小咄
宥めながらも深成を諭す六郎だったが、不意に後ろから低い声がした。
「……またお前か」
振り返ると、真砂が渋い顔で立っている。
その辺にいた下級生の女子たちが、控えめに『きゃあ』と歓声を上げた。
「何やって……」
鬱陶しそうに六郎を見ながら言っていた真砂の目が、その向こうの深成を捉えるなり見開かれた。
涙でぐしゃぐしゃの深成に、一気に空気が凍り付く。
「……貴様……何をした」
一段と低くなった声で、真砂が六郎を睨む。
その視線の強さたるや、尋常ではない。
周りにいた誰もが、身体が凍り付かないうちに、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「き、君がそんなに怒る資格はないと思うが。君が深成ちゃんを泣かせたようなものではないか」
さすがにちょっと気圧されながらも、六郎が言う。
「君は普段から深成ちゃんに連絡をしないのか? 本当に好きだったら、毎日でも電話しないか? 滅多にしないってどういうことだ。それはすなわち、君が本気で深成ちゃんを大事に想ってない証拠ではないのか?」
突き刺すような真砂の視線が、若干怯んだ。
そこは人それぞれだと思うのだが、何気にまともに人と付き合ったことのない真砂には、こう言われてしまうと強く返すことが出来なくなる。
真砂が怯んだのを敏感に嗅ぎ取り、六郎はいきり立った。
「その態度! 動揺するということは、図星なのだろう! 何て奴だ!」
「そうじゃない……」
珍しく、真砂の声が小さくなる。
そんな真砂に、深成はますます悲しくなった。
まるで六郎の言う通り図星を指され、言い訳をしているように見えるのだ。
「もういい! やはり君は、深成ちゃんには相応しくない! 深成ちゃんは幼いから簡単に騙せたのだろうが、私がついている限り、君の嘘はすぐにバレる。肝に銘じておくことだ」
言い放ち、六郎は深成の手を取って、行こう、と引っ張った。
ぐし、と涙を拭いながら、深成が真砂を見た。
その捨てられた子犬のような目に、ぷつんと真砂の中で音がした。
大股で一歩踏み出すと、六郎に引っ張られる深成の腕を掴む。
「来い」
あまりに強い力に、深成は簡単に六郎の手から逃れ、真砂に引き寄せられる。
「ま、待てっ!」
「やかましい!!」
驚いた六郎を一喝し、真砂は深成の腕を掴んだまま、その場を離れた。
ずんずんと前を歩く真砂に引っ張られながら、ほとんど小走りについて行っていた深成だったが、涙で視界があまり利かないせいで、何かに蹴躓いた。
「んにゃんっ!」
転びそうになったところを抱き留められる。
「ご、ごめんなさ……」
「あいつに何言われたんだ」
深成を抱き留めたまま、真砂が言った。
「また勝手な思い込みをお前に刷り込んだだけだろ? 違うか?」
「う、で、でも。六郎兄ちゃんの言うことも、もっともかもしれないって思って……」
真砂の腕にしがみついたまま、深成は俯いた。
付き合ったことのない深成は、普通の彼氏が彼女にどのように接するかなどわからない。
だから人に言われると、そうかも、と思ってしまうところもあるのだ。
「六郎兄ちゃん、普段から連絡しないのは好きじゃない証拠だって。そうなの?」
涙目で見上げる深成に、真砂は大きく舌打ちした。
気を抜くと、深成の可愛さに呑まれそうになる。
「そんなことが証拠になるかよ」
「だって、好きだったら、もっと話したいもんだって。毎日でも連絡するって言ってた」
ちょっと、真砂が驚いた顔をした。
全く頭になかった考えなのだろう。
「だから、そんなこともしない先輩は、わらわのこと好きじゃないんだって」
ふにゃ、と顔を歪ませ、深成がまた、ぼろぼろと泣き出す。
しばし呆然としていた真砂だが、やがてそろそろと、深成の頭に手を置いた。
「それは……人それぞれだろ。俺もよくわからんが。でもそれが一般的なのであっても、俺には当て嵌まらない、ということは断言する。俺は元々、連絡をマメにするほうじゃない」
考えつつ言う真砂を、深成は見上げた。
「でもそれは、好きじゃないからとか面倒だからではなくて。単に……話すことがないからだ」
慎重に、言葉を選びながら続ける真砂は、珍しく自信なさげだ。
下手すると深成を傷つけるかもしれない、と気を遣っているのだ。
「確かに今までも、そういうこと言われたことはあるよ。全然連絡くれないとか。今までの奴はそうだった。面倒で、俺から連絡するなんてことは、一切したことない」
それはそれで凄いことだ。
もっとも真砂からすると、彼女とも思ってなかったので当然といえば当然なのだが。
