小咄
夕飯の鍋をつつきながら、六人は明日の予定を立てて行った。
「明日は渓谷の下のほうに行って、それぞれの時間を持つかな。散策路があったはずだ」
「下まで降りられるの? じゃ、川で遊べるね」
喜ぶ深成の横で、真砂が冷たい目を向ける。
「何する気だ。寒いんだから、川遊びなんざ御免被る」
「やっぱり寒いかな?」
「当たり前だろ。つか、お前なんざ、ただでさえ流されそうなんだから、川に入ろうなどと思うなよ」
内容はくだらないが、仲睦まじい二人を横目で見つつ、あきは、うーむ、と清五郎と千代にも目を向けた。
こちらも明日のことを話している。
清五郎は『それぞれの』と言っただけだが、やはりそれはカップルで、ということを指していたのだ。
真砂も深成と行動するのが当たり前のように話している。
---こういう自然さが、まだあたしたちにはないように思うのよね---
まだまだ二人だと妙な緊張がある。
学生のような軽いノリでもないし、かといって大人の落ち着きもまだない。
年の差もあまりない分、他の二人よりも難しいのかも、と、あきはまた、ひっそりため息をついた。
「じゃ、そろそろ寝るかな」
夕飯の後、もう一度お風呂に入って、しばし談話スペースで話し込んでから、皆腰を上げた。
何となく傍にいるのに触れられないのは寂しいな、と思いつつ、皆の後ろをついて行っていた深成だったが、エレベーターを降りたときに、すぐ前にいた真砂が不意に足を止めたので、その背にぶつかりそうになった。
「んにゃっ……」
上げそうになった声は、いきなりなキスで掻き消される。
エレベーターを降りたらすぐに廊下を曲がるので、最後に降りると一瞬皆が見えなくなる。
その隙に、真砂がキスをしたのだ。
「ちょ、ま、真砂っ」
小声で深成が慌てた声を上げる。
「おやすみのキスがないと嫌なんだろ」
真砂も小声で言い、にやりと笑う。
そして何事もなかったように、皆の後を追った。
少し前には皆がいる。
スリル満点なキスに、一瞬だったとはいえどきどきしながら、深成も後に続いた。
布団に入るなり、千代が早速風呂場での会話を再開する。
「で? あきは捨吉と、どうなのさ」
「い、いや、どうって……。どうもないですよ」
「付き合ってんだろ?」
「付き合ってはいますね。あたしはちゃんと言われた。まさに、申し込まれたって感じ」
捨吉の告白を思い出し、あきは思わず笑いが込み上げた。
「あんな形式ばった申し込み、ほんとにあるんだぁって感心しましたねぇ」
「想像できる……。捨吉らしいわ」
千代も納得したように頷く。
「そしたら、あんまり仲も進展しなくても無理ないかなぁ。そんな若くもないのに、奥手だねぇ」
「手は繋いでくれますけどね」
「課長は手、繋いでくれないな~」
深成が思い出したように、手を翳して言う。
そして、ちらりと千代を見た。
「千代は? 清五郎課長、手、繋いでくれる?」
「え~? う~ん、どうだろう。そんな気にしたことなかったな。足場の悪いところとか、階段とかは繋ぐかな。繋ぐっていうか、エスコートって感じ。こっちはヒールだし」
さすが清五郎。
何となく跪いて手を差し伸べても絵になりそうだ。
「真砂課長は、手、繋いでくれないの?」
「うん。ていうか、わらわが課長に引っ付いてるからかな? お祭りとかだったら、繋いでくれるんだけど。エスコートというよりは、持たれてるって感じ」
それはおそらく犬のリード的なものではないだろうか。
迷子防止のためだろう。
「手、繋ぐのはさ、あんたたちぐらいが一番似合うんだよね」
千代に言われ、あきは、う~ん、と考えた。
確かに想像してみても、深成や千代のところより、自分たちのほうがしっくりくる。
まさに『手を繋ぐ』感じなのだ。
「あきちゃんもさ、あんちゃんの腕にくっつけばいいんだよ」
「う、腕を組むってこと?」
