小咄
さて出向も順調に進んで二週間が過ぎた。
定時もとっくに過ぎたmira商社では、営業フロアにいまだ灯りが点いている。
「あ~、深成がいないとお腹がすくなぁ」
捨吉が、ため息と共に言う。
前からあきが、チョコレートを差し出した。
「そうねぇ。何だかんだで、いろいろくれるしね。それにしても、深成ちゃんがいないと寂しいわぁ」
言いつつ、ちらりとあきは上座を見た。
寂しいのはあきだけではないはず。
真砂は黙々と積み上げられた書類を捌いている。
「よし。課長、こっちの書類は終わりましたよ。中部案件のやつとか、引き取ります」
「ああ、じゃあ頼む。あと、これとこれと……。あき、捨吉から上がってきたやつの案件登録を頼む」
「はい。う~ん、やっぱり深成ちゃんがいないと、課長も大変ですねぇ~」
出来上がったものの登録やいろいろな資料の最終的なまとめなどは、全て深成がやっていた。
その他、ファイリングや資料整理など、あらゆる雑務を一手に引き受けていた深成がいないとなると、結構な損害だ。
「……けどまぁ、元々あいつはいなかったんだし」
「そうですけど。でもこうやってみると、深成も随分成長してますよね。さすが、他社からも引き抜きがかかるわけだ」
キーボードを叩きながら、捨吉が感心したように言う。
「でもそれで他社に取られちゃったら意味ないわよ。折角課長が手塩にかけて育てたってのに」
あきが、若干目尻を下げながら言い、ちらりとまた真砂を見た。
特に何の反応もなく、真砂はPC画面を睨んでいる。
---あら。表情に変化もないってことは、深成ちゃんを『手塩にかけて』育てたって自覚があるのかしら---
ぷくく、と含み笑いをするあきの視線の先で、真砂がふと机の端に目を落とした。
そこに置いていた自分の携帯が振動したのだ。
ぴ、と指を滑らせながら、真砂が携帯を手に取った。
メールのようだ。
---もしかして、深成ちゃんからじゃないの?---
真砂の背後にカメラを設置したい衝動に駆られながら、あきは注意深く真砂の表情を読んだ。
が、またも特に表情が変わることもなく、真砂はすぐに携帯を置いた。
何事もなかったように、仕事に戻る。
つまらん、と思いつつ、あきはPC画面に視線を戻した。
「じゃ、お先に失礼しま~す」
深成と羽月がフロアの皆に声をかけて立ち上がった。
前の席の六郎が、わざわざ立ち上がってドアまで送ってくれる。
「毎日残業、お疲れ様。そうそう、一度皆で飲みに行かないかって話が出てるんだけど。慰労会というか」
「え、う~ん……」
ちょっと深成が困った顔をした。
皆良い人ではあるのだが、やはり荒くれ者という感じで、深成からすると怖いのだ。
「大丈夫だよ。ちゃんと家まで送るし」
笑顔で六郎が請け負うが、それはそれで困るのだ。
羽月とは毎日一緒に帰っているが、方向が逆なので駅までである。
---まぁ六郎さん、わらわが真砂と付き合ってるのは知ってるんだし、社外の人だからバレてもいいかもだけど---
だが同棲している、と知られるのは、何となく避けたい。
今後も会社としての付き合いもあるのだろうし、変なところからmira商社側に漏れるとも限らない。
---真砂の評価に関わるかもしれないしね---
やはり、バレないに越したことはない、と思い直し、深成はふるふると首を振った。
「それも悪いしね」
「構わないよ。毎日頑張ってくれてるんだし」
「んにゃあ、そりゃ社長自らお願いされたことだし。わらわ、あんまり遅くなったら眠くなっちゃうしさぁ」
あはは、と笑って誤魔化し、羽月を促してそそくさと六郎に手を振った。
「飲み会かぁ。何か荒れそうだよなぁ。良い人たちだけど、お酒が入ったらどうだろうね」
駅まで歩きながら、羽月もちょっと不安そうに言う。
深成を守りたいのは山々だが、酒の入ったガテン系の男たちを押さえられる自信はない。
「あ、でも皆大人だし、そこはちゃんとしてるかもだよ。根は優しいんだし」
「う~ん、そうだけどねぇ」
「雰囲気だけなら、真砂課長のほうがよっぽど怖いよ」
「え、そうかなぁ。わらわ、課長は怖くないなぁ」
「そう? 真砂課長に比べたら、ここの人たちのほうがまだ取っつきやすいけど。強面だけど、皆フレンドリーだしさ」
「ああ、まぁ課長はフレンドリーではないね」
真砂の話をしていると、早く会いたくなってくる。
夜は毎日会っているのに、慣れないところで知らない男たちと仕事しているからだろうか。
深成は羽月に手を振ると、急いで電車に飛び乗った。
