小咄
 照れ照れ、と赤い顔で、捨吉が話し出す。
 本来こういう話に興味はないが、今は真砂も同じことで悩んでいる。
 これは参考になるかもしれない、と、真砂は話をぶった切ることなく、黙って捨吉の話を聞くことにした。

「深成にも彼氏がいるのなら、何が欲しいか聞けば参考になるかも、と思って。まぁ深成はあきちゃんとも仲良しだし、深成には俺があきちゃんと付き合ってること言ってもいいかな、とも思うし。そのほうが話しやすいですしね」

「まぁ……そうかもな。けど……」

 う~む、と真砂は首を傾げた。
 深成の彼氏は自分だが、はたして自分が深成に欲しいものを聞いたところで、そういう色っぽいものが出てくるだろうか。

「あいつにそういうの聞いても、参考になるかなぁ……」

 甚だ疑問だ。
 そう考えると、本人に聞いたところで解決しないではないか。
 これは困った、と真砂は頭を抱えた。

 そんな話をしつつ得意先を回り、本日最後の客先で、商談後に真砂は担当者に手土産を渡した。
 これで捨吉の荷物もなくなった。

「毎年ありがとうございます」

 客先の担当者である初老の男性が、にこやかに受け取る。

「毎年二月は、私も大変なのですよ。女子連中から、課長さんがいつ来られるのか毎日のように聞かれるのですから」

「はは、すみませんね」

 会議室を出ながら言葉を交わす真砂に、フロアの女子社員たちが熱い視線を送る。

「mira商社の課長さんからお返しを頂いたぞ。皆で分けなさい」

 男性が言い、傍の女子社員に手土産を渡す。
 ありがとうござま~す、と上がった声に口角だけ上げ、真砂は軽く頭を下げると、フロアを後にした。

 今年も誰も個別にお返しを貰えなかった、とか、連絡を貰った人もいない、とか言いつつ残念がる女性たちのことなど知る由もなく、エレベーターを降りた真砂は、捨吉と共に、いつものように受付でIDカードを返した。

「あのっ」

 退館時間を書いてペンを置いたところで、声がかかった。
 顔を上げると、受付嬢が思い詰めた目で見ている。

「……何か」

 この受付嬢は以前も真砂にカードを渡したことがあるのだが、残念ながら一瞬でカードはゴミ屑と化したばかりか、存在すら覚えられていない。
 抑揚のない声で言い、真砂は受付嬢を見た。

「あの。私、バレンタインにチョコを渡した佐々木です」

 名乗られても、その名は真砂の脳みそを滑って脳内シュレッダーに突っ込まれてしまう。
 はて、そんなこともあっただろうか、と内心首を傾げつつ、だが一応表情には出ないように、真砂は受付嬢を見るに留めた。

 カードを貰おうがチョコを貰おうが、興味のない人間のことなど全く覚えない。
 だが呼び止めたということは、用事があるのだろう、そしてそれは、お返しの催促なのだと理解した真砂は、やっと、ああ、と呟いた。

 思い出して貰えた、と思った受付嬢は、赤くなりつつも、嬉しそうな表情になる。
 が。

「ありがとうございます。先ほど七階の田村部長に、皆さま宛ての手土産をお持ちしましたので」

 事務的に言い、では、と真砂は踵を返す。

 え、私のこと思い出してくれたわけじゃないの?
 皆宛ての手土産って、私のチョコも皆と一括りにされてるの?
 ていうか、もしかして断られてる?

 いやいや、私、この会社の顔よ?
 受付嬢って美人がなるものなのよ?
 この会社一美人な私からチョコ貰ったって、わかってるの?
 それとも照れて、わざと気付かないふりしてるの?

 ぐるぐると考える受付嬢など、ビルを出る頃には、すっかり忘れている真砂なのであった。
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