小咄
「そういう人を惟道くんが大事にするのは、なるほど納得だね」

 うんうんと頷いていると、捨吉の携帯が一瞬ぺろんと鳴った。

「あ、あきちゃんだ。ゆいさんは大丈夫かなぁ。明日とか、ちゃんと来るかな」

 電話して惟道がいたら、ややこしいことになるかも、とメッセージだけを送って来たようだ。
 画面を見、捨吉が息をつく。

「あきちゃん、何て?」

「とりあえずは話をして、ゆいさんと別れたみたいだけど」

 明日がどうなることやら。
 同じ課ではないことだけが救いかも、と思っていると、片桐が肩を竦めた。

「ま、人の気持ちはどうしようもないものね。そのあきちゃんのお友達だって、そんな子供じゃないんだから、いつまでも引き摺らないわよ。大学生相手なんだし」

「それにあいつ、今週で終わりだろ」

 そういえば、そろそろ終わりだと言っていた。
 だからこそ、ゆいははっきりとした関係を迫ったのだろう。

「じゃあまぁ最悪どろどろになっても、少しの辛抱ですね」

「お前はあきを取られる心配もなくなったんだし、どうなろうと放っておきゃいい」

「うーん、でもあきちゃんとゆいさんの仲がこじれちゃったら、それはあの子がいなくなったからって直るもんでもないように思いますし」

「そうなったらそれまでの関係だったということだ」

 しれっと言う真砂に、まぁそうですけど、と言いながらも、うーん、と捨吉は唸る。

「根に持つ子だったらちょっと面倒だけど、そうでないなら結構あっさりしてるんじゃない? 女の子のほうが割り切り方は早いものだし。そんなことよりも、あなたはちょっとお兄さんを見習って、もっとがっちりあきちゃんを捕まえておいたほうがいいんじゃないかしら?」

 片桐がにやにやしつつ、ちょいちょいと指先で真砂を示す。

「穏やかなのもいいけどね、たまには刺激も必要よ」

「え、う、う~ん。いや、刺激って言っても……。深成、何かそんな刺激的なことされてるの?」

 性格的にも穏やかな捨吉には、刺激と言われても何がいいのかわからない。
 確かにぱっと見ただけでも、捨吉よりも真砂のほうが『激しそう』だが、具体的に何がどう『激しい』か、と聞かれるとわからない。
 ざっくりと、何となくのイメージだ。

「うええぇぇぇっ! ああああああんちゃんっ! 何聞くのさーっ!」

 深成が真っ赤になって仰け反る。
 お陰で横の真砂に、どかんとぶち当たった。

「いやだって、具体例を示して貰わないと」

「そそ、そんなのっ! 何でわらわに聞くのさーっ」

「課長の与える、深成にとっての刺激ってことだろ?」

 からかい半分、真剣さ半分である。
 もっとも初めは真剣だったのだが、深成の反応が面白いせいでもあるのだが。

「大体お前、聞いたところで実践できるのか?」

 相変わらず仰け反っている深成を支えながら、真砂が口を開いた。
 ちょっと意地悪そうな笑みが浮かんでいる。

 こういう真砂は危険だ。
 あまり周りの目を気にせず、凄いことをしたりする。

「そんな凄いことなんですか?」

「どうかな。俺は普通にするから人がどうかはわからん」

 そう言って、深成を支えている手を少しずらして肩を抱く。
 その途端、今度は捨吉が仰け反った。

「う、た、確かにそんなこと、自然にできないかも……!」

 すでに赤くなっている捨吉に、真砂は妙な顔を向けた。

「……お前、大丈夫かよ。この程度でその反応か?」

「え、だ、だって。課長、凄いことしてません?」

「何が」

「肩抱くなんて、できませんよ」

 真砂の眉間に皺が寄る。
 片桐も、ちょっと微妙な顔になった。

「……ねぇあなた。あきちゃんに、ちゃんと安心感与えてあげてる?」

 カウンターに肘をついて、片桐がぐいっと身を乗り出した。

「あ、安心感?」

「そうよぅ。今の子兎ちゃんがいい例よ。子兎ちゃんはお兄さんに抱かれてると安心するでしょ?」

「だああぁぁぁっ! か、片桐さんまで何言うのさ~」

「いいじゃないの。この子は子兎ちゃんたちのこと知ってるんでしょ。それにわかりやすく言ったほうが、あきちゃんのためにもいいことよ」

 あきのため、と言われ、うぐぐ、と深成が口ごもる。
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