小咄
「捨吉くんはぁ~、ちゃあんとあたしにプレゼントくれたものぉ~。やっぱりぃ、あたしのこと、気にはしてくれてると思うのよね~~」

 千代にもたれかかって、ゆいが叫んでいる。
 駅に向かいながら、あきはそんなゆいを後ろから眺めていた。

---あ~あ。あの調子じゃ、ゆいちゃんは捨吉くんのこと、諦めそうもないわぁ。ていうか、逆に凄いわよね。ここまでポジティブなのって。しかしゆいちゃん、そんなに捨吉くんのこと好きなのかしら。それはそれで、困ったな……---

 ゆいは捨吉が渡した包みが、お客さんから貰ったお土産だとは気付いていない。
 なまじちゃんと包まれていたので、それだけ買ったとも思える、ちゃんとした包装だった。

---それでも普通気付くでしょ~。ほんと、ゆいちゃんて空気読めないっていうか。そういうとこ、羽月くんと似てるわよね---

 そう考えれば、そんな部下を二人も抱えている清五郎は大変だ。
 しみじみと、あきは清五郎の苦労を思いやった。

「それじゃ、あんたたちは気を付けてお帰りよ」

 改札で、千代がゆいを支えたまま振り向いた。

「千代姐さん。ゆいちゃんそのままで、大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。方向は私と同じだし。私のほうが遠いから、ゆいの駅で降りて、家までタクシーで送るさ」

 心配そうに言うあきに、千代はひらひらと手を振る。
 ゆいも、相手が千代であれば、酷い絡み方はしないだろう。
 鬱陶しいかもしれないが。

「じゃ、千代姐さんも気を付けてくださいね」

「ああ。あんたたちもね」

 そう言って、あきと深成は下りホームへ、千代とゆいは上りホームへと降りて行った。

「深成ちゃん。今日は真っ直ぐ帰るの?」

 電車に乗りつつ、あきが深成に聞いた。
 ん、と深成があきを見る。

「深成ちゃん、たまに違う駅で降りたりするじゃない?」

 意味ありげに笑いながら、あきが言う。
 えっと、と深成の視線が怪しく泳いだ。

 困っていると、途中の伊吹駅で、真砂と捨吉が乗って来た。

「あ、あきちゃん。二人でご飯?」

 捨吉が、すぐに気付いて声をかける。

「千代姐さんとゆいちゃんもいたよ。ゆいちゃんの誕生日パーティーね」

「へぇ? 絡まれなかった?」

「大丈夫よ。捨吉くんもいないし、それに千代姐さんがいたからね」

 軽く言ったあきに、ちょっと捨吉が眉を顰める。

「俺にだけ絡むわけじゃないでしょ。あきちゃんとか、深成は大丈夫だったの?」

「……ま、そこも千代姐さんがいたからね」

 ね、と深成に言う。
 何だかんだでゆいは友達だ。
 捨吉に悪口を吹き込むのは気が引ける。

「捨吉くんは? 真砂課長とご飯だったの?」

「うん。ちょっと客先訪問が長引いたし。お互い帰っても一人だしね」

 真砂と外出したあと、そのままご飯を食べに行っていたらしい。
 深成が、ちらりと真砂を見た。

「でもゆいさんがいたわりには、早い解散だね。今日は金曜日なのに」

「だってすでにゆいちゃんが結構酔ってたし。まぁ一緒に帰るのが千代姐さんだから、いつもみたいにめちゃくちゃべろべろではなかったけど。捨吉くんたちこそ早いじゃない」

「俺たちはご飯だけだもの」

 そうこうしているうちに、何だか隣の深成の落ち着きがなくなってきた。
 ん? と思って外に目をやったあきは、はっとした。
 次は小松町駅だ。

 電車がホームに滑り込み、速度が落ちる。
 ちらりと視線を動かした真砂の目と、深成の視線が絡み合う。

「……じゃあな」

 小さく言って、真砂が背を向けた。
 その途端。

---ビンゴぉ~~~っ!!---

 あきが、心の中でガッツポーズと共に雄叫びを上げた。

---ついに! ついに尻尾を掴んだわ! ああっやっぱり! まぁほとんどわかってたけど、やっぱり課長の駅は小松町駅! と、いうことはぁ~……---

 にまにまにま、と横の深成に目をやる。
 じ、と深成は、窓に目をやっていた。
 ゆっくりと動き出す電車が、ホームを歩く真砂を追い抜く。

---深成ちゃんの相手は真砂課長! 確定よね~っ!!---

 うひょひょひょ、と心の中で狂喜乱舞するあきは、捨吉が怪訝な表情で見ているのに気付いた。

「あ~っととと。えっと、あ、折角課長もいたし、このまま二次会に行っても良かったわね」

 慌てて言うと、ああ、と捨吉も呟いたが、少し首を傾げた。

「いやぁ、でも課長、結構お疲れモードだったからなぁ」

「ええ? 珍しい」

「仕事というよりは、人間関係というか。ほら、課長モテるからさ、今日行ったところの受付嬢にもね。前にもアプローチされてたんだけど、無視ってたら再度アプローチされてね」

「ええっ!」

 いきなり深成が、顔を上げて叫んだ。

「何、アプローチって。わらわ、そんなの知らない」

 ずいずいっと捨吉に詰め寄る。
 ちょっと驚いた捨吉だったが、すぐにぽん、と深成の頭を叩く。

「そりゃ、課長からしたら、そんなもの一瞬で忘れるだろうさ。貰ったラブレターだって、すぐに捨てちゃうし。会社に帰って来た頃なんて、そんなこともう頭にないよ」

 深成の言葉も特に深く考えず、捨吉はさらりと言う。
 そうなのかな、と呟きながらも、深成は何気に不満顔だ。
 それを、あきは目尻を下げて眺めた。
 やがて電車は九度山駅に。

「深成。一人で大丈夫か? 送ろうか?」

「大丈夫だよ」

 気遣う捨吉に、深成はひらひらと手を振る。
 あきはちょっと、複雑な思いで捨吉を見た。

 捨吉は誰にでも優しいが、特に深成を構うことが多い。
 深成は男女問わず、何となく構いたくなる子なので、特に気にすることもなかったのだが。
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