小咄
「わらわはそんなん嫌だなぁ。好きだって言ってくれないと不安になるよ」

「じゃあ深成は、課長に好きだって言われて付き合うことにしたの?」

 そう言われると、深成のほうがちゃんと申し込みあってのお付き合い開始ではない。
 何きっかけだったっけ、と考え、ぽん、と手を打つ。

「そっか、言われてみればわらわ、六郎さんがくっつけてくれたんだった」

「え、どういうことさ」

「いやぁ、うん、真砂も全然言ってくれなかったんだよね。んでもわらわは好かれてるとは思ってた。けどさ、自分の立場がよくわかんなかったんだよ。好かれてる、とは感じても、彼女なんだか何なんだか……。でね、まぁ六郎さんが、そんなんいい加減みたいなこと言うから、確認したって感じ」

「へぇ~……。まぁ、そういうもんじゃん。俺も一応区切りははっきりしたいほうだから、ちゃんと申し込んだんだけどさ。そんな好きとか言わないもんだよ」

「でも不安じゃない?」

「う~ん、そう言われてしまうとそうかもだけど、でもほら、態度でわかるじゃん」

「まぁ、確かに優しいけどさぁ……」

 むうぅ、と深成の口が尖る。
 喋れば喋るほど真砂との関係がバレていっているのだが。

「ちゃんと言葉で言ってくれたほうが安心するよ。あんちゃんも、ちゃんとあきちゃんに好きって伝えたほうがいい。あきちゃんも不安になってるかもしれないよ? だから惟道くんに、あんなこと言われるんだよ」

「う……そ、そうかな。女の子って、そういうもん?」

「そうだよっ。真砂も言ってくれるもんっ」

「へぇ~~~?」

 にま、と笑って、捨吉が深成とその向こうの真砂を交互に見る。
 またも深成は、あう、と口を押えた。

「課長もそういうこと、言うんだ?」

「ん、んにゃ。言ってくれなかったよ。さっきもそう言ったじゃん」

「でも過去形だよね。今は言ってくれるってこと?」

「う、だ、だって……。ちょっといろいろあって……」

 赤くなってごにょごにょ言っていると、不意に伸びて来た手が深成の口を塞いだ。

「うるせぇなぁ。お前も本気であきが好きなら、それぐらい言ってやればいい話だ」

 真砂が深成を後ろから抱くようにしつつ、捨吉に言う。
 げ、と深成は焦った。

 あまり見たことはないが、このいつもと違う感じ。
 真砂、酔っているのではないか?

「か、片桐さん……」

 ちろ、と目だけ動かして片桐を見てみる。
 何を飲ませたのだ、と目で訴えるが、片桐は澄ました顔で肩を竦めた。

「子兎ちゃんが誘導尋問に引っかかってぼろぼろ内情をバラすから、お兄さんも内心いたたまれなくてお酒が進んじゃったのね」

 カウンター横一列に並んでいるので、捨吉のほうを向いていると、真砂は深成の背後になる。
 お陰でそんな真砂の様子はさっぱり気付かなかった。

「で、でも、そんないきなり言ったら、あきちゃんだって引くんじゃないですか?」

「好きだと言って引かれるのであれば、そんな奴は彼女じゃない」

 きっぱりと言われ、確かに、と捨吉は黙り込んだ。

「それにやっぱり、言葉にするのは大事だと思う。いつでも相手が望む態度をこっちが取れるとは限らんしな……。そういうときは、言葉のフォローは必要だと思う」

 言いつつ、真砂は深成をぎゅーっと抱きしめる。
 幸いカウンターに座っているので、べったりくっついているわけではなく身体の間に若干の空間があるため、自然に見えなくも……ない……かもしれない。

「お兄さん、随分ストレートになったんじゃない? 何となく、そういうことしなさそうなイメージだったけど」

 片桐が、ちょっと意外そうに言う。
 片桐は大して真砂と会ったこともないので、本当に見た目のイメージだけだろうが、確かに甘いことを言うようなタイプではない。
 事実、あの一件までは、言葉ではあまり言わなかった。

「ほんとによっぽど堪えたのねぇ。良かったわねぇ~、子兎ちゃん」

 にまにまにま、とにやつきながら、片桐が真砂に抱かれている深成に言う。
 深成はこの状況をどうしたもんか、と一人ぐるぐる考えていた。
 本当にこのまま大人しくしていても大丈夫だろうか。

「そっかぁ……。うん、それもそうかも」

 捨吉が、納得したように呟く。

「大体お前は元から大してあきに手出ししていないのだろ? 態度で示すこともないわけだから、そりゃあきの気持ちもぐらつくわ」

 少し浮上した捨吉を、真砂が無慈悲に沈める。
 とりあえず深成は、目の前の真砂の腕を軽く抓った。
 下手に振り向いて怒ろうとすると、キスされそうだ。

「お前も他の男なんざ目に入らないぐらい、あきを可愛がってやればいいじゃないか」

 深成の抵抗も空しく、真砂はそう言うと、後ろから深成の顔に頬を寄せる。

「まっ真砂っ!!」

 焦って逃れようとするが、身体はがっちり抱きしめられているし、下手に動くとカウンターから落ちそうだ。

「これぐらいやらないと、こいつは安心しないぜ?」

「こんなところでされても安心できないよ~~っ!」

「じゃあもっと凄いことしてやろうか?」

「ち、違う~~っ! 場所の問題っ! お外で変なことしないでよ~~っ!」

「じゃあ帰ってからだな」

 わたわたと暴れる二人を、捨吉はぽかんと眺めた。
 あの恐ろしくクールな氷の課長が、子犬のような部下と人目も憚らずいちゃいちゃしている。

 しかも並みのいちゃつきさ加減ではない。
 その上『帰ってから』とか言わなかったか?

 知らず捨吉は、深成の左手に目をやった。
 薬指を確かめる。

「深成、もしかして、もう課長と結婚した?」

「んななななっ! 何言ってるのさっ! そんなわけないじゃんっ!」

「俺はいつでもいいんだがなぁ」

「もうもうもう~~っ!! ちょっと真砂は黙っててよぅ!!」

「俺を黙らすなら、お前の口で塞げばいいじゃないか」

「ぎゃーーーっ! もぅ何言うのさーーーっ!!」

 最早話にならない。
 このままここにいては危険だ、と深成は必死で真砂を押し退けた。
 というか、このままでは捨吉の中の真砂のイメージが崩れるではないか。

「と、とにかくあんちゃん。あんちゃんも、あきちゃんにちゃんと好きだって主張したほうがいいよ。うん、そこは真砂の言う通りだと思うっ」

 強引に話を打ち切り、深成はやっとのことでカウンターから降りると、真砂を引っ張って店を出た。
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