小咄
そうして瞬く間に一週間が過ぎ、本日出向最終日。
送別会は七時からなので、六時半には出る予定だ。
嬉しそうな深成は、高山建設の人たちと共に、飲み屋に向かった。
「おお派遣ちゃん。羽月もご苦労さんやったなぁ。どや、違った環境は」
座敷に入るなり、上座にでんと陣取ったミラ子社長が深成に声を掛ける。
ぺこりとお辞儀をし、深成はきょろきょろと座敷内を見回した。
「あ、一課の連中は、ちょっと遅れてんねん。いやぁ、派遣ちゃんがおらんだけで、なかなか大変だったみたいでなぁ」
え、と途端に深成の顔が曇る。
「大丈夫やって。遅れても絶対来るで。……高山建設社長さんへの挨拶もあるしな」
何故か後半の前に間をあけ、にやにやとミラ子社長が広げた扇の向こうから言う。
そして深成の後ろから入った六郎に目を留めた。
「あんたがうちの子ぉらの面倒見てくれたんやな。どうや、その後。真砂課長の教えを守っとるか?」
「あ、その節はお世話になりました」
ぱっとその場に膝をつき、六郎がミラ子社長に頭を下げる。
あえて後半の質問には触れない。
別に真砂が具体的に営業の教えを説いたわけではないので、『教え』というものはないのだが、真砂のお蔭でどのような客先でも営業マンとしてやっていけるようになったのは事実だ。
が、それを素直に認めるのも癪に障る。
「とりあえず、高山建設の社員さんは飲みたいやろ。構わんから、先に始めようや」
ミラ子社長の音頭で、真砂不在のまま飲み会は始まった。
その少し前、mira商社では真砂が物凄いスピードでキーボードを叩いていた。
話しかけようものならその辺のボールペンなどが飛んで来そうなほど集中している。
捨吉とあき、千代も、割り当てられた仕事をひたすらこなしていた。
しーんとしたフロアに、だだだだだ、というキーボードを叩く音だけが響く。
最早速過ぎて擬音も追いつかないほどだ。
「……よし。お前ら、どんな具合だ」
ぴた、と手を止め、真砂が顔を上げた。
「あ、俺はもう上がれます」
「わたくしは先程のまとめの打ち込み途中ですけど、これは深成が帰ってきてからでもいいですし」
捨吉と千代が同時に手を止め、各々データをセーブした。
あきが、わわ、と焦ったように手を動かす。
「あきはまだなのか?」
「あ、えっと。あの、あとこれだけ……」
席を立って、真砂があきのPCを覗き込む。
そして、横に置いてある資料を手に取った。
「……ふむ、まぁいい。来週でも間に合うだろう」
そう言って、皆片付けろ、と声を掛ける。
「四人か。タクシーで行くぞ」
「はい。じゃあ俺、先に行ってタク拾っておきます」
捨吉が言い、鞄を持って駆け出していく。
その後を、真砂を先頭に、あきと千代が続いた。
---課長ったら、今日物凄い仕事の捌き方だったわ。一刻も早く深成ちゃんに会いたいのね---
真砂の背を見つめながら、あきは、ふふふふ、と含み笑いした。
真砂たちが飲み屋に着いたのは、宴会開始から一時間ほど経った後だった。
座敷の襖を開けるなり、視線を室内に走らせる。
上座近くに、清五郎と高山建設の社員であろう男二人と話している深成が目に入った。
清五郎が付いていることに安心し、真砂はミラ子社長にまず挨拶した。
「真砂課長~~。遅かったやないかぁ。大事な派遣ちゃんがお待ちかねやでぇ~」
酔っている風でもないのに、ミラ子社長が際どいことを言う。
が、特にそれには反応せず、真砂は隣の高山建設の社長にも挨拶した。
「貴殿が噂の鬼課長か。いやいや、お会いしたかった」
途端に高山社長が相好を崩し、真砂に酒を勧める。
「海野の仕込みは見事だ。さすがミラ子社長の秘蔵っ子だけあるのぅ」
「せやろ。うちの会社は小さいけどなぁ、人材に関してはどこよりも優れとるでぇ」
ほっほっほ、と高笑いしつつ、ミラ子社長もグラスを傾ける。
とても御前を辞せる雰囲気ではない。
「いや、あの子もよぅ頑張ってくれた。どや、あの子、うちにくれんか?」
ずいっと高山社長が真砂に言う。
が。
「お断りします」
光の速さで真砂は拒否した。
「あかんで、高山社長。あの子ぉは真砂課長の大事な大事な子ぉやからな」
後半は、ぐっと声を潜めて、でもしっかり二人には聞こえるように言う。
「そうか、そういう関係か。何だ、うちの誰があの子を落とすかと思ってたのに」
「おや、そんなことしてたんかいな。荒くれ者やからなぁ、派遣ちゃんも怖かったやろ」
両社長の話を聞いている真砂は、内心苛々しながらグラスを傾けた。
早く深成の傍に行きたいのに捉ってしまったし、内容も真砂的には全く頂けない。
社長二人の話はほぼ聞かず、全神経を後方へやっているせいで、変に深成の様子がわかるのだ。
深成の前には入れ替わり立ち替わり、男どもが来ているようだ。
肉食系が多いようで、皆結構ぐいぐい迫っている。
酒が入っているせいもあるのだろう。
