小咄
「……降りないのか?」

「課長が気になること言うからですよ」

 ちょっと、真砂が首を傾げる。

「はっきり言われないと嫌ってどういうことです? 課長もそういうことは言わない人なんですか? それで失敗したとか?」

 ぐいぐいと突っ込む。
 こんなチャンスはない。
 それが捨吉に関することでもあるので、いつもは真砂のこのような話は振れないが、あきは容赦なく話を続けた。

「失敗って何だよ。確かに俺も言わないかもしれんが、態度では示していると思っていた。が、やはりそれだと嫌なんだそうだな」

「誰が?」

「俺の恋人」

 んむ、とあきは唇を引き結んだ。

---だから、それは誰なんだーーーっ!!---

 心の中で両拳を握り、天に向かって吠える。
 具体的なふりをして、肝心のところはぼかす。
 このドSめ、振り回しおってからに、と思いつつ、あきはそんな真砂の横で、ぐーすか眠る深成に目を落とした。

 恋人、とはっきり言うからには、現在そういう存在がいる、ということだ。
 そしてそのような存在がいるからには、このように会社の部下というだけの女子とべたべたするはずはないのだ。

 何といっても、この真砂である。
 恋人以外に、こんな態度取るわけはない。

---てことは、もう自分で深成ちゃんが恋人だって宣言したようなものじゃない。そうよね、この旅行だって、別に隠す素振りもなく深成ちゃんのこと構ってたし。じゃ、もうあたしたちにバレてもいいと思ってるのかしら。もしかして、そろそろ本気で結婚を考えてたりするのかしら!---

 社員同士ではないのだから、結婚したところで深成が会社を辞めれば周りにはわからないが、深成は一課の社員と仲良しだ。
 プライベートでも今後付き合いがあるのであれば、隠し通すのは不可能だろう。
 だったら結婚したら、さっさと皆に言ってしまったほうがいい。

---課長もいい歳だし。深成ちゃんはちょっと若いかもだけど、別に未成年なわけでもないんだしね。うわぉ、ほんっとにこの二人、どこまで進んでるのかしらっ!---

 ぐるぐる考えながらにまにまするあきだったが、はた、と気付けば電車はそろそろ次の駅に着く頃だ。
 思わずあきの妄想爆発な話題に乗ってしまったが、よく考えれば一番気になっていたのは捨吉のことではなかったか?
 慌ててあきは、妄想の深みに沈んでいた脳みそを叩き起こした。

「えっと、あの、そうそう。何で課長は、はっきり言わないと女はわかんないって思うんです? あたしを見てても、そう思ったんですよね? あたし、そんなわかってないことがあるように見えるんですか?」

「あ? ああ……そうだっけな」

 あきがいろいろ考えていた時間で、元々何の話をしていたのか、真砂も忘れたようだ。
 ちょっと考え、思い出したように、小さく頷く。

「お前、捨吉のことを好いているのだろう? 夏の旅行のときに、あんなに怒ったのは、まぁあいつの身勝手さもあるのだろうが、相手は捨吉だからってのも、あるんじゃないのか?」

「えええっ。あたし、課長にそんなこと言いましたっけっ」

「……言ってないが、何となくわかる。つか、捨吉のほうがわかりやすい。あいつは前からお前を好いてる風だったじゃないか。今回の旅行で、はっきりしたかな、と思ったが、そうでもないのか」

「は、はっきりって……」

「俺はすでにお前らは付き合っていると思ってたが。そうでないにしても、今回の旅行で、そういう関係がはっきりしたんじゃないか? 女ははっきりと『付き合おう』と言われないと嫌なんだろ? 捨吉の態度を見てりゃお前を好いてるのはわかるが、その一言がないまま何となくずるずる来てたものが、今回進展したかな、と」

「……ない……です」

 おそらくあき的には嬉しいことを言われているのだろうが、あまりにも無表情でずばずば言われるので、何か怒られている感じだ。
 しょぼんと項垂れて、あきは小さく呟いた。

「ふーん。まぁ男はそういうもんなんだ。はっきり言って欲しかったら、はっきり言えと言わないと、言わないもんだぜ」

「そ、そんなこと、あたしから言えませんて」

 少し真砂が首を傾げる。
 『そうなの?』という顔だ。
 鋭いようで、真砂はやはり、どこかボケている。

「そりゃ深成ちゃんは、そういうこと普通に言えるでしょうけど。深成ちゃんだから出来るんですよ。あたしにはとても出来ません」

「何故だ。どこが違うんだよ」

「それは捨吉くんと課長の違いもありますよ。課長は深成ちゃんに、わかりやすく愛情表現するでしょう? そうでないと深成ちゃん、わかりそうもないですし。だから、課長がはっきり言わなくても、深成ちゃんには課長に好かれてるっていう自信はあるんですよ」

「でも、はっきり言わないとわからんって泣かれたぜ」

 一瞬、あきの口角がにやりと上がった。
 が、ここで話を切るわけにはいかない。
 もっと面白いことが聞けそうなのだから。
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