小咄
 週明けの昼休み、いつものように深成はあきとブースでご飯を食べていた。

「そういやさ、付き合ってる人と結婚するとするでしょ。あ、あきちゃんがあんちゃんと結婚するとしたら、あんちゃんのところに行く?」

「え~? 何、いきなり」

「例え話だよ~。あきちゃんがあんちゃんのお家に入ったら、そのほかに何か変わるかな?」

 首を傾げて言う深成を、あきはまじまじと見た。
 例え話だとはいうが、何の脈絡もなくこの深成から出る話題ではない。
 あきの目尻が少し下がる。

「ていうか、捨吉くんのところもワンルームだし。そうなったら新居がいるし、大きな変化じゃない?」

「そっか。でもお家が変わるだけ? それ以外って何か変わるかなぁ」

「住まいが変わるって、結構大きな変化を感じると思うな。結婚に伴う引っ越しだったら、それこそ大きな区切りだし、気持ち的にも結構変わると思う。ほら、家具とかも新しくしてさ、花嫁道具的な」

「う~ん……。花嫁道具かぁ……。いやでも、そんなの別に必要ないしなぁ。今でも不便はないし」

 悩みつつ、ぶつぶつ言うと、例え話が例え話でなくなっていく。
 いつもながら何ともわかりやすい深成を、あきはにまにまと見つめた。

「えーと。じゃあね、例えば、例えばだよ? すでに結構広いお家に一緒に住んでてね、普通に生活してんの。そういう場合って、結婚したところで何も変わらないよね?」

「そうねぇ~~~。……新しいものが必要でなかったら、別に何も変わらないかなぁ~?」

 思いっきり目尻を下げ、必要以上に語尾を伸ばしてあきが言う。

「あ、でもねぇ、それは当面の間じゃないかな?」

「へ?」

「だって子供。子供のこと考えたら、いろいろ必要になるよ?」

「あ……。ああ~! そっか、そういうこと……かなぁ?」

 ぽん! と勢いよく手を叩いた深成だったが、最後は眉間に皺を刻んで思い切り首を傾げる。
 真砂のあの言葉は、子供のことだったのだろうか。

 いや、それにしては表情が伴っていない。
 それに、真砂がそこまで子供を欲しがっているとも思えないし……。

「子供嫌いじゃ困るけど、大好きって感じでもないしなぁ」

 またも考えが口からこぼれてしまう。
 前ではあきが、一語一句聞き逃すまいという勢いで、耳がダンボになっているのだが。

「う~ん、でも確かに一番大きな変化だよねぇ……」

 そんなあきの様子には気付かぬ風に、深成はぶつぶつ言いながら首を傾げる。

「けどまぁ、そこまでちゃんと考えてくれてるってことだよね」

 うん、と頷き、顔を上げれば、身を乗り出したあきと目が合う。
 あれ? わらわ何言った? と一瞬停止した脳みそを回転させ、深成は慌てて両手を振った。

「い、いやっ! いやいやいや! 例えば、の話だって!」

「そぉ? 深成ちゃんにしちゃ、えらい具体的な質問内容よねぇ? 例え話だとしてもよ、何でいきなりそんなことが気になったの?」

「う……い、いやその……。うーんとうーんと、ほら、わらわたちだって、そろそろそういうお年頃じゃん」

 深成が言っても説得力がないのだが。

「深成ちゃん、課長と結婚したら、とか考えるんだ?」

「あ……あはは……。う、そ、そりゃその……」

「ていうか、子供の話とか、課長がしたの?」

「い、いやその……。結婚したら大きく変わるものが一つあるって言うから……」

 結局話してしまう。
 ほほぅ、とあきが納得し、ようやく乗り出していた身体を戻した。

「なるほどねぇ。……うーん、でもそうねぇ……まぁ……いかな課長でも、いざ結婚となったらそこまで考えるだろうしね」

「だよね……。意外に課長も、子供好きなのかな」

「それはないと思うな~。そりゃ自分の子だったら可愛がるかもだけど、今時点では想像つかない。いざ子供を持ってみて初めて子供の可愛さに気付くタイプじゃない? むしろその前……」

 はた、と気付いたように、あきは口を噤んだ。
 そして、にんまり上がってしまう口角をさりげなく隠す。

---ははぁん、納得。そっか、そういうことよね。あの課長のことだもの、そっちよりもこっちよね。結果的には、ちゃんとそういうことも考えてるってことだしね---

 それにしても、とあきはまたまじまじと深成を見た。
 どう贔屓目に見ても、色気というものは皆無である。

---いや、むしろそれがいいのかも。色気のあるいかにも女! て感じの人がいいなら、とっくの昔に千代姐に落ちてるだろうしね。それにしても……そうかぁ~。まぁ普通っちゃ普通なんだろうけど……---

「あきちゃん?」

 ちょっと居心地悪そうに、深成が言う。
 あきは目尻を下げたまま、ふふふ、と含み笑いした。

「……課長も結構、ちゃんとしてるのね」

「うん、そだね」

 へへ、と照れ笑いする深成に、あきは『そういう意味じゃないんだけどね』と心の中で思い、弁当箱を片付けた。
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