定時もとっくに過ぎたmira商社では、営業フロアにいまだ灯りが点いている。
「あ~、深成がいないとお腹がすくなぁ」
捨吉が、ため息と共に言う。
前からあきが、チョコレートを差し出した。
「そうねぇ。何だかんだで、いろいろくれるしね。それにしても、深成ちゃんがいないと寂しいわぁ」
言いつつ、ちらりとあきは上座を見た。
寂しいのはあきだけではないはず。
真砂は黙々と積み上げられた書類を捌いている。
「よし。課長、こっちの書類は終わりましたよ。中部案件のやつとか、引き取ります」
「ああ、じゃあ頼む。あと、これとこれと……。あき、捨吉から上がってきたやつの案件登録を頼む」
「はい。う~ん、やっぱり深成ちゃんがいないと、課長も大変ですねぇ~」
出来上がったものの登録やいろいろな資料の最終的なまとめなどは、全て深成がやっていた。
その他、ファイリングや資料整理など、あらゆる雑務を一手に引き受けていた深成がいないとなると、結構な損害だ。
「……けどまぁ、元々あいつはいなかったんだし」
「そうですけど。でもこうやってみると、深成も随分成長してますよね。さすが、他社からも引き抜きがかかるわけだ」
キーボードを叩きながら、捨吉が感心したように言う。
「でもそれで他社に取られちゃったら意味ないわよ。折角課長が手塩にかけて育てたってのに」
あきが、若干目尻を下げながら言い、ちらりとまた真砂を見た。
特に何の反応もなく、真砂はPC画面を睨んでいる。
---あら。表情に変化もないってことは、深成ちゃんを『手塩にかけて』育てたって自覚があるのかしら---
ぷくく、と含み笑いをするあきの視線の先で、真砂がふと机の端に目を落とした。
そこに置いていた自分の携帯が振動したのだ。
ぴ、と指を滑らせながら、真砂が携帯を手に取った。
メールのようだ。
---もしかして、深成ちゃんからじゃないの?---
真砂の背後にカメラを設置したい衝動に駆られながら、あきは注意深く真砂の表情を読んだ。
が、またも特に表情が変わることもなく、真砂はすぐに携帯を置いた。
何事もなかったように、仕事に戻る。
つまらん、と思いつつ、あきはPC画面に視線を戻した。
「じゃ、お先に失礼しま~す」
深成と羽月がフロアの皆に声をかけて立ち上がった。
前の席の六郎が、わざわざ立ち上がってドアまで送ってくれる。
「毎日残業、お疲れ様。そうそう、一度皆で飲みに行かないかって話が出てるんだけど。慰労会というか」
「え、う~ん……」
ちょっと深成が困った顔をした。
皆良い人ではあるのだが、やはり荒くれ者という感じで、深成からすると怖いのだ。
「大丈夫だよ。ちゃんと家まで送るし」
笑顔で六郎が請け負うが、それはそれで困るのだ。
羽月とは毎日一緒に帰っているが、方向が逆なので駅までである。
---まぁ六郎さん、わらわが真砂と付き合ってるのは知ってるんだし、社外の人だからバレてもいいかもだけど---
だが同棲している、と知られるのは、何となく避けたい。
今後も会社としての付き合いもあるのだろうし、変なところからmira商社側に漏れるとも限らない。
---真砂の評価に関わるかもしれないしね---
やはり、バレないに越したことはない、と思い直し、深成はふるふると首を振った。
「それも悪いしね」
「構わないよ。毎日頑張ってくれてるんだし」
「んにゃあ、そりゃ社長自らお願いされたことだし。わらわ、あんまり遅くなったら眠くなっちゃうしさぁ」
あはは、と笑って誤魔化し、羽月を促してそそくさと六郎に手を振った。
「飲み会かぁ。何か荒れそうだよなぁ。良い人たちだけど、お酒が入ったらどうだろうね」
駅まで歩きながら、羽月もちょっと不安そうに言う。
深成を守りたいのは山々だが、酒の入ったガテン系の男たちを押さえられる自信はない。
「あ、でも皆大人だし、そこはちゃんとしてるかもだよ。根は優しいんだし」
「う~ん、そうだけどねぇ」
「雰囲気だけなら、真砂課長のほうがよっぽど怖いよ」
「え、そうかなぁ。わらわ、課長は怖くないなぁ」
「そう? 真砂課長に比べたら、ここの人たちのほうがまだ取っつきやすいけど。強面だけど、皆フレンドリーだしさ」
「ああ、まぁ課長はフレンドリーではないね」
真砂の話をしていると、早く会いたくなってくる。
夜は毎日会っているのに、慣れないところで知らない男たちと仕事しているからだろうか。
深成は羽月に手を振ると、急いで電車に飛び乗った。