「そう。わらわはいっつも課長の腕にくっついてる。だって手繋いだだけよりも近いじゃん」
にこにこと言う。
「まぁ……深成は課長にべったりくっついてても違和感ないよね」
「いいよねぇ」
千代とあきに言われ、またも深成はきょとんとする。
もっとも見た目にちぐはぐともいえるカップルだが、返って何をしても違和感がないというか。
とすると普通が一番難しいのかも、と、あきは知らず眉間に皺を寄せた。
「あたしも課長たちみたいに、こっちが何も気にしなくてもリードしてくれる人にすれば良かったのかな。いやでも、捨吉くんだってしっかりしてるし」
「そうだよ~。あんちゃんだってリードしてくれるよ? 飲みに行ったりしたら、ちゃんと面倒見てくれるし」
リードというのは、ちょっと違うのだが。
「それは深成ちゃんだからよ。下の子の面倒は、確かによく見てるわよね」
「あんたは好かれてるから、余計捨吉も緊張するんじゃないの? ていうかさ、お互い一人暮らしなんだし、家に行ったりしてないの?」
千代の言葉に、あ、ヤバい方向へ話が向いてる、と、深成はずるずると布団に潜り込んだ。
付き合っているのはいいとして、一緒に住んでいることまでは、バラしていいことではないだろう。
「い、家には行ったことないですよ。まだ付き合ってないときに、捨吉くんが風邪でお休みしてたときに、ちらっとお見舞いには行きましたけど。玄関先までだし」
赤くなってぶんぶんと手を振るあきに、千代は、ふーん、と呟いた。
先の言い方といい、千代は清五郎の家によく行っている、ということだろうか。
---お泊りありかしら? けど……う~ん、何故か清五郎課長にそういう欲って感じないのよねぇ。いつでもやたらと爽やかだからかしら。いい歳した男の人なんだし、そんなわけないんだけど。真砂課長のほうが欲丸出しって感じ。子ウサギを溺愛する狼って感じかしらね~---
どういう例えだ。
あきは暗闇の中で、あれこれと想像を膨らませるのであった。
「明日は渓谷の下のほうに行って、それぞれの時間を持つかな。散策路があったはずだ」
「下まで降りられるの? じゃ、川で遊べるね」
喜ぶ深成の横で、真砂が冷たい目を向ける。
「何する気だ。寒いんだから、川遊びなんざ御免被る」
「やっぱり寒いかな?」
「当たり前だろ。つか、お前なんざ、ただでさえ流されそうなんだから、川に入ろうなどと思うなよ」
内容はくだらないが、仲睦まじい二人を横目で見つつ、あきは、うーむ、と清五郎と千代にも目を向けた。
こちらも明日のことを話している。
清五郎は『それぞれの』と言っただけだが、やはりそれはカップルで、ということを指していたのだ。
真砂も深成と行動するのが当たり前のように話している。
---こういう自然さが、まだあたしたちにはないように思うのよね---
まだまだ二人だと妙な緊張がある。
学生のような軽いノリでもないし、かといって大人の落ち着きもまだない。
年の差もあまりない分、他の二人よりも難しいのかも、と、あきはまた、ひっそりため息をついた。
「じゃ、そろそろ寝るかな」
夕飯の後、もう一度お風呂に入って、しばし談話スペースで話し込んでから、皆腰を上げた。
何となく傍にいるのに触れられないのは寂しいな、と思いつつ、皆の後ろをついて行っていた深成だったが、エレベーターを降りたときに、すぐ前にいた真砂が不意に足を止めたので、その背にぶつかりそうになった。
「んにゃっ……」
上げそうになった声は、いきなりなキスで掻き消される。
エレベーターを降りたらすぐに廊下を曲がるので、最後に降りると一瞬皆が見えなくなる。
その隙に、真砂がキスをしたのだ。
「ちょ、ま、真砂っ」
小声で深成が慌てた声を上げる。
「おやすみのキスがないと嫌なんだろ」
真砂も小声で言い、にやりと笑う。
そして何事もなかったように、皆の後を追った。
少し前には皆がいる。
