小咄
九度山駅で降りた深成は、きょろきょろと周りの景色を見ながらマンションまでの道を歩いた。
階段を上がり、自分の部屋のドアを開ける。
部屋の中は、すっかりがらんとしていた。
「よいしょっと。んと、今日のご飯で冷蔵庫の食材は、ほとんどなくなるね」
鞄を置いて冷蔵庫を開けながら言う。
冷蔵庫の中もほぼ空。
部屋の中は段ボール箱が転がっている。
「うう、寒。おこたはもうしまっちゃったしな」
ぶつぶつ言いながら深成は部屋着に着替え、着る毛布にくるまった。
簡単な夕飯を食べていると、携帯が鳴る。
「もしもし。お仕事終わった?」
『ああ。どうだ? 荷造りは済んだか?』
「うん。あとは明日、お布団とか今使ってる食器をしまうだけかな。一日でもいつも使ってる食器とか、考えて使わないといけないから、結構不便」
『じゃ、迎えに行ってやろうか?』
「え……。ん、う~ん、そうだな~……。おこたがないから寒いし」
それに久しぶりに一人だと寂しいし、と心の中で付け足し、深成はぐるりと部屋の中を見渡した。
明日は引っ越しなのだ。
もうほとんど真砂の家で暮らしているので、いい加減引き払ってしまえ、と言われ、本格的に引っ越すことにした。
すでに大部分のものはちょこちょこ運んでしまっているが、さすがに家具類などは、自力では運べない。
明日、引っ越し業者に入って貰って、全て移動する。
「じゃあご飯作って待ってる。っても、限られたものしかないけど」
『適当でいい。じゃ、後でな』
ぷつ、と通話が切れてから、深成は冷蔵庫の中の食材を全て使って、真砂の分の夕食を作った。
真砂が来てから深成の家で夕飯を食べ、最後の荷造りをしてから、運べるものだけ持って真砂の家に行った。
「明日は早めに行ったほうがいいかな? ベッドとか、一旦解体しないと駄目だよね」
深成が言うと、真砂は妙な顔をした。
「ベッドなんて必要ないだろ」
「え」
「お前、一人で知らんところで寝るの、嫌なんだろ」
にやりと笑って、親指を寝室に向ける。
確かにそうだが、ここは知らないところではない。
だがここでは一緒に寝ているし、深成のベッドは必要ないといえば必要ない。
「う、じゃ、じゃあベッドはいらない、と。家具もあんまりいらないかもね」
赤くなって、もごもご言う。
お気に入りの飾り棚と、小さい食器棚。
あとは座椅子ぐらいか。
「明日は記念日だね」
散々お泊りはしてきたが、やはり完全同居となるとまた違う。
しみじみ言うと、真砂は少し目を細めた。
「じゃ、明日の夜は、これに行くか」
ぴ、とミラ子社長に貰ったディナーチケットを翳す。
ぱぁっと深成の顔が輝いた。
羽月のときとのえらい差に、真砂は満足そうに口角を上げた。
そんな甘やかな二人とは打って変わり、どよ~んとした空気を纏いつつ、あきは電車を降りた。
よろよろ、とホームの端に寄り、椅子に座り込む。
そのまま鞄を抱くように、思い切り項垂れる。
---あああ……。あたし、何て馬鹿なんだろう。人のことばっかり気にして、自分のことを綺麗さっぱり忘れるなんて---
抱えた鞄の中には、チョコが入っている。
捨吉のために買ったのに、他に気を取られて、あろうことか渡すのを忘れたのだ。
---ほんと、馬鹿じゃないの、あたし……。何やってんのよ---
しかも、あの後資料室のほうに行った捨吉が、ゆいと喋っているのを見かけた。
遠目だったので何を話していたのかはわからないが、ゆいがやたらと嬉しそうだったのだ。
もしかして捨吉は、あのディナーチケットにゆいを誘ったのではないか。
---そうよね。ゆいちゃんはちゃんと捨吉くんのために、平日にも関わらず、わざわざ手作りのケーキを焼いてきたんだもの---
しくしく泣いてももう遅い。
仕方ないから、このチョコは帰って自分で食べよう、と思い、俯いたままハンカチで涙を拭いていると、ふと前に誰かが立っているのに気付いた。
俯いているので足先しか見えない。
誰だろう、と思うものの、今は顔を上げるわけにはいかない。
どうしようかと思っていると、不意に良く知った声が落ちて来た。
「あきちゃん、どうしたの」
え、と思わず顔を上げると、目の前には驚いた顔の捨吉。
「ど、どうしたの? 何かあったの?」
顔を上げたあきの目が真っ赤なのに気付き、さらに驚いた顔になる。
ちょっと屈んで、捨吉はあきを覗き込んだ。
「な、何で……」
ようやっとあきが言うと、捨吉は心配そうな顔のまま、今しがた出た電車の後ろ姿を見た。
「いや、あの電車で帰ってきたら、たまたまホームにあきちゃんを見つけて。何か俯いてるから、気分でも悪いのかと思って、心配で降りたんだ」
