小咄
 その日のHRが終わった直後、深成は荷物をまとめて、少し考えていた。

「どうしたの、深成ちゃん」

 いつもHRが終わると、いそいそと正門に急ぐのに、今日は何か迷っている風な深成に、あきが不思議そうに言う。
 喧嘩中なわけはない。
 お昼、あれだけ仲睦まじかったのだから。

「ん、う~ん。六郎兄ちゃんがさぁ……」

「ああ。あの転入生? あれ、幼馴染なんだって?」

「うん。六郎兄ちゃんがね、迎えに行くって朝言ってたんだけど」

「断ればいいじゃない」

 ばっさりと言うあきに、深成は困った顔をした。

「わらわもね、朝、帰りはわらわ、一人じゃないからいいって言おうとしたんだけどさ。それ言う前に、六郎兄ちゃん行っちゃって。結局言えずじまいなんだ」

 お昼はそんなこと、すっかり忘れていた。

「迎えに来るって言ってたんだけど、わらわ、先輩と帰るし。どうしよっかな、と思って。かといって三年の教室まで行くのは、ちょっと遠慮しちゃうし」

 う~ん、と悩む深成に、あきは面白そうな目を向けた。



 その頃帰ろうとしていた真砂に、クラスメイトの清五郎が声をかけた。

「おい真砂。お前、彼女ともう別れたのか?」

「は?」

 真砂が彼女と長続きしないのは有名だ。
 清五郎は最も真砂と親しいので、当然その理由もわかっている。

 だからこそ、今回の彼女に関しては意外だった。
 この真砂が自ら告白したのだ。

 そんなことは初めてだし、人自体に興味がないと思っていた。
 そんな真砂が自ら選んだのだから、今度こそはそうそう別れないだろうと思っていたのだが。

 眉を顰める真砂に、清五郎はちらりと帰り支度をしている六郎を見た。

「お前の彼女、今日あいつと登校してたって、もっぱらの噂だぜ」

「……幼馴染だって言ってたしな」

 幼馴染なら家も近いだろうし、仲良しだったなら朝会えば一緒に来るだろう。
 内心穏やかではないが、真砂は努めて冷静に言った。

「ふーん、そういうことかい。じゃ別れてないんだな」

 真砂の機嫌が微妙に悪くなったのを敏感に嗅ぎ取り、清五郎はそう言って、ぽんと肩を叩いた。

「それなら良かった。でもあいつ、帰りも一緒に帰る気だぜ」

 その清五郎の一言に、がばっと真砂が反応した。
 視線の先で、六郎が教室を出ていく。

「朝、たまたまあいつらの後ろにいたんだがな。別れ際に、お前の彼女に、帰り迎えに行くとか言ってたし」

「何だと? あいつ、断らなかったのか?」

「いや、彼女が何か言う間もなく、さっさと別れたし。あいつ、あの子に彼氏がいるなんて丸っきり頭にないみたいだな」

 まぁわかるけど、と呟き、ちょっと笑う清五郎に、ちっと舌打ちを残すと、真砂はリュックを引っ掴んで教室を出て行った。



「深成ちゃん」

 深成のクラスの入り口で、六郎が深成を呼んだ。
 途端に教室中の視線が六郎に注がれる。

「あ……。う~ん、しょうがない。六郎兄ちゃんには、ちゃんと言うよ」

「そうねぇ。真砂先輩と付き合いながら、他の人と帰ったりするのは、よろしくないわよねぇ。皆の視線もあるしね」

 そうなのだ。
 ただでさえ深成は注目の的である。
 アイドル真砂と付き合っていながら他の男と行動するのは自殺行為だ。

「それに、こんなことで真砂先輩に嫌われちゃったら嫌だもん」

「そうよ。いくら深成ちゃんが真砂先輩を好きでも、先輩のほうが怒っちゃうかもだわ」

 にまにまと、あきが言う。
 そこが今までと大きく違うところなのだ。

 歴代の彼女であれば、彼女が他の男と何をしようが、真砂は一切関知しなかった。
 浮気しようが責めもしなければ聞きもしない。
 興味がないから、どうでもいいのだ。

 が、深成はそうはいかないだろう。

---まぁ真砂先輩が深成ちゃんを嫌うってことは、よっぽどのことがない限りないだろうけど。嫌わない代わりに、物凄く怒ることはあるかもね---

 うふふふ、と笑うあきに、深成は大きく頷くと、六郎のほうに向き直った。
 だがその六郎を押しのけるように、真砂が姿を現した。

「先輩っ」

 いつも真砂とは正門で待ち合わせしている。
 まだ付き合う前に、学校帰りに図書館に寄って試験勉強を見て貰っていたときに教室まで迎えに来てくれたことはあるが、それだって初めの一回だけだ。

「ごめんね。遅かった?」

 正門で待っていたものの、遅いから迎えに来たものと思い、深成は、ててて、と真砂に駆け寄った。

「帰るぞ」

 それだけ言って、真砂はさっさと深成の腕を掴む。
 え、と驚く六郎の横を、深成を引き摺りつつすり抜けた。

「あ、あの。六郎兄ちゃん、わらわ、いっつも先輩と帰ってるから。だから、一人じゃないし、心配いらないよ」

 真砂に引っ張られながら、深成が言う。
 唖然とする六郎を、教室の中から、あきが目尻を下げて眺めていた。
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