清五郎が付いているのがせめてもの救いだ。
送別会は七時からなので、六時半には出る予定だ。
嬉しそうな深成は、高山建設の人たちと共に、飲み屋に向かった。
「おお派遣ちゃん。羽月もご苦労さんやったなぁ。どや、違った環境は」
座敷に入るなり、上座にでんと陣取ったミラ子社長が深成に声を掛ける。
ぺこりとお辞儀をし、深成はきょろきょろと座敷内を見回した。
「あ、一課の連中は、ちょっと遅れてんねん。いやぁ、派遣ちゃんがおらんだけで、なかなか大変だったみたいでなぁ」
え、と途端に深成の顔が曇る。
「大丈夫やって。遅れても絶対来るで。……高山建設社長さんへの挨拶もあるしな」
何故か後半の前に間をあけ、にやにやとミラ子社長が広げた扇の向こうから言う。
そして深成の後ろから入った六郎に目を留めた。
「あんたがうちの子ぉらの面倒見てくれたんやな。どうや、その後。真砂課長の教えを守っとるか?」
「あ、その節はお世話になりました」
ぱっとその場に膝をつき、六郎がミラ子社長に頭を下げる。
あえて後半の質問には触れない。
別に真砂が具体的に営業の教えを説いたわけではないので、『教え』というものはないのだが、真砂のお蔭でどのような客先でも営業マンとしてやっていけるようになったのは事実だ。
が、それを素直に認めるのも癪に障る。
「とりあえず、高山建設の社員さんは飲みたいやろ。構わんから、先に始めようや」
ミラ子社長の音頭で、真砂不在のまま飲み会は始まった。
その少し前、mira商社では真砂が物凄いスピードでキーボードを叩いていた。
話しかけようものならその辺のボールペンなどが飛んで来そうなほど集中している。
捨吉とあき、千代も、割り当てられた仕事をひたすらこなしていた。
しーんとしたフロアに、だだだだだ、というキーボードを叩く音だけが響く。
最早速過ぎて擬音も追いつかないほどだ。
「……よし。お前ら、どんな具合だ」
ぴた、と手を止め、真砂が顔を上げた。
「あ、俺はもう上がれます」
「わたくしは先程のまとめの打ち込み途中ですけど、これは深成が帰ってきてからでもいいですし」
捨吉と千代が同時に手を止め、各々データをセーブした。
あきが、わわ、と焦ったように手を動かす。
「あきはまだなのか?」
「あ、えっと。あの、あとこれだけ……」
席を立って、真砂があきのPCを覗き込む。
そして、横に置いてある資料を手に取った。
「……ふむ、まぁいい。来週でも間に合うだろう」
そう言って、皆片付けろ、と声を掛ける。
「四人か。タクシーで行くぞ」
「はい。じゃあ俺、先に行ってタク拾っておきます」
捨吉が言い、鞄を持って駆け出していく。
その後を、真砂を先頭に、あきと千代が続いた。
---課長ったら、今日物凄い仕事の捌き方だったわ。一刻も早く深成ちゃんに会いたいのね---
真砂の背を見つめながら、あきは、ふふふふ、と含み笑いした。
真砂たちが飲み屋に着いたのは、宴会開始から一時間ほど経った後だった。
座敷の襖を開けるなり、視線を室内に走らせる。
上座近くに、清五郎と高山建設の社員であろう男二人と話している深成が目に入った。
清五郎が付いていることに安心し、真砂はミラ子社長にまず挨拶した。
「真砂課長~~。遅かったやないかぁ。大事な派遣ちゃんがお待ちかねやでぇ~」
酔っている風でもないのに、ミラ子社長が際どいことを言う。
が、特にそれには反応せず、真砂は隣の高山建設の社長にも挨拶した。
「貴殿が噂の鬼課長か。いやいや、お会いしたかった」
途端に高山社長が相好を崩し、真砂に酒を勧める。
「海野の仕込みは見事だ。さすがミラ子社長の秘蔵っ子だけあるのぅ」
「せやろ。うちの会社は小さいけどなぁ、人材に関してはどこよりも優れとるでぇ」
ほっほっほ、と高笑いしつつ、ミラ子社長もグラスを傾ける。
とても御前を辞せる雰囲気ではない。
「いや、あの子もよぅ頑張ってくれた。どや、あの子、うちにくれんか?」
ずいっと高山社長が真砂に言う。
が。
「お断りします」
光の速さで真砂は拒否した。
「あかんで、高山社長。あの子ぉは真砂課長の大事な大事な子ぉやからな」
後半は、ぐっと声を潜めて、でもしっかり二人には聞こえるように言う。
「そうか、そういう関係か。何だ、うちの誰があの子を落とすかと思ってたのに」
「おや、そんなことしてたんかいな。荒くれ者やからなぁ、派遣ちゃんも怖かったやろ」
両社長の話を聞いている真砂は、内心苛々しながらグラスを傾けた。
早く深成の傍に行きたいのに捉ってしまったし、内容も真砂的には全く頂けない。
社長二人の話はほぼ聞かず、全神経を後方へやっているせいで、変に深成の様子がわかるのだ。
深成の前には入れ替わり立ち替わり、男どもが来ているようだ。
肉食系が多いようで、皆結構ぐいぐい迫っている。
酒が入っているせいもあるのだろう。
清五郎が付いているのがせめてもの救いだ。