小咄

とある二人の温泉旅行

【キャスト】
mira商社 課長:真砂 派遣社員:深成
高山建設社員:六郎
・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆

 随分と寒くなってきたある日。
 朝の情報番組に、深成は釘付けになっていた。

「……遅刻するぞ」

 前で新聞を読んでいた真砂に言われ、深成はようやく我に返ったように朝ご飯を再開した。

「はぁ~、いいなぁ。温泉かぁ~。冬は温泉だよね~」

 もぐもぐとトーストを頬張りながら、深成が言う。
 真砂がちらりとTVに目をやると、画面にはでかいカニを前にしたリポーターの姿。
 冬季恒例、格安バスツアーの宣伝らしい。

「格安ツアーなんぞ、どっかにでかい落とし穴があるぞ。これだって物凄い行程じゃないか。三十分カニ食べ放題なんて、食べ放題というほど食えん。剥き身でもないだろうしな」

「そだねぇ。その後港で海鮮食べ放題とか、忙しいよね。いくら旅館のお部屋でのんびり休憩っても、日帰りだからお風呂入ったらすぐに帰ることになりそうだし」

「温泉に行くなら、ゆっくりしたいな」

「そだね。別にどこに行くわけでもなく、温泉宿でまったり美味しいもの食べてのんびりしたい」

 そういえば、二人で旅行というものをしたことがないな、と思い、真砂はカレンダーに目をやった。
 少し先に、連休がある。

「次の連休に、温泉行くか」

「ほんとっ?」

 ぱ、と深成の顔が輝く。
 何ともわかりやすい。
 少し満足そうに、真砂は口角を上げた。



 その日の夜、早速二人でPCを睨む。
 まだそんな直近でもないので、結構お宿に空きはある。

「ん~、やっぱりカニは食べたいかなぁ。でも食べやすくなってるのがいいよね」

 深成はもっぱら食事に目が行っている。
 そしてカニ会席に目をつけた。

「これ美味しそう! お部屋食だし、ゆっくりできるね」

 きらきらと目を輝かせていた深成だが、浴場情報を読みながら、少し声を落とす。

「大浴場に露天風呂かぁ。う~ん、温泉って好きだけど、よく考えたらカップルで行ってもつまんない?」

「何故だ?」

 真砂が訝しげに言うと、深成は、ちょんと大浴場の写真を指差した。

「だって、お風呂のときは一人じゃん。勝手のわかんない広いお風呂に一人って寂しい」

 深成が言うと、ふむ、と呟き、真砂は画面をスクロールしてお部屋情報を見た。
 そして、あるお高い部屋を指差す。

「これなら部屋に専用露天風呂が付いてるぞ。ちゃんと洗い場もあるし、ここなら寂しくないだろ」

「えっそうなの? うん、じゃあ、そこがいい。……けど、凄い高いよ」

「これぐらい、普通だろ。折角の旅行なんだし、そんなこと心配すんな」

 くしゃくしゃと頭を撫でる真砂に、深成は抱き付いた。

「わーい。真砂、大好き~」



 さてそんなバカップルが訪れたのは、とある秘境の温泉宿。
 風情がありつつも綺麗で、結構大きなお宿だった。

 駐車場に車を停めた真砂が、少し向こうに止まっているトラックに目を止めた。
 その眉間に皺が寄る。

「真砂? どうしたの?」

 いそいそと車を降りる深成に、いや、と小さく返し、真砂は荷物を持ってロビーに向かった。

「すみません。本館のほうを建て替えているので、ちょっと騒音があるかもしれません」

 チェックイン時に、女将が申し訳なさそうに頭を下げた。
 それに、思いっきり真砂が渋面になる。

「あ、あのっ。もちろん急なことで、こちらの都合ですし、割引サービスさせていただきます!」

 ビビった女将が、震えあがりながら続けるのに、真砂は、あ、と少しだけ表情を和らげた。
 が、依然眉間の皺は消えていないが。

「いや、別にそれはいいんだ。今でもさほど聞こえないし、部屋からは結構離れているだろう?」

「お隣ですけど、きちんと防音対策はしてますのでっ」

「ならいいんだ。それよりも、その入っている業者ってのは、駐車場にあったトラックのところか?」

 へ? と女将がきょとんとする。
 この恐ろしげな男の機嫌を損ねたのは、工事の騒音ではないのだろうか?

「高山建設、とトラックに書いてあった」

「ああ、はい。そちらに頼んでおります」

「……そうか。まぁそうそう会うこともないだろうが」

 渋い顔のまま言う。
 どうやら騒音の有無は関係なく、業者が気に食わないらしい。
 あまり突っ込んで聞いていいことかもわからず、疑問符を浮かべたまま、女将は真砂に部屋の鍵を渡した。
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