小咄
日がそろそろ落ちようという頃、やっと子供組五人がコテージに帰ってきた。
キッチンでBBQの用意をしていた大人組三人が顔を上げる。
「おや深成。どうしたんだい」
捨吉に負ぶわれて帰ってきた深成に、千代が駆け寄る。
捨吉が、笑いながら口を開いた。
「いや、大したことじゃないですよ。深成、裸足だったからさ、濡れちゃったら足に砂がついて困るってんで、負ぶってきたんです」
「馬鹿かお前は。そんな後先考えずに海に入るな」
真砂が玉ねぎを剥きながら、仏頂面で言う。
それに、にやりとあきの口角が上がった。
---真砂課長ったら。深成ちゃんが他の男に負ぶわれてるのが気に食わないのね---
その状態が気に食わないのは真砂だけではない。
少し後ろでは、ゆいが深成の背中に鋭い視線を投げている。
「お前ら、とっととシャワーでも浴びてこい」
真砂に言われ、子供組はバスルームへと移動した。
広いので、皆まとめて入れる。
「じゃ、先に女の子、入っちゃいな」
捨吉が深成を降ろし、まずは深成とあき、ゆいが風呂に入った。
「あ~……。先にお風呂入っちゃうと、お化粧落ちちゃう」
ゆいが少し困ったように言う。
深成はほぼすっぴんなので、そんなこと気にしない。
あきも元々薄化粧だ。
ゆいだって、今日はいつもの会社と変わらないぐらいなので、さほど厚化粧でもないのだが。
でもそれなりにしっかりメイクしている者からすると、好きな者の前で化粧を落とすのは抵抗があるようだ。
「でも、結局寝るときは落とさないとじゃない」
あきに言われ、しぶしぶながらもゆいはクレンジングを顔につけた。
「そういえば、千代姐さんだってすっぴんにならないと駄目なんだしね。どんなんだろう?」
ちょっとゆいが、意地悪そうに笑う。
が、あきも深成も、顔を見合わせた。
千代は化粧も綺麗にしているが、そう厚化粧ではない。
元々の顔の造りが美しいのだ。
化粧はあくまでその素の顔を引き立てるだけ。
真の美人は、そういうこともわかっているのだ。
「ま、いつかはすっぴんを見せないといけないわけだしね」
ゆいが、ふふふ、と不気味に笑う。
誰になんだか、ということは、あえて聞かず、あきと深成は身体を洗った。
その夜はBBQ。
広いウッドデッキで星空の下、酒を飲みながらの宴会だ。
「美味しい~。お外で食べるご飯は最高だね」
むぐむぐと串に刺した肉と野菜にかぶりつき、深成が毎度のことながら満面の笑みになる。
皆良い感じにほろ酔いになってきた頃、ゆいが、ぱっと手を挙げた。
「課長~。あたしに一つ、提案があります」
据わった目で言う。
だが折角の旅行だからか、いつもよりは酔いも軽い。
酔っ払ってはいるが、べろべろではないようだ。
「裏の小道を辿っていくと、ちょっとした森になってたんですよ。で、ずーっと先に小さいお稲荷さんがあったんです。肝試しに打ってつけじゃないですか?」
「へぇ? 面白そうだな」
清五郎が、少し身を乗り出す。
「でしょ? 折角の旅行ですもん。明日の夜は、肝試ししましょう!」
決まり! と盛り上がるゆいだったが、深成が渋い顔をした。
「え~……。やだなぁ。怖いよぅ」
「大丈夫よ。ちょうど男女の割合が一緒だから、ペアで行くの。一人じゃないから」
うふふ、とゆいが説明する。
それでも怖いものは怖い。
う~ん、と唸るが、そんな深成など、ゆいは気にせず話を進める。
「ペアは公平に、くじで決めましょうね。あたしが用意しますから」
ちょっと、あきがゆいを見た。
ゆいが作るというくじは、本当に公平か?
