小咄
「深成ちゃん。どうしたの」

「おっちゃんたちを引き摺り込むのーっ」

 言うなり深成は、受け取ったビーチボールをパラソルの下で寝転んでいる真砂と清五郎に向けて投げつけた。
 真砂はひょい、と身体を捻ってボールを避け、清五郎が、片手で受け止める。

「もーっ! 何ごろごろしてんのよぅ。泳ごうよぅ!」

 ボールに気を取られた一瞬のうちに、深成は真砂に突っ込んで喚く。

「海は泳ぐところかよ。海水なんかに濡れたら、後が面倒だ」

「そんなの洗えばいいじゃん! ほらっ折角海に来てるんだから、もっと弾けようよ!」

 えいえい、と砂を真砂に被せる。

「おまっ……。砂だらけだろうがっ!」

「や~い。これで嫌でも海に入らないと、じゃりじゃりで気持ち悪いでしょ~」

 きゃきゃきゃ、と笑いながら、深成が、たーっと海のほうへ逃げて行く。
 真砂は起き上がると、着ていたパーカーを脱ぎ捨てて、その後ろ姿を追った。

 波打ち際で追いつき、水飛沫を上げてじゃれ合う。
 真砂はじゃれているつもりはないだろうが、深成が気にせず暴れ回るので、派手に上がる水飛沫を避けながら捕まえようとする姿は遊んでいるようだ。

「清五郎課長も来てよーっ」

 ばっしゃばっしゃと真砂に水をぶっかけながら、深成が叫ぶ。
 やれやれ、と苦笑いし、清五郎も上着を脱いでパラソルから出て来た。

---おお~っ! イケメン課長が二人とも裸だわ! こんな眼福、そうないわよ!---

 少し沖でサメの浮き輪に乗りつつ、あきはぐぐっと身を乗り出した。

---清五郎課長も意外とがっしりしてるわね。いい歳なのにお腹も出てないし。身体付きも爽やかだわ! つか、真砂課長! その引き締まった身体を濡らすなんて反則ですぅ! しかもその状態で、深成ちゃんに接近するなんて~~---

 にやける頬を押さえつつ、一人どきどきと胸を高鳴らせていると、ぐらり、と身体が傾いだ。
 どうやら乗り出し過ぎて、サメが耐えられなくなったようだ。

「きゃあっ!」

「おっと。大丈夫?」

 すぐ傍にいた捨吉が、サメから落ちたあきを支えた。

「あきちゃん、ずっと浮いてたら暑くない?」

「あ、そ、そうね」

 すっかり他に気を取られていたため、無防備なまま海に落ちたあきは、支えてくれた捨吉に抱き付いている状態だ。
 しかも、あきたちは海に入っていたので、もちろん捨吉は上半身裸。
 あきのラッシュガード越しとはいえ、どきどきしてしまう。

---す、捨吉くんも、なかなか良い身体だわ……---

 まるでお姉ちゃんを値踏みする親父のようである。
 しっかり支えてくれている捨吉に、相変わらずどきどきしながらふと顔を上げると、ちょっと向こうで鬼の形相のゆいが目に入った。

「あ、えっと。ここってそういえば、深いのかしら?」

 慌ててあきは、捨吉から離れた。
 が、思っていたより深かったようだ。
 いきなりがぼっと水に沈む。

「危ないなぁ。もしかしてあきちゃん、泳げない?」

 結局再び捨吉に助けられてしまう。

「そ、そんなことはないんだけど。まさかこんな深いとは思わなくて」

 言いつつあきは、サメの浮き輪を掴んだ。
 とりあえず、これを持っておけば沈むことはない。
 自分だって薄いラッシュガードしか着ていないのだから、ずっと捨吉に抱き付いているのも恥ずかしいのだ。

 そのとき、横を深成を背に担いだ真砂がすり抜けた。
 え、と見ると、深成の両腕を肩に回して掴んだ真砂が、すいすいと水をかき分けて行く。

「課長~。わらわ、こんなところ足つかないよぅ」

「もうちょっと沖で落としてやる」

「わ~ん、嫌ぁ~。課長の意地悪~~っ」

 真砂の背で、深成が喚きながら暴れている。
 深成は真砂の背にぴたりと密着している。
 真砂の背は裸だし、深成だってセパレートの水着だけなので、胸の下からお腹は素肌である。
 素肌同士が密着しているわけだし、胸もべったり押し付けている状態なのだが、そんなこと深成は全く頭にないようで、ただ真砂の背でじたばたと暴れ回っている。

---ほんっと、自然といえば自然なんだけど。親子みたいだわ。こんなにべったりくっついてるのに、色っぽい空気が微塵もないのも凄いわよね---

 ちょっと呆れ気味に見ている前で、真砂は、ぱ、と深成の両手を掴んでいた手を離した。
 ばっしゃんばっしゃんと水飛沫を上げ、深成は立ち泳ぎをしつつ、真砂に手を伸ばした。
 にやにやしつつ、真砂は深成の手が届くぎりぎりで、ひょいと避ける。

「~~~っ」

 しばしそのような攻防(?)が続き、深成が涙目になった頃、やっと真砂が手を伸ばした。
 ばしっとその手を掴むと、深成は、ぱたたた~っとバタ足で素早く真砂に飛び込んでいく。

「……っう、うえぇ~~ん」

 ぴっとりと真砂に張り付き、泣き声を上げる深成を支え、真砂は満足したように笑っている。
 ドS根性丸出しである。

---真砂課長は、ああいう深成ちゃんの態度が堪んないのかしら? 確かにね。あの課長のドS根性を満足させられるのは、深成ちゃんだけかもしれないわ。ああいう態度が可愛いのは、深成ちゃんだけかもだしね……---

 自分がやったら、多分シャレにならない、と思っていると、すぐ傍で、ばっしゃ~んと水飛沫が上がった。

「あ~~。す、捨吉くぅ~ん。助けてぇ~~」

 同時にショッキングピンクの浮き輪が飛んでくる。
 浮き輪に乗っていたゆいが落ちたようだ。

「ゆいさん……。大丈夫?」

 一瞬ちょっと微妙な顔をした捨吉だったが、いくら何でも見捨てることは出来ない。
 ゆいの腕を掴んで引き寄せる。

「あ~ん、怖かったぁ~」

 嬉しそうに、ゆいが捨吉に抱き付く。
 ゆいに抱き付かれたときに、思わず沈んだ捨吉だったが、必死で浮上し、傍らのサメを掴んだ。

「ちょ、ちょっとゆいさん。これ持ってよ」

 首に巻き付く腕を解こうとしながら、捨吉がゆいをサメに誘う。

「え~やぁだぁ~。怖ぁ~い」

 ぶるんぶるんと身体全体を振りながら、ゆいが捨吉に、さらに抱き付く。
 ゆいが揺れるたびに、捨吉も一緒に揺らされ、苦しそうだ。
 重いのだろう。

「ちょ、く、首が痛い……」

 さすがに女の子に向かって重いとは言えず、捨吉は必死でゆいから逃れようともがく。
 あきは息をつくと、足で漕ぎつつサメを浜に寄せた。

「ほらゆいちゃん。こっちに掴まって。怖いなら岸に行くから」

 あきが言うと、ちょっとゆいは不満げな顔を見せたが、しがみついている捨吉が苦しそうなので、しぶしぶ従った。
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