小咄
「あき。こいつの腕を押さえろ」

「え?」

「今は寝てても、針刺した途端に起きるかもしれん。いきなり暴れたら危ないだろ」

「あ、はい」

 ささっとあきが、身を乗り出して深成の腕を押さえつけた。
 手首は真砂が掴んでいるが、もう片方の手は深成を支えているので持てないのだ。
 二人掛かりで大層なことである。

「さぁ、さっさと採れ」

「……ちぇっ。折角美味しそうな生娘の血だってのに、直で飲めないのか」

 医師が、小さく文句を言う。
 耳聡くその言葉をキャッチした真砂の目が、この上なく鋭くなった。

「おおっとっとっと。いやいや、うん、こんな綺麗な血はなかなかないからね。うん、健康そのものだね」

 無理やり誤魔化し、医師は手早く深成の二の腕にゴムを巻いた。
 消毒し、針を構える。
 ぷしっと針が腕に刺さった瞬間。

「……っにゃーーーっ!!」

 真砂の膝の上の深成が飛び上がった。
 が、幸い腕は真砂とあきに、がっちり掴まれている。
 針が抜けることもなく、深成の血が管を通って注射器に吸い込まれていく。

「う~~……」

 泣きながら、深成は思い切り首を捻って、真砂の胸に顔を押し付け震えている。

「……何で目ぇ覚ますかなぁ」

「でもま、針が刺さっちゃってからで良かったじゃないですか」

 呆れ気味に言う真砂に、あきが笑いながら言った。
 あきにとっては堪らない状況だ。

---深成ちゃんたら、こんなに課長にぴったりくっついて。課長も嫌がるでもないしね。もしかして、あたしがいなかったら、課長、深成ちゃんの泣き声を、唇で塞いで止めたりしたんじゃないかしらっ! 両手は塞がってるしね!---

 うひょひょひょ、とほくそ笑む。
 あきがいなくても、目の前には医師がいるのだが。

「はい、毎度」

 何となくやる気なさそうに、医師が深成から針を抜いた。
 しばらく真砂に引っ付いたまま、ぷるぷるぷると震えていた深成だが、やがて、そろそろと顔を戻した。
 涙の溜まった目で、恐る恐る腕を見る。

「いやぁ、ほんと、いい反応してくれるよねぇ~。好みの血だなぁ」

 にこにこと言いながら、医師はアル綿で注射痕を消毒する。
 やはり真砂がじろりと睨み、自分の腕を突き出した。

「ああ、あなたも健康診断なんだよね。そういえば、去年もこの子の血採るのに協力してくれたよね~」

 言いつつ、医師は真砂のシャツをまくり上げて、二の腕を縛る。
 何故かあきが、若干身を乗り出した。

---ああ~~、いつ見ても課長の腕は素敵だわぁ。この血管の浮き具合! 男らしいったらないわよ---

 あきは腕フェチでもあるようだ。
 にまにまと、後ろから真砂の腕をガン見する。

「今年はやけに優しいね? 去年はもっと、怒鳴り散らしてたように思うけど」

 ずばりと医師が突っ込む。
 ちらりとあきは、真砂の反応を窺ったが、真砂は何て事のないように、素っ気なく言った。

「去年は刺すまでずっと起きてたしな」

「あ、なるほどね~」

 医師の興味はもっぱら深成(の血)なので、早々に話を切り上げ、今年も採血は無事に(?)済んだ。
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