小咄
「前にも言ったが、やっぱりお前の反応見てると心配だな……。欲望ってものがないのか?」

 さらに何をしようとしていたのか、真砂が深成の肩を抱いたまま、呆れたように言う。
 わらわはこのまま大人しくしてて大丈夫だろうか、と深成はひやひやものだ。

「ちょっと肩抱いたぐらいでそんなに動揺してちゃ、キスなんぞできないだろうに」

「えっいやいや、あの、そ、そんなことは……」

 しどろもどろになる捨吉は真っ赤で、汗をだらだら流している。
 ちょっと気の毒になったのか、片桐が冷えた水を捨吉に差し出した。

「まぁ、人前と二人っきりじゃ違うかもね」

「そうなんですっ! お、俺は人前でそんないちゃつくなんてできないんですよ!」

「別に俺だって、いつもこんなことしてるわけじゃない。お前が手本を見せろというから見せたまで。だがまさか、この程度でいいとは思わんかったが」

「ちょっとお兄さん。子兎ちゃんに何するつもりだったの?」

 にまにまにまと、片桐が真砂と深成を交互に見ながら面白そうに言う。
 この状況をもっとも楽しんでいるのは片桐だろう。
 真砂もそうかもしれないが。

「刺激というからには、それなりのことと思うだろ。いい機会だから、他の野郎がこいつに手を出す気も失せるぐらいにしてやろうと思ったんだが」

 にやりと真砂の口角が上がる。
 この話題は惟道が帰ってから出たのだから、深成に関わる『他の男』というのは片桐ということになるのだが。

 だが捨吉に見せる、という前提なので、これを手本に惟道に見せてやれ、という意味なのかもしれないが、真砂の場合は単に自分が深成といちゃいちゃしたい、という気持ちが大きいようにも思う。

「ああああ~~~。課長はいいなぁ。そういうことしても絵になるって何なんですか」

「お前が何かと照れすぎだ。ガキじゃないんだから、彼女を取られたくないなら、ちゃんとてめぇの存在をアピールしろよ」

「お、俺、そんな自信持てませんよ」

「あきに好かれてる自信がないってか?」

「い、いや……う~ん。ていうか、課長みたいに深成に好かれてるっていう絶対的な自信が持てないというか」

 捨吉が言うと、真砂は深成の方に置いた手を離した。
 そして一つ息をつく。

「俺だってそんなに自信満々なわけじゃない」

「えっ」

 さも意外そうに、捨吉が目を見開く。

「課長は深成に好かれてないとか考えるんですか?」

「いや、それはない」

 きっぱりと言う。
 即答するところが自信満々じゃないか、と捨吉は思うのだが。

「けど、何があってもこいつの気持ちが離れない自信は……ない」

 珍しく、語尾が小さくなる。

「ふふ、そうね。確かに」

 意味ありげに、片桐が頷く。
 もっとも相変わらずにやにやしているのだが。

「よっぽど前のことが堪えたのねぇ」

 この話題になると言い返せない。
 黙る真砂を、捨吉は珍獣を見るような目で見つめた。

「深成、何かあったの?」

「何もないよ! わらわはずーっと真砂大好きだもんっ!」

 深成もあまり蒸し返したくない話題だ。
 むきになって言う。

 お陰で思いっきり名前で呼んでしまった。
 あう、と慌てて口を押えるが、すでに遅し。

「ていうか、やっぱり課長は羨ましい……」

 名前で呼んだことはスルーし、捨吉がしげしげと真砂を見る。
 端から見ると、やはりこの二人はラブラブなのだ。

「ま、こればっかりは性格の問題が大きいと思うから、何ともしてあげられないわねぇ」

「そういえば、片桐さんとこもラブラブだよね。綺麗なお嫁さんと」

 ふと気付いて、深成が片桐を見た。

「当ったり前でしょ。このあたしを射止めた子よ?」

「そういう自信満々なところ、真砂と似てる」

「あらそう? でもあたしは玉乃が絶対離れて行かないって自信あるし、あたしだって絶対玉乃から離れない自信はあるわよ」

 ふふん、と上から片桐が言う。

「俺だってこいつから離れない自信はある」

「でも子兎ちゃんが離れない自信はないのね」

 目尻を下げて言う片桐に、真砂が黙る。
 捨吉が、ちょっと意外そうに真砂を見た。

「わかんないなぁ。ここまで深成はわかりやすいのに、それでも不安になるもんなんですね」

「あんちゃんは、あきちゃんから好きとか言われないの?」

 深成が言うと、捨吉は少し考えながら頭を掻いた。

「そういや言われたことない。でもそれが普通じゃないの? そんなん普通、言わないよ」

「えっ! じゃあ何で付き合えるのさ」

「それはちゃんと申し込んだから。付き合ってって言えば、好きだからってことだろ」

「はぁ~、そうなんだ……」

 珍しく、深成の眉間に皺が寄る。
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