小咄
 合宿場所は、とある温泉地。
 山の上から下に広がる海を見ながら入れる露天風呂がある、風情ある旅館だ。
 ただ小さいので、今回の集まりは宴会場をぶち抜いての一部屋である。

「寝るのもここだってねぇ。女子と男子も分けてくれないのか」

 千代が部屋の隅に荷物を置きながら言う。

「いいじゃないですかぁ。折角の親睦会なんだし。大体部屋が分かれてると、引き上げ時が難しいんですよね~。気を遣うしさぁ」

 ゆいが、まんざらでもないように言う。
 確かに対会社の親睦会は、向こうとの付き合いもあるし、引き上げ時が面倒だ。

 それならいっそのこと、引き上げる必要がないようにしてしまえばいい。
 逃げたくても逃げられない状況と言えばそうなのだが、そう嫌な人もいないだろうし、これはこれで楽ちんだ。

「確かに社長、そういうことめんどくさく思いそうですしね」

 あきも荷物を置きながら、部屋の中を見た。
 すでに夕方だ。
 温泉なので、着いた者は皆風呂に行く準備をしている。

「お千代さんたちも、まず風呂に行くだろう?」

 言いながら清五郎が、隅にあった屏風を運んで一画を隠してくれた。

「女の子たちは、着替える場所が必要だろ? ここで着替えるようにしたらいい」

「ありがとうございます」

 さすが、さりげない気遣いが完璧な清五郎だ。
 千代たち女子陣は、屏風の陰で浴衣に着替えた。

「深成ちゃん。サイズ合う?」

 通常旅館の浴衣はMで事足りるものだが、如何せん深成は小さい。
 が、深成は帯で裾を調節した。

「うん、大丈夫。ちょっと長いけど、これぐらいだとおかしくないでしょ」

 そう言って、お風呂セットを持つと、深成はいそいそと屏風から出た。
 そこでは男子陣が風呂の用意をしている。

「あ、深成。みんなも今からお風呂?」

 同じように浴衣に着替えた捨吉が、深成に気付いて言った。

「うん。あれ? 課長は?」

 きょろきょろと部屋の中を見回してみても、真砂の姿はない。

「ああ、課長たちは社長に呼ばれてるよ。高山建設の人との挨拶みたい」

「そうなんだぁ。そういえば、清五郎課長もいないね」

 さっきまではいたので、深成たちが着替えている間に呼ばれたのだろう。

「さ、俺たちはさっさと入っちゃおう。羽月、行くよ」

 捨吉に言われ、羽月が、たたた、と駆け寄って来た。
 そして傍の深成を見、ちょっと照れたように頭を掻く。

「深成ちゃん。浴衣、大きいんじゃない?」

「ん、うん。でも大丈夫」

「可愛いけど、裾踏まないようにね」

「羽月くんもね」

 さらりと羽月の心を抉り、深成はあきたちと風呂場に駆けて行く。
 その後ろ姿を、どよ~んと見送る羽月に、捨吉が苦笑いしつつ声をかけた。

「ははは。確かに羽月も浴衣、大きめだしなぁ。ほら、行くよ」

 羽月も小さいほうなのだ。
 深成ほどではないが、ちょっと丈が長めになる。
 そこをさらっと指摘され、羽月は一瞬で撃沈した。
 天然深成、恐るべし。

「あ。深成ちゃん、指輪、取っておいたほうがいいよ」

 脱衣所で、あきに言われた深成が、あ、と言った後、ちょっと躊躇いがちに、小指に嵌った指輪を抜いた。
 持ってきていたポーチの中に、大事そうにしまう。
 それを、にやにやとあきが目を細めて眺めた。

「綺麗な指輪ねぇ。深成ちゃんがそういうのするの、珍しいよね」

「えへへ」

 そういうあきも、付けていたネックレスを取った。
 お互い身に付け出したタイミングが一緒なので、二人ともWDに貰ったのだろう。
 相手もお互い気付いているが、あえて何も突っ込んでいない。
 あきはともかく、深成は相手が上司だからだ。

「あれ、そういえば千代姐さん。千代姐さんは?」

 身体を洗って湯船に浸かりながら、ふとあきが千代に聞いた。
 そういえば、そもそも千代はVDをしたのだろうか。

 特に清五郎に何か渡している風でもなかったが、そんな皆がいる前で渡すようなことはしないだろうし、あきもあの時は自分のことや深成のことでいっぱいいっぱいだった。
 千代はノーチェックだったのだ。

「何が?」

「WD」

 ああ、と呟き、千代は湯船の中で伸びをした。

「バラの花束と、高級ディナー」

 さらっと言う。
 ふぉっ! とあきが仰け反った。

「そそそ、それってミラ子社長のディナーチケット……じゃないですよね」

「それはVDだろ。まぁそれも誘ってくださったけど」

 てことは自腹かぁ、しかもバラの花束付き! と興奮しつつ、あきはざば、と立ち上がった。
 この状態で湯に浸かっていたら、鼻血を噴いてしまいそうだ。

「あ、あきちゃん、露天風呂行く?」

 立ち上がったあきに言い、深成も湯船から上がると、露天風呂への戸へと移動した。

「うわぉ。すごーい!」

 戸を引き開けるなり、ててて、と深成が駆けて行く。
 そして、ざばんと広い湯船に飛び込んだ。

「ふいぃ~。あ、海が見える~」

 ばしゃばしゃと湯船の端まで行って景色を見る。
 そこで、あれ、と己の横にある衝立のようなものを見た。
 湯船の中に、目の詰まった簾のようなものがある。

「何、これ」

 湯船は海に張り出しているので、一番端は15cmほどの縁があり、ガラスの塀に囲われている。
 そのガラス塀と簾の間の、15cmの隙間を覗き込むと。

「……えっ」

 向こう側にいた人物と目が合った。

「あれ? ……あ、えっと、六郎さんだっけ」

 簾の向こうは男湯だったのだ。
 大きな湯船の中に突っ立った簾で区切ってあるだけなので、端の隙間を覗けば向こう側が見えてしまう。
 もっとも隙間は15cmほどなので、頭も入らないのだが。

「……っ! み、深成ちゃんっ!!」

「そういえば、課長が何か言ってた~。お久しぶり~」

 思いっきり狼狽える六郎にも気付かず、深成は隙間からにこにこと挨拶した。

「あっ……い、いや……。あの、会えて嬉しいんだけど、その……」

 何せここは風呂場なのだ。
 別に身体まで見えているわけではないのだが、六郎はしどろもどろになる。

「六郎さん、顔が赤いよ? のぼせちゃってるんじゃない?」

「い、いや……。そそ、そういうわけでは……」

 見る間に茹蛸のようになる六郎に、無邪気に言っていた深成だが、後ろからぐいっと肩を引かれた。

「こら深成。男湯覗いてるんじゃないよ」

「覗いてないもんっ」

 千代に引っ張られ、ようやく深成が簾から離れる。

---よ、良かった……---

 どっきんどっきんと心臓が暴れ回り、もうちょっとで鼻血の噴水を披露するところだった六郎は、眩暈を覚えながらも千代に感謝した。
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