小咄
「何で捨吉くんは、あたしに構うのよ」

 また溢れて来た涙を隠すように、俯いたまま言う。
 ゆいと上手くいきそうな今、優しくされるのは辛い。
 捨吉はちょっと黙った後、すとんとあきの横に座った。

「何でって……。俺はあきちゃんが好きだし」

 ちら、とあきが顔を上げた。

「ゆいちゃんとディナー行くんでしょ?」

 あきが言うと、捨吉は、あきを見たまま固まった。
 思わぬことを言われた、というように、先の表情のまま固まった状態だ。
 しばらくして、その表情のまま、え? と声が漏れた。

「六時頃かな。捨吉くん、ゆいちゃん誘いに行ってたじゃない」

「は? いや、あれは違うよ。今日貰ったカップケーキにさ、カードがついてて。そこにブルームーンのケーキを真似てみましたって書いてあったんだ。ほら、ブルームーンて超人気のケーキ屋さんじゃない。こんなんあったかなぁ、と思ってHPを見てたらさ、たまたま今日発売の新商品があって。残り二つだったから、買ったんだ。で、それをゆいさんに言ったら、凄い食いついて。じゃあ今日のお返しに一つあげるねっていう話をしてたんだよ。ゆいさんも、すっごい喜んでくれたし、ホワイトデーのお返しも済んだし」

 ぽかんと、あきは捨吉を見た。
 そういえば、ゆいはケーキが大好きだ。
 新商品や季節ものにも、とても詳しい。
 中でもブルームーンの新商品など、まさに垂涎の的だろう。

「な、何だ……」

 どっと身体から力が抜ける。
 そんなあきには気付かぬ風に、捨吉はにこりと笑った。

「一つは、あきちゃんにあげるね」

「え、だって。そしたら捨吉くんの分がなくなっちゃうよ」

 しかもあきは、捨吉に何もあげていない。

「いいよ。元々あきちゃんの分も買うつもりだったし。いつだったか、あきちゃんもブルームーンのケーキ食べたいって言ってたでしょ」

 何だか捨吉は、常にあきを気にかけている。
 ケーキの話題だって、最近ではない。
 あきも忘れていたぐらい昔の話だ。
 たまたまゆいのカードを見て思い出しただけかもしれないが。

「ところであきちゃん。あの、大丈夫?」

 ようやく元々ここで降りた目的を思い出し、捨吉が言う。

「気分悪かったんじゃないの?」

「あ……。ううん、大丈夫」

 そそくさと涙を拭い、あきは視線を逸らせた。
 捨吉はちょっと躊躇った後、ホームの電光掲示板に目をやった。

「そろそろ次の電車が来るな。じゃ」

 そう言って立ち上がる。
 本当に、あきが心配なだけだったらしい。

「あの、捨吉くん……。それだけのために、わざわざ途中下車したの?」

「ん、うん……」

 前を向いたまま、捨吉は頭を掻いた。
 そして少し考えた後、くるりと振り返る。
 あきも同時に意を決した。

「「あのっ」」

 二人の声が重なる。

「あ……。な、何?」

 捨吉が慌てたように、あきを促した。

「あの、これ……」

 鞄から、うっかり自分で食べる羽目になるところだったチョコを取り出す。

「あの、今日渡そうと思ってたんだけど、その……ゆいちゃんに先を越されたし……。あたしてっきり、捨吉くんはゆいちゃんと……」

 まさか真砂と深成に気を取られていて忘れていたとは言えない。
 ごにょごにょ言うと、捨吉は少し驚いた顔をした。

「え、いやいや。ゆいさんとは、そんなんじゃないよ。俺はあきちゃんが好きなんだって。ていうか、あきちゃん、チョコくれる予定だったんだ?」

 何気に告白したわりには、さらりと流して捨吉は、嬉しそうな顔で、あきからチョコを受け取った。

「ゆいちゃんみたいな手作りじゃないんだけど」

「いいよ。ありがとう!」

 満面の笑みで言う。
 ほ、と胸を撫で下ろしたあきに、捨吉はチョコをしまいつつ、顔を向けた。

「あきちゃん。これ、一緒に行こう」

 社長からのディナーチケットを示して言う。

「え、でも。あたし、ブルームーンのケーキも貰って、それも行けるの? お返し貰い過ぎじゃない?」

「もぅ、何でお返しって思うのかな。俺は元々、これはあきちゃんとって思ってた」

 きっぱりと言い、捨吉は入って来た電車に目をやった。

「じゃ、連絡するね」

「うん!」

 電車を降りたときとは打って変わり、あきは嬉しそうに頷いた。
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