---でも、ここでは何も言えないわよね……---
すでに皆乗り気だ。
水を差すようなことはしたくない。
若干一名、涙目になっている深成だけが不満そうだが。
夜更け、ロフトに布団を敷いて、四人で寝転んでいる隅で、ゆいが細い灯りを頼りに明日のくじを作っていた。
「ん~と、男性陣の名前だけでいっか。これを、あたしたち女子陣が引く、と」
名前を書いた四枚の紙を、小さな袋に入れる。
今見たところ、ズルは出来なさそうだが。
「わらわ、課長がいいなぁ~」
不安そうに、深成が言う。
課長は二人いるのだが、当然深成の言う『課長』は真砂のことだ。
何とも素直である。
もっとも、こうもさらっと言われると、単に頼り甲斐があるから、との理由とも取れる。
そうなのであれば、清五郎でも構わない、とも取れるのだが。
「そうだねぇ。肝試しってんなら、捨吉や羽月だと、ちょっと頼りないかな」
千代も同意する。
「あら。羽月はともかく、捨吉くんは、そんなことないと思いますけど」
ゆいが、ごそごそと布団に潜り込みながら言う。
その横で、あきは布団の中からちらりとゆいを見た。
千代のことはよくわからないが、深成もゆいも、明らかに目的の相手がいる。
---全く深成ちゃんは、ここまで来ると羨ましいわ。ていうか、こうも素直に言われちゃ、返って自然過ぎて下心があるなんて思わないわよ。まぁ深成ちゃんの場合、下心があるのは課長のほうだろうけど---
なかなか鋭い。
だが明日の肝試しは、そうそう思い通りにはいかないはずだ。
---あたしも、出来れば捨吉くんとがいいけど。でもゆいちゃん、自分から言い出したってことは、きっと何らかの仕掛けがあるはずだわ。この旅行で、ゆいちゃんが何も仕掛けないとは思えないし。現に今も……---
思いつつ、もう一度ゆいに目をやる。
自ら壁から反対の端っこを希望したゆいは、ロフトの端の柵にへばりついている。
きっと下の捨吉の寝顔でも見ているのだろう。
下がどういう並びになっているのかはわからないが。
---とりあえず、肝試しは運……だと信じよう---
そう思い、あきは目を閉じた。
キッチンでBBQの用意をしていた大人組三人が顔を上げる。
「おや深成。どうしたんだい」
捨吉に負ぶわれて帰ってきた深成に、千代が駆け寄る。
捨吉が、笑いながら口を開いた。
「いや、大したことじゃないですよ。深成、裸足だったからさ、濡れちゃったら足に砂がついて困るってんで、負ぶってきたんです」
「馬鹿かお前は。そんな後先考えずに海に入るな」
真砂が玉ねぎを剥きながら、仏頂面で言う。
それに、にやりとあきの口角が上がった。
---真砂課長ったら。深成ちゃんが他の男に負ぶわれてるのが気に食わないのね---
その状態が気に食わないのは真砂だけではない。
少し後ろでは、ゆいが深成の背中に鋭い視線を投げている。
「お前ら、とっととシャワーでも浴びてこい」
真砂に言われ、子供組はバスルームへと移動した。
広いので、皆まとめて入れる。
「じゃ、先に女の子、入っちゃいな」
捨吉が深成を降ろし、まずは深成とあき、ゆいが風呂に入った。
「あ~……。先にお風呂入っちゃうと、お化粧落ちちゃう」
ゆいが少し困ったように言う。
深成はほぼすっぴんなので、そんなこと気にしない。
あきも元々薄化粧だ。
ゆいだって、今日はいつもの会社と変わらないぐらいなので、さほど厚化粧でもないのだが。
でもそれなりにしっかりメイクしている者からすると、好きな者の前で化粧を落とすのは抵抗があるようだ。
「でも、結局寝るときは落とさないとじゃない」
あきに言われ、しぶしぶながらもゆいはクレンジングを顔につけた。
「そういえば、千代姐さんだってすっぴんにならないと駄目なんだしね。どんなんだろう?」
ちょっとゆいが、意地悪そうに笑う。
が、あきも深成も、顔を見合わせた。