「……またお前か」
振り返ると、真砂が渋い顔で立っている。
その辺にいた下級生の女子たちが、控えめに『きゃあ』と歓声を上げた。
「何やって……」
鬱陶しそうに六郎を見ながら言っていた真砂の目が、その向こうの深成を捉えるなり見開かれた。
涙でぐしゃぐしゃの深成に、一気に空気が凍り付く。
「……貴様……何をした」
一段と低くなった声で、真砂が六郎を睨む。
その視線の強さたるや、尋常ではない。
周りにいた誰もが、身体が凍り付かないうちに、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「き、君がそんなに怒る資格はないと思うが。君が深成ちゃんを泣かせたようなものではないか」
さすがにちょっと気圧されながらも、六郎が言う。
「君は普段から深成ちゃんに連絡をしないのか? 本当に好きだったら、毎日でも電話しないか? 滅多にしないってどういうことだ。それはすなわち、君が本気で深成ちゃんを大事に想ってない証拠ではないのか?」
突き刺すような真砂の視線が、若干怯んだ。
そこは人それぞれだと思うのだが、何気にまともに人と付き合ったことのない真砂には、こう言われてしまうと強く返すことが出来なくなる。
真砂が怯んだのを敏感に嗅ぎ取り、六郎はいきり立った。
「その態度! 動揺するということは、図星なのだろう! 何て奴だ!」
「そうじゃない……」
珍しく、真砂の声が小さくなる。
そんな真砂に、深成はますます悲しくなった。
まるで六郎の言う通り図星を指され、言い訳をしているように見えるのだ。
「もういい! やはり君は、深成ちゃんには相応しくない! 深成ちゃんは幼いから簡単に騙せたのだろうが、私がついている限り、君の嘘はすぐにバレる。肝に銘じておくことだ」
言い放ち、六郎は深成の手を取って、行こう、と引っ張った。
ぐし、と涙を拭いながら、深成が真砂を見た。
その捨てられた子犬のような目に、ぷつんと真砂の中で音がした。
大股で一歩踏み出すと、六郎に引っ張られる深成の腕を掴む。
「来い」
あまりに強い力に、深成は簡単に六郎の手から逃れ、真砂に引き寄せられる。
「ま、待てっ!」
「やかましい!!」
驚いた六郎を一喝し、真砂は深成の腕を掴んだまま、その場を離れた。
ずんずんと前を歩く真砂に引っ張られながら、ほとんど小走りについて行っていた深成だったが、涙で視界があまり利かないせいで、何かに蹴躓いた。
「んにゃんっ!」
転びそうになったところを抱き留められる。
「ご、ごめんなさ……」
「あいつに何言われたんだ」
深成を抱き留めたまま、真砂が言った。
「また勝手な思い込みをお前に刷り込んだだけだろ? 違うか?」
「う、で、でも。六郎兄ちゃんの言うことも、もっともかもしれないって思って……」
真砂の腕にしがみついたまま、深成は俯いた。
付き合ったことのない深成は、普通の彼氏が彼女にどのように接するかなどわからない。
だから人に言われると、そうかも、と思ってしまうところもあるのだ。
「六郎兄ちゃん、普段から連絡しないのは好きじゃない証拠だって。そうなの?」
涙目で見上げる深成に、真砂は大きく舌打ちした。
気を抜くと、深成の可愛さに呑まれそうになる。
「そんなことが証拠になるかよ」
「だって、好きだったら、もっと話したいもんだって。毎日でも連絡するって言ってた」
ちょっと、真砂が驚いた顔をした。
全く頭になかった考えなのだろう。
「だから、そんなこともしない先輩は、わらわのこと好きじゃないんだって」
ふにゃ、と顔を歪ませ、深成がまた、ぼろぼろと泣き出す。
しばし呆然としていた真砂だが、やがてそろそろと、深成の頭に手を置いた。
「それは……人それぞれだろ。俺もよくわからんが。でもそれが一般的なのであっても、俺には当て嵌まらない、ということは断言する。俺は元々、連絡をマメにするほうじゃない」
考えつつ言う真砂を、深成は見上げた。
「でもそれは、好きじゃないからとか面倒だからではなくて。単に……話すことがないからだ」
慎重に、言葉を選びながら続ける真砂は、珍しく自信なさげだ。
下手すると深成を傷つけるかもしれない、と気を遣っているのだ。
「確かに今までも、そういうこと言われたことはあるよ。全然連絡くれないとか。今までの奴はそうだった。面倒で、俺から連絡するなんてことは、一切したことない」
それはそれで凄いことだ。
もっとも真砂からすると、彼女とも思ってなかったので当然といえば当然なのだが。