うう、とあきが再び俯く。
今この優しさは不要なのだ。
階段を上がり、自分の部屋のドアを開ける。
部屋の中は、すっかりがらんとしていた。
「よいしょっと。んと、今日のご飯で冷蔵庫の食材は、ほとんどなくなるね」
鞄を置いて冷蔵庫を開けながら言う。
冷蔵庫の中もほぼ空。
部屋の中は段ボール箱が転がっている。
「うう、寒。おこたはもうしまっちゃったしな」
ぶつぶつ言いながら深成は部屋着に着替え、着る毛布にくるまった。
簡単な夕飯を食べていると、携帯が鳴る。
「もしもし。お仕事終わった?」
『ああ。どうだ? 荷造りは済んだか?』
「うん。あとは明日、お布団とか今使ってる食器をしまうだけかな。一日でもいつも使ってる食器とか、考えて使わないといけないから、結構不便」
『じゃ、迎えに行ってやろうか?』
「え……。ん、う~ん、そうだな~……。おこたがないから寒いし」
それに久しぶりに一人だと寂しいし、と心の中で付け足し、深成はぐるりと部屋の中を見渡した。
明日は引っ越しなのだ。
もうほとんど真砂の家で暮らしているので、いい加減引き払ってしまえ、と言われ、本格的に引っ越すことにした。
すでに大部分のものはちょこちょこ運んでしまっているが、さすがに家具類などは、自力では運べない。
明日、引っ越し業者に入って貰って、全て移動する。
「じゃあご飯作って待ってる。っても、限られたものしかないけど」
『適当でいい。じゃ、後でな』
ぷつ、と通話が切れてから、深成は冷蔵庫の中の食材を全て使って、真砂の分の夕食を作った。
真砂が来てから深成の家で夕飯を食べ、最後の荷造りをしてから、運べるものだけ持って真砂の家に行った。
「明日は早めに行ったほうがいいかな? ベッドとか、一旦解体しないと駄目だよね」
深成が言うと、真砂は妙な顔をした。
「ベッドなんて必要ないだろ」
「え」
「お前、一人で知らんところで寝るの、嫌なんだろ」
にやりと笑って、親指を寝室に向ける。
確かにそうだが、ここは知らないところではない。
だがここでは一緒に寝ているし、深成のベッドは必要ないといえば必要ない。
「う、じゃ、じゃあベッドはいらない、と。家具もあんまりいらないかもね」
赤くなって、もごもご言う。
お気に入りの飾り棚と、小さい食器棚。
あとは座椅子ぐらいか。
「明日は記念日だね」
散々お泊りはしてきたが、やはり完全同居となるとまた違う。
しみじみ言うと、真砂は少し目を細めた。
「じゃ、明日の夜は、これに行くか」
ぴ、とミラ子社長に貰ったディナーチケットを翳す。
ぱぁっと深成の顔が輝いた。
羽月のときとのえらい差に、真砂は満足そうに口角を上げた。
そんな甘やかな二人とは打って変わり、どよ~んとした空気を纏いつつ、あきは電車を降りた。
よろよろ、とホームの端に寄り、椅子に座り込む。
そのまま鞄を抱くように、思い切り項垂れる。
---あああ……。あたし、何て馬鹿なんだろう。人のことばっかり気にして、自分のことを綺麗さっぱり忘れるなんて---
抱えた鞄の中には、チョコが入っている。
捨吉のために買ったのに、他に気を取られて、あろうことか渡すのを忘れたのだ。
---ほんと、馬鹿じゃないの、あたし……。何やってんのよ---
しかも、あの後資料室のほうに行った捨吉が、ゆいと喋っているのを見かけた。
遠目だったので何を話していたのかはわからないが、ゆいがやたらと嬉しそうだったのだ。
もしかして捨吉は、あのディナーチケットにゆいを誘ったのではないか。
---そうよね。ゆいちゃんはちゃんと捨吉くんのために、平日にも関わらず、わざわざ手作りのケーキを焼いてきたんだもの---
しくしく泣いてももう遅い。
仕方ないから、このチョコは帰って自分で食べよう、と思い、俯いたままハンカチで涙を拭いていると、ふと前に誰かが立っているのに気付いた。
俯いているので足先しか見えない。
誰だろう、と思うものの、今は顔を上げるわけにはいかない。
どうしようかと思っていると、不意に良く知った声が落ちて来た。
「あきちゃん、どうしたの」
え、と思わず顔を上げると、目の前には驚いた顔の捨吉。
「ど、どうしたの? 何かあったの?」
顔を上げたあきの目が真っ赤なのに気付き、さらに驚いた顔になる。
ちょっと屈んで、捨吉はあきを覗き込んだ。
「な、何で……」
ようやっとあきが言うと、捨吉は心配そうな顔のまま、今しがた出た電車の後ろ姿を見た。
「いや、あの電車で帰ってきたら、たまたまホームにあきちゃんを見つけて。何か俯いてるから、気分でも悪いのかと思って、心配で降りたんだ」
うう、とあきが再び俯く。
今この優しさは不要なのだ。