小咄
「課長、凄いね」

「何が」

 真砂の眉間には、いまだ深々と皺が寄っている。

「社長に凄く好かれてる」

「好かれてるのかね。いじられてるような気もするがな」

 渋い顔のまま言い、真砂は一歩前に出た。
 このままだといつまでたっても本題に辿り着かない。

「社長。此度の呼び出しの用向きは何です? 派遣社員に関することなら、私だけでいいのでは」

 真砂が言うと、やっとミラ子社長は二人に目を戻した。
 ああ、と言い、ソファに促す。

「いやいや、今回はなぁ、派遣ちゃんの意見を仰がなあかんのや」

 そう言って、ミラ子社長は深成を見た。

「派遣ちゃんにな、ちょっとだけ出向して欲しいんや」

「えっ」

 派遣に出向などアリか? と狼狽える深成に、ミラ子社長は、ぴ、と紙を示した。
 深成の契約書だ。

「いやね、普通はないことやと思うよ。けど出張はアリかもやろ? その場合の交通費は支払いますってあるよな」

「出張と出向は違いますよ」

 真砂が無慈悲に口を挟む。

「わかっとるわい。そこを何とか。契約は、うちとのままがええやろ? 一旦切って、向こうと契約して貰うのが通常ルートなんやろうけど、そうすると悪くしたら、向こうさんに取られてしまうかもしれんしなぁ。そうなると、ほれ、真砂課長も嫌やろ?」

 にやにやと笑いつつ、ミラ子社長が真砂を見る。
 真砂は何も言わず、出された紅茶に口を付けた。

「ちょっとの間だけ、客先常駐って形にして、高山建設に出向して貰いたい」

 ミラ子社長が言った途端、がちゃん、と音がした。
 真砂が戻そうとしていたカップが大きな音を立てたのだ。

「お断りします!」

 間髪入れずに真砂が言う。
 が、ミラ子社長は、ちちち、と指を振った。

「いくら真砂課長の頼みでもなぁ、こればっかりは、うちのほうから真砂課長に頭下げるわ。うちかて可愛い派遣ちゃんを出すのは嫌やねんで? けど、しゃあないやろ。派遣ちゃんは結構できる子やし、何と言っても真砂課長仕込みなんやから、その辺の子ぉとは実力が違うわ。高山建設の社長さんがな、あんたを見込んで頼んできてんで」

「何故ピンポイントでこいつなんです。高山建設で新たに派遣を雇えばいい話じゃないですか」

「それはなぁ、高山建設の社長さんが、真砂課長の実力を認めた故や。あんたが仕込んだ六郎やったかね、あの人が、三か月で立派に仕込まれて帰って来た。だから、あんたに仕込まれた派遣ちゃんを貸して欲しいっていうこっちゃ」

 く、と真砂が悔しそうに唇を噛む。
 己を評価してくれたことはありがたいが、それが裏目に出てしまった。

 六郎は深成を好いている。
 それでなくても高山建設は男ばかりだ。
 ガテン系の男の群れに、子ウサギのような深成を放り込むというのか。
 想像しただけで、真砂はくらりと眩暈がした。

「一か月だけや。内勤が忙しい、この時期だけ。ちゃんとうちからの出向って派遣会社にも連絡しとくし、きっちり一か月で戻って来られるようにしとくから安心しぃ。もちろん別途手当もつけるし。それに、一人やないで」

 え、と真砂と深成が顔を上げる。

「あ、残念ながら、真砂課長は行かされへんけどな」

 期待の籠った視線で見られ、ミラ子社長が即座に否定する。
 あからさまにがっくりと、深成の肩が落ちた。

「さすがに一人は可哀想やからな、二課の羽月にも行って貰う」

「んなっ!!」

 思わず真砂の腰が浮く。
 羽月も深成を好いている。
 真砂にとっては何の安心材料にもならない。

「ん? 何や、真砂課長とも思えん声出して。歳も近いし、ええ相手やろ? 羽月も丁度、建設関係の案件に入りそうやし、研修がてら、な」

 何かにやにやと笑いながら、ミラ子社長は扇でぽんぽんと青ざめる真砂の肩を叩いた。
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