小咄
「もしもし。うん、図書館にいる。惟道も一緒」
簡単な会話で、宮はすぐに通話を切る。
「今日あんたん家寄るから。この辺の本借りたかったし、丁度いいわ」
言いつつ、宮は惟道に持たせたカゴに分厚い研究論文を入れていく。
そこに章親が駆け寄って来た。
「お待たせ。折角だから、宮の好きなケーキを買って行こうか」
「ほんと? やった。章親は何か借りる?」
「そうだなぁ……て、惟道、そんなに借りるの?」
ふと章親が惟道の持っているカゴを覗いて言う。
「これは宮が借りるようだ」
「人手のあるときでないと借りられないしね」
悪びれることもなく、宮が言う。
元々宮はお嬢様育ちなので、これが普通なのだ。
「しょうがないなぁ」
章親も、当然のように宮の借りた本を半分に分けて自分も持つ。
そして三人は途中でケーキ屋に寄り、安倍家へと向かった。
「帰ったか」
リビングでとぐろを巻いていた魔﨡が、そのまま首だけを回して三人を迎える。
宮も大概態度がでかいが、一番なのは魔﨡だろう。
「早いね、魔﨡」
「章親が何か美味そうなものを買って帰ると思ったのじゃ」
そう言って、とぐろのまま視線を章親の手元に注ぐ。
「……ケーキはご飯の後だよ」
さささっとケーキの箱を背に回し、章親はそそくさとキッチンへ逃げた。
「楓、今日は宮もご飯食べて帰るから」
キッチンにいた楓はこくりと頷くと、早速お茶の用意をする。
章親と宮はリビングで借りて来た論文を前にあれこれ話をし、魔﨡は相変わらずだらだらと過ごしている。
惟道は奥の和室の縁側で、ぼーっと庭を眺めた。
手入れの行き届いた日本庭園だ。
膝にはいつの間にか、いつものもけもけクッションが乗っている。
さして風もないのに、釣り灯篭がきぃきぃと音を立て、雨も降っていないのに、池の水がぴちゃぴちゃ跳ねる。
玉砂利がところどころ弾かれ、木々の葉っぱが舞い落ちる。
「……全く、不思議な空間が似合う子よねぇ」
リビングから和室の様子を窺い、宮が小声で章親に言った。
「そうだねぇ。でも惟道がいるだけで、あそこの空間、皆が喜ぶんだよな。楽しそうっていうか」
「あんな無表情な子と遊んで、楽しいかしらね」
「存在を認めてくれるってだけで嬉しいのさ」
惟道のいる空間も不思議だが、章親たちの会話も不思議だ。
それに、章親たちは知らないが、ここで見えざるものと遊んでいる惟道の口角は上がっている。
この不思議な空間が、惟道にとって心地よいと心から思える唯一の場所だ。
「休みに入ったら、バイトに行くのだ」
誰ともなしに、惟道が呟く。
「会社勤めというのは、どういうものであろうな」
膝の上のもけもけクッションを撫でながら言うと、周りの空気がきゅっと惟道の周りに濃縮されたようになった。
どこからか、きぃきぃ、とか、きゅうきゅう、といった、微かな音がする。
「……そうじゃな、そうそう遊べなくなるかもな」
相変わらず一人呟く惟道に、きぃきぃ、という音が咎めるように大きくなる。
と、そこに、しゃらん、と涼やかな音が響き、すっと周りからの妙な音が消えた。
「やれやれ。おぬしがしばらくおらぬとなると、こ奴らの相手が大変じゃ」
魔﨡が、錫杖を抱えたまま、惟道の隣にどっかと座る。
どこか惟道を覆っていた濃密な空気が、さぁっと薄れた。
簡単な会話で、宮はすぐに通話を切る。
「今日あんたん家寄るから。この辺の本借りたかったし、丁度いいわ」
言いつつ、宮は惟道に持たせたカゴに分厚い研究論文を入れていく。
そこに章親が駆け寄って来た。
「お待たせ。折角だから、宮の好きなケーキを買って行こうか」
「ほんと? やった。章親は何か借りる?」
「そうだなぁ……て、惟道、そんなに借りるの?」
ふと章親が惟道の持っているカゴを覗いて言う。
「これは宮が借りるようだ」
「人手のあるときでないと借りられないしね」
悪びれることもなく、宮が言う。
元々宮はお嬢様育ちなので、これが普通なのだ。
「しょうがないなぁ」
章親も、当然のように宮の借りた本を半分に分けて自分も持つ。
そして三人は途中でケーキ屋に寄り、安倍家へと向かった。
「帰ったか」
リビングでとぐろを巻いていた魔﨡が、そのまま首だけを回して三人を迎える。
宮も大概態度がでかいが、一番なのは魔﨡だろう。
「早いね、魔﨡」
「章親が何か美味そうなものを買って帰ると思ったのじゃ」
そう言って、とぐろのまま視線を章親の手元に注ぐ。
「……ケーキはご飯の後だよ」
さささっとケーキの箱を背に回し、章親はそそくさとキッチンへ逃げた。
「楓、今日は宮もご飯食べて帰るから」
キッチンにいた楓はこくりと頷くと、早速お茶の用意をする。
章親と宮はリビングで借りて来た論文を前にあれこれ話をし、魔﨡は相変わらずだらだらと過ごしている。
惟道は奥の和室の縁側で、ぼーっと庭を眺めた。
手入れの行き届いた日本庭園だ。
膝にはいつの間にか、いつものもけもけクッションが乗っている。
さして風もないのに、釣り灯篭がきぃきぃと音を立て、雨も降っていないのに、池の水がぴちゃぴちゃ跳ねる。
玉砂利がところどころ弾かれ、木々の葉っぱが舞い落ちる。
「……全く、不思議な空間が似合う子よねぇ」
リビングから和室の様子を窺い、宮が小声で章親に言った。
「そうだねぇ。でも惟道がいるだけで、あそこの空間、皆が喜ぶんだよな。楽しそうっていうか」
「あんな無表情な子と遊んで、楽しいかしらね」
「存在を認めてくれるってだけで嬉しいのさ」
惟道のいる空間も不思議だが、章親たちの会話も不思議だ。
それに、章親たちは知らないが、ここで見えざるものと遊んでいる惟道の口角は上がっている。
この不思議な空間が、惟道にとって心地よいと心から思える唯一の場所だ。
「休みに入ったら、バイトに行くのだ」
誰ともなしに、惟道が呟く。
「会社勤めというのは、どういうものであろうな」
膝の上のもけもけクッションを撫でながら言うと、周りの空気がきゅっと惟道の周りに濃縮されたようになった。
どこからか、きぃきぃ、とか、きゅうきゅう、といった、微かな音がする。
「……そうじゃな、そうそう遊べなくなるかもな」
相変わらず一人呟く惟道に、きぃきぃ、という音が咎めるように大きくなる。
と、そこに、しゃらん、と涼やかな音が響き、すっと周りからの妙な音が消えた。
「やれやれ。おぬしがしばらくおらぬとなると、こ奴らの相手が大変じゃ」
魔﨡が、錫杖を抱えたまま、惟道の隣にどっかと座る。
どこか惟道を覆っていた濃密な空気が、さぁっと薄れた。