小咄
 途端に六郎の表情が氷結する。
 ぱ、と捨吉が、時計を見た。

「あ、もうこんな時間だ。六郎さん、そろそろ時間ヤバいんじゃない?」

「ほんとだ! 早く行かなきゃ! 遅れちゃうよ!」

 固まっていた六郎を、深成が急かす。
 捨吉はというと、言うことだけ言って、後は面白そうに眺めているだけだ。
 六郎の心を掻き乱すだけ掻き乱して、にこにこしている。

 この状況で、別れられようか。
 後々気になってしょうがない。

 さっき深成の頭を撫でたのだって、六郎からしたら一大決心だったのだ。
 捨吉はいつも、いとも簡単に深成を撫でるし、真砂に至っては抱き締めている。
 そんなこと、とても六郎には出来ない。

 何だかんだで、一番深成を意識しているのが六郎ということなのだろうが、だとしたら、その六郎が同じように触れられないまま、また離れるのは我慢できず、意を決して深成に触れたのだ。
 だがそんな淡い気持ちは、他ならぬ深成の行動で、脆くも打ち砕かれる。

「やっぱり真砂に迎えに来て貰おう。もう用事、終わってるよね」

 軽く言い、取り出した携帯で電話をかける。
 そのいかにも自然な態度に、六郎はまた、呆然となった。

「もしもし、わらわ。あのさ、お願いなんだけど、迎えに来てくれないかなぁ。お買い物したら、荷物が多くなっちゃって。……用事、終わった?」

---なっ……! そ、そんな不安そうに聞かれたら、私だったら用事が終わってなくても飛んで行くぞ! ていうかその前に、深成ちゃんの番号、奴は知っているのか!!---

 自分だって昨日会うために、つい最近聞いたばかりなのに! と、まるで親父な思考で憤慨する六郎は、知らず深成の携帯に神経を集中する。
 だがどんなに頑張っても、電話の向こうの声など聞こえない。
 生憎真砂の声は低いのだ。
 高ければ聞こえるかもしれないが。

「……うん、うん。ん? 六郎兄ちゃんは、もう行かないといけないよ。うん。……ほんとっ?」

 ぱ、と嬉しそうに笑った深成の表情で、真砂がOKしたことが知れる。

「ありがとう!」

 大きな声でお礼を言い、深成は電話を切ると、捨吉を振り向いた。

「まだ用事は終わってないけど、この辺にいるから、終わったら来てくれるって!」

「そりゃありがたいや。そっか、確か真砂さん、今日は小田ビルに用事だったな。じゃ、ビルのエントランスで待ってようか。真砂さんのことだ、終わったら来いって言うだろうし」

「あそこのエントランスにある『カフェ小紫』、パンケーキが美味しいんだよ。あそこで待ってようよ」

 満面の笑みで言う深成に、六郎は少し安心する。
 深成のこの嬉しそうな顔は、何も真砂が迎えに来てくれるからではない。
 パンケーキが食べられるからだ。
 ……多分。

 よくよく考えれば、深成は真砂の用事がどこであるのか、電話を切った時点では知らなかったようだし、だとすると一番初めの笑顔は、となるのだが、そこは無理矢理考えないようにする。
 別れ間際に、そんなもやもやを残したくない。
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