、と深成が下唇を突き出す。
 何故真砂のような完璧(性格に難ありだが)な男が深成を好いてくれるのかはわからない。

 だが真砂が深成を好いているのは確かなのだ。
 はっきりと、恋人だと言ってくれた。

---そうだよ。課長、わらわのこと、恋人だって言ってくれたもん! 他の人に何と言われようと、それだけでいいじゃんっ---

 少し頬を染めて、ふん、と鼻息荒く顔を上げた深成は、前のあきが、じ~っと見ているのに気付いた。
 へら、と笑って誤魔化すと、あきも、何か含んだような笑みを返した。
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