小咄
 次の日、朝から深成はマンションを引き払い、真砂のマンションで引っ越し業者から全ての荷物を受け取った。

「といっても、そうないな」

「うん。だって課長のお家に大体のものあるもん。あ、この飾り棚、ここに置いていい?」

 荷解きをしながら、深成が言う。
 少し考え、深成は飾り棚に、真砂の茶碗を置き、それに自分の茶碗を重ねた。

---えへへ。何か嬉しいなぁ---

 お箸やマグカップなど、自分のものを真砂の横に並べるたびに、しみじみ思う。

---やっぱり単なるお泊りとは違うよね---

 改めて、今日からずっと一緒だ、と実感する。
 ソファにぬいぐるみを並べながら、少し深成は胸の高鳴りを感じた。

「……ソファが動物園のようだな」

 はた、と気付けば、真砂が胡乱な目で、ずらずらと並んでいるぬいぐるみたちを見ている。

「可愛いでしょ? これで課長も癒されるよ」

「そんなもんに頼らんでも、俺にはこれがいるからいいんだがな」

 言いつつ、真砂がぐい、と深成を引っ張った。
 そのまま、ぎゅ、と抱き締める。

「えへ。じゃ、わらわ、頑張って課長癒してあげる」

 にこりと言うと、真砂は、ふ、と目を細めた。



 その日の夜は、ディナーチケットでお洒落なフレンチ。

「新生活スタートを祝して、かんぱ~い」

 かちん、とミネラルウォーターのグラスを合わせる。
 深成は元々弱いし、車なので真砂も酒は飲まない。

「美味しい~。さすが社長がくれたチケットだけあるよねぇ。お肉が口の中で蕩ける」

 出てくるもの全てに感動しつつ、深成は嬉しそうにむぐむぐと食事を頬張る。

「お前はほんとに、店にとっちゃありがたい客だよなぁ」

「何でも美味しく食べられるってのは幸せなことだもん。自分も幸せだし、それによって周りの人も幸せなんだったら、そんないいことはないじゃん」

「まぁな」

 一通り美味しい食事を食べた後はデザート。
 ほくほくと湯気を立てるフォンダンショコラ。

「うわぁ、そっかぁ。バレンタインだもんね」

 フォークを突き刺すと、中からとろりとチョコレートが溶け出す。

「火傷すんなよ」

「大丈夫。舌火傷しちゃったら、折角のチョコケーキの味がわかんないもの」

 ふぅふぅと息を吹きかけ、深成はちらりと真砂を見た。

「っても、バレンタインは明日だもんね。明日、チョコ作ってあげるね。何がいい?」

「何でもいいよ」

「ま、課長からこれっていうものが出るとは思ってないけど」

「頭にリボンをつければ、それだけでいいぞ」

「何それ」

 深く考えることなく、あはは、と軽く笑い、深成は最後の一口をぱくりと食べた。



「ん~、パジャマ。パジャマどこに入れたっけ~」

 家に帰って来てから、深成がごそごそと自分の荷物を探っている。

「ほら、風呂入ったぞ」

「ん、でもパジャマが見当たらない」

「そんなん、シャツでいいだろ」

 ほら、といつものシャツを渡す。
 が、深成はぷぅ、と頬を膨らませた。

「だって、くまさんの着る毛布も見つからない。シャツ一枚じゃ寒いもん」

「持っては来たんだろ? 今日はもう遅いし、すぐに寝ればいいじゃないか」

「そっか。じゃ、お先に~」

 真砂からシャツを受け取り、深成は、ててて、と風呂場へ走った。
 真砂はちらりとベッドに目をやり、少し考えてから、布団をめくって大きめのバスタオルをシーツの上に敷いた。

 深成がお風呂から上がると、真砂がフリースの上着を差し出した。

「とりあえず、これでも着てろ。髪の毛とか乾かすだろ」

「あ、うん。う~ん、やっぱりくまさん探したほうがいいかな」

「……とりあえず、今日はそれで過ごせ」

「? 何で?」

「萎える」

 ぼそ、と言って、さっさと脱衣所に消える。
 深成は疑問符を顔に貼りつけたまま、大きく首を傾げて、閉まったドアを見つめた。
< 370 / 497 >

この作品をシェア

pagetop