千代は化粧も綺麗にしているが、そう厚化粧ではない。
元々の顔の造りが美しいのだ。
化粧はあくまでその素の顔を引き立てるだけ。
真の美人は、そういうこともわかっているのだ。
「ま、いつかはすっぴんを見せないといけないわけだしね」
ゆいが、ふふふ、と不気味に笑う。
誰になんだか、ということは、あえて聞かず、あきと深成は身体を洗った。
その夜はBBQ。
広いウッドデッキで星空の下、酒を飲みながらの宴会だ。
「美味しい~。お外で食べるご飯は最高だね」
むぐむぐと串に刺した肉と野菜にかぶりつき、深成が毎度のことながら満面の笑みになる。
皆良い感じにほろ酔いになってきた頃、ゆいが、ぱっと手を挙げた。
「課長~。あたしに一つ、提案があります」
据わった目で言う。
だが折角の旅行だからか、いつもよりは酔いも軽い。
酔っ払ってはいるが、べろべろではないようだ。
「裏の小道を辿っていくと、ちょっとした森になってたんですよ。で、ずーっと先に小さいお稲荷さんがあったんです。肝試しに打ってつけじゃないですか?」
「へぇ? 面白そうだな」
清五郎が、少し身を乗り出す。
「でしょ? 折角の旅行ですもん。明日の夜は、肝試ししましょう!」
決まり! と盛り上がるゆいだったが、深成が渋い顔をした。
「え~……。やだなぁ。怖いよぅ」
「大丈夫よ。ちょうど男女の割合が一緒だから、ペアで行くの。一人じゃないから」
うふふ、とゆいが説明する。
それでも怖いものは怖い。
う~ん、と唸るが、そんな深成など、ゆいは気にせず話を進める。
「ペアは公平に、くじで決めましょうね。あたしが用意しますから」
ちょっと、あきがゆいを見た。
ゆいが作るというくじは、本当に公平か?
---でも、ここでは何も言えないわよね……---
すでに皆乗り気だ。
水を差すようなことはしたくない。
若干一名、涙目になっている深成だけが不満そうだが。
夜更け、ロフトに布団を敷いて、四人で寝転んでいる隅で、ゆいが細い灯りを頼りに明日のくじを作っていた。
「ん~と、男性陣の名前だけでいっか。これを、あたしたち女子陣が引く、と」
名前を書いた四枚の紙を、小さな袋に入れる。
今見たところ、ズルは出来なさそうだが。
「わらわ、課長がいいなぁ~」
不安そうに、深成が言う。
課長は二人いるのだが、当然深成の言う『課長』は真砂のことだ。
何とも素直である。
もっとも、こうもさらっと言われると、単に頼り甲斐があるから、との理由とも取れる。
そうなのであれば、清五郎でも構わない、とも取れるのだが。
「そうだねぇ。肝試しってんなら、捨吉や羽月だと、ちょっと頼りないかな」
千代も同意する。
「あら。羽月はともかく、捨吉くんは、そんなことないと思いますけど」
ゆいが、ごそごそと布団に潜り込みながら言う。
その横で、あきは布団の中からちらりとゆいを見た。
千代のことはよくわからないが、深成もゆいも、明らかに目的の相手がいる。
---全く深成ちゃんは、ここまで来ると羨ましいわ。ていうか、こうも素直に言われちゃ、返って自然過ぎて下心があるなんて思わないわよ。まぁ深成ちゃんの場合、下心があるのは課長のほうだろうけど---
なかなか鋭い。
だが明日の肝試しは、そうそう思い通りにはいかないはずだ。
---あたしも、出来れば捨吉くんとがいいけど。でもゆいちゃん、自分から言い出したってことは、きっと何らかの仕掛けがあるはずだわ。この旅行で、ゆいちゃんが何も仕掛けないとは思えないし。現に今も……---
思いつつ、もう一度ゆいに目をやる。
自ら壁から反対の端っこを希望したゆいは、ロフトの端の柵にへばりついている。
きっと下の捨吉の寝顔でも見ているのだろう。
下がどういう並びになっているのかはわからないが。
---とりあえず、肝試しは運……だと信じよう---
そう思い、あきは目を閉じた。