スリル満点なキスに、一瞬だったとはいえどきどきしながら、深成も後に続いた。
布団に入るなり、千代が早速風呂場での会話を再開する。
「で? あきは捨吉と、どうなのさ」
「い、いや、どうって……。どうもないですよ」
「付き合ってんだろ?」
「付き合ってはいますね。あたしはちゃんと言われた。まさに、申し込まれたって感じ」
捨吉の告白を思い出し、あきは思わず笑いが込み上げた。
「あんな形式ばった申し込み、ほんとにあるんだぁって感心しましたねぇ」
「想像できる……。捨吉らしいわ」
千代も納得したように頷く。
「そしたら、あんまり仲も進展しなくても無理ないかなぁ。そんな若くもないのに、奥手だねぇ」
「手は繋いでくれますけどね」
「課長は手、繋いでくれないな~」
深成が思い出したように、手を翳して言う。
そして、ちらりと千代を見た。
「千代は? 清五郎課長、手、繋いでくれる?」
「え~? う~ん、どうだろう。そんな気にしたことなかったな。足場の悪いところとか、階段とかは繋ぐかな。繋ぐっていうか、エスコートって感じ。こっちはヒールだし」
さすが清五郎。
何となく跪いて手を差し伸べても絵になりそうだ。
「真砂課長は、手、繋いでくれないの?」
「うん。ていうか、わらわが課長に引っ付いてるからかな? お祭りとかだったら、繋いでくれるんだけど。エスコートというよりは、持たれてるって感じ」
それはおそらく犬のリード的なものではないだろうか。
迷子防止のためだろう。
「手、繋ぐのはさ、あんたたちぐらいが一番似合うんだよね」
千代に言われ、あきは、う~ん、と考えた。
確かに想像してみても、深成や千代のところより、自分たちのほうがしっくりくる。
まさに『手を繋ぐ』感じなのだ。
「あきちゃんもさ、あんちゃんの腕にくっつけばいいんだよ」
「う、腕を組むってこと?」
「そう。わらわはいっつも課長の腕にくっついてる。だって手繋いだだけよりも近いじゃん」
にこにこと言う。
「まぁ……深成は課長にべったりくっついてても違和感ないよね」
「いいよねぇ」
千代とあきに言われ、またも深成はきょとんとする。
もっとも見た目にちぐはぐともいえるカップルだが、返って何をしても違和感がないというか。
とすると普通が一番難しいのかも、と、あきは知らず眉間に皺を寄せた。
「あたしも課長たちみたいに、こっちが何も気にしなくてもリードしてくれる人にすれば良かったのかな。いやでも、捨吉くんだってしっかりしてるし」
「そうだよ~。あんちゃんだってリードしてくれるよ? 飲みに行ったりしたら、ちゃんと面倒見てくれるし」
リードというのは、ちょっと違うのだが。
「それは深成ちゃんだからよ。下の子の面倒は、確かによく見てるわよね」
「あんたは好かれてるから、余計捨吉も緊張するんじゃないの? ていうかさ、お互い一人暮らしなんだし、家に行ったりしてないの?」
千代の言葉に、あ、ヤバい方向へ話が向いてる、と、深成はずるずると布団に潜り込んだ。
付き合っているのはいいとして、一緒に住んでいることまでは、バラしていいことではないだろう。
「い、家には行ったことないですよ。まだ付き合ってないときに、捨吉くんが風邪でお休みしてたときに、ちらっとお見舞いには行きましたけど。玄関先までだし」
赤くなってぶんぶんと手を振るあきに、千代は、ふーん、と呟いた。
先の言い方といい、千代は清五郎の家によく行っている、ということだろうか。
---お泊りありかしら? けど……う~ん、何故か清五郎課長にそういう欲って感じないのよねぇ。いつでもやたらと爽やかだからかしら。いい歳した男の人なんだし、そんなわけないんだけど。真砂課長のほうが欲丸出しって感じ。子ウサギを溺愛する狼って感じかしらね~---
どういう例えだ。
あきは暗闇の中で、あれこれと想像を膨らませるのであった。