小咄
「課長の趣味ってわからない……」

 駅に向かいながら、ぼそ、と捨吉が呟いた。

「さっきの受付嬢も、凄い綺麗な人じゃないですか。一体何が気に食わないんです?」

 捨吉の長年の疑問だ。
 捨吉が入社してから四年、真砂には浮いた噂がない。
 社内でも社外でもめちゃくちゃ人気があるのに、何故真砂には恋人がいないのだろう。

「課長は何で、誰とも付き合わないんですか?」

 そろそろ結婚したっていい歳だ。
 ずっと不思議に思っていたことを、捨吉は聞いてみた。
 ちらりと真砂が捨吉を見る。

「何でそんなことが気になる?」

「気になりますよ。あんなにモテるのに遊んでる風もないし。社内を避けてるんだとしても、社外でも選び放題じゃないですか。課長ってもしかして、女嫌いなんですか?」

「別にそういうわけじゃない。野郎よりも女のほうがいいのは同じだぜ」

 良かった、と胸を撫で下ろし、いやいやそこじゃないし、と一人突っ込みをする捨吉は、当初の問題に返り、う~む、と腕組みした。

「俺が入社してから、課長に彼女がいたことって……ないですよねぇ。俺が知らないだけですか?」

 真砂が少し首を傾げる。
 昔の女のことなど覚えていない。
 それに、付き合うという定義もよくわからない。

 深成と付き合って初めて、独占欲を覚えたのだ。
 それまでは別に、相手に対して恋人だとも思わなかった。

「さぁ……どうだかな」

 今現在いるのだが、と思いつつ、真砂は言葉を濁した。

「千代姐さんとか、ずーっと課長一筋じゃないですか。美人だし、いいと思うんですけど。さっきの受付嬢だって、かなりの美人でしたし。そもそも課長、外で会った女の人って覚えてます?」

「取引のある人なら覚えてるぞ」

「そうでなくて。さっきの受付嬢とか、チョコをくれた人たちですよ」

「そんなもんいちいち覚えてられるかよ」

「あの会社は可愛い子が多いとか、どこの会社の誰の秘書さんが綺麗だとか、結構同期とか言ってますよ」

「……へー。まぁ好みの女がいれば、目は向くのかもな」

 いかにも興味なさそうに言うが、ということは深成が己の好みだったということだろうか、と自問する。
 よくよく考えてみると、自分でも自分の好みがわからない。

「課長はモテ過ぎて、何か他にインパクトがないと、目に入らないのかもしれないですね」

 思いついたように、捨吉が、ぽん、と手を叩いた。

「深成なんかは? あの子はちょっと、他にはいないタイプですよ?」

 無邪気に言う捨吉に、ぶほ、と真砂が噎せた。
 ピンポイントでどんぴしゃである。

「犬みたいに誰にでも懐くし、可愛いし。課長ともすぐに仲良くなりましたよねぇ。珍しいじゃないですか。何で課長は、派遣を深成に決めたんです?」

「何でだろうな」

「結構即決だったじゃないですか?」

 う~む、と真砂は当時を思い返した。
 一目惚れしたわけではない。
 でも他と違う、というのはわかった。

 結構な人数を面接したが、会議室に入った瞬間に、皆同じような目で真砂を見、妙な空気を発する。
 自己アピールが強すぎて疲れる者ばかりだったのだ。

 深成はそこが違った。
 そろそろ面接にもうんざりしていた頃に来た深成は、スーツに着られているような印象を受けた。

 目が合った瞬間、びくっと怯えたような顔をして、すぐにぺこりとお辞儀をした。
 そこで、あれ、と思ったのだ。
 今までの奴らと反応が違う、ということに興味を覚え、いろいろ質問を投げてみた。

 こちらの質問に一生懸命答える深成は、真砂に好印象を与えた。
 今まで感じた妙な空気もない。

 面接を終えてエレベーターホールまで送ったとき、派遣会社の営業と一緒に頭を下げた深成は、ちょっと沈んでいるようだった。
 少し意地悪な質問もいくつか投げ、それに上手く答えられなかったことで、落ち込んでいるようだった。

 その後すぐに、真砂は自席から営業に電話をかけたのだ。
 何となく、しょぼんとしていた深成が気になった、というのが本音かもしれない。
 早く喜ばせてやろう、と心の奥底で思っていたのかもしれない。

---そんな昔っから、俺はあいつに惹かれていたのか---

 照れ臭くなり、真砂は少し赤くなった顔を隠すように、捨吉から顔を背けた。

「課長?」

 一人でぐるぐる考えていた真砂を、捨吉が訝しそうな顔で見上げる。
 我に返り、真砂は誤魔化すように、ごほん、と咳払いをした。

「いや。う~ん、まぁあいつを採って正解だったとは思うがな」

 はたしてこういう話の流れだったか、と思いつつ曖昧に言うと、捨吉は大きく頷いた。

「ええ! さすが課長。人を見る目も確かですよね~!」

 にぱっと笑って、嬉しそうに言う。
 こいつの無邪気さは、本当に羨ましい、と思いつつ駅に向かい、改札を抜けたところで捨吉が再び口を開いた。

「そうだ。課長も直帰するでしょう? 一緒に飯行きません? 深成もいるし」

「ああ……いや」

 腕時計に目を落とし、真砂は少し考えた。
 捨吉であれば、二人でも大丈夫だろう。

 例え深成が酔っ払っても、きちんと送ってくれるはずだ。
 自分がいないところで深成がそんなに酔っ払うとは思わないし、今は送られても困るから、下手に酔うこともないだろう。

「俺は会社に帰る。まだちょっとやっておくこともあるしな」

「え、そうなんですか? じゃあ俺も手伝います」

 上司を置いて、自分が直帰するわけにはいかない、と捨吉が言うが、真砂は軽く手を振った。

「気にするな。待ち合わせしてるんだろ。お子様を遅くまで待たせたら可哀想だ」

「あはは、確かに。じゃあすみませんけど、お先に失礼しますね」

 会社の最寄り駅で捨吉と別れ、真砂は一人、事務所